第375話SS蝶の英雄の訓練 その1




「ひゃははっ!」

「くっ!」


 ガガッ


「んっ!」

「おっととっ!?」


 ガガガッ



 月明りさえ差し込まない暗闇の中で、白と黒の影が幾度も交じわり離れてを繰り返す。

 お互いに有効打を与えられないまま、打ち込んだ攻撃は、かれこれ100を超えていた。



「ひゃはは、これならどうっ!」


 白い少女が踏み込むと同時に、全身から眩い光を発する。


「こ、この距離で『閃光』っ!?」


 その光を浴びて、堪らず一瞬だけ動きを止める黒い少女。


「さぁ、やっと決着だわっ! きゃははっ! その命ちょうだいねっ!」


 白い少女はそれでも油断はしない。

 話し方も表情も、愉悦で歪んでいるがそれは元々の事。



「さぁ。串刺しになりなさい―――― って、いつの間にっ!? ぐぅっ!」



 白い少女は自身を襲うあり得ない重量を背中に感じ、呻き声を上げる。

 油断はなかったが、それだけ目の前の相手が上手だった。



「それは重いさ。何せ5tを背負ってるんだからな。これで終いだ。私に立ち向かった事を後悔しながら消滅するがいい」


 黒い少女は、見えない何かを背中に載せ、身動きの取れない白い少女に襲い掛かる。


「くっ! くそぉ~っ!」


 その手には武器というよりかは、ただの全長30㎝の黒い棒切れが握られていた。

 鈍器としては何とも頼りないものだったが、その見た目に反して重さは50tだった。



 ブンッ


 物理的にもあり得ない、極重武器を白い少女に向かって振り下ろす。

 恐らく掠っただけでも、その部位が吹っ飛ぶことだろう。



 だが、



 ゴガンッ!



 その攻撃は容易く、一枚の大きな黒い壁に遮られる。



「あ、あっぶなぁ~っ! そんなの受けたら消えちゃうじゃないのよっ!」

「くっ!」


 その壁は、白い少女が残りの特殊能力を使って展開したものだった。

 頭部に直撃する直前で、ギリギリ防いでいた。


「今度はこっちの番っ!」


 シュッ


 空気を裂く音と共に、鋭い槍のような攻撃が、目の前の壁をすり抜け、黒い少女を襲う。

 


「『透過』だとっ! でも同じ事。それを防いで今度こそ決着だっ!」

「いや、いや、それも防いで私が勝ちを奪うんだからねっ! あははっ!」

 

 黒い少女は盾代わりに、自身の腕に透明壁スキルを展開する。

 白い少女は背中の重しを解除して、そのまま50tの棒槍を壁向こうから振り抜く。


「さぁ、私の前に立ったことを悔いながらあの世へ行くがいいっ!」 

「きゃはは、私があなたの命を奪って決着よっ!」



 (ピッ ピピピピ――――)


 白と黒の少女がぶつかり合う中、

 乾いた機械音が辺りに響き渡る。


 そしてそれと同時に、白と黒が交わり一人の少女が姿を現す。



「ん」


 ピッ


 メニュー画面でセットしていた、タイマーを止める。



「あ、もう5分経ったんだ。今のは『傲慢』と『強欲』だったのかな? にしても、2体同時に動かすのは難しいなぁ、意識があちこち動くから、何度も飛びそうになるし。ふぅ~」


 

 アイテムボックスから、ドリンクレーション(はちみつ味)を出して一息つく。



 今、私は、孤児院裏の雑木林の中で、透明壁スキルで辺りを覆い、一人模擬戦をしていた。

 この前取得したばかりの『実態分身2.0(7大罪ver)』の練習も兼ねて。



 この能力は、戦略が大幅に広がると共に、戦力も上がる非常に強力な能力だと思う。

 ただその反面、かなり危ういともいえる。


 意識が分身体二人に分かれるから、感覚があやふやだし、感情の抑えが効きづらい。

 それに私の戦い方は、相手を分析してから入るから、それにも影響を及ぼす。

 体も意識も定まらないから、このままではまだ使いにくい。



「はぁ~、これもEXP稼げばバージョンアップして扱いやすくなるのかな? せめて本能を自由に選択出来るようにとか。ん? 今何時だっけ?」 


 私はメニュー画面で時刻を確認する。

 色々と夢中になってて気にしていなかった。



「あ、もうこんな時間かぁ」


 時間は深夜2時を過ぎていた。

 ちょうど丑三つ時と言われる時間帯だ。



「ん、でも5分だからもう一回いけるかな? 特に体に負担はないようだし。でも頭は重くなってきたな。かなり精神を使うからだね。それにしても、この分身ってリカバリータイム無いの? もう4セット目だったんだけど」



 そう、そこも気になっていた。


 5分間だけ分身が使えるのはメニュー画面に記載してあった。

 けど、その復帰する時間がわからなかった。


 だからその確認も含めて、今夜は鍛錬をしている。

 いざという時に使えないようでは、命に関わるからだ。



「まぁ、でも何かしらの制限はあるんだよね。じゃないと、時間設定してる意味がなくなるし、連続で使えば、それこそ5分間の意味もないからね」



 そして私は今夜5度目の『実態分身2.0(7大罪ver)』を使用する。

 出来るだけ早く、自分のものにしたくて。




――――――



「ん? う、んん~ あれ? もう朝か」



 目が覚めると、孤児院の2階の寝室に装備のままで大の字に寝ていた。

 どうやら今朝、鍛錬から帰って来てそのまま寝てしまったみたいだ。


「ふぁ~っ」


 軽く伸びをした後、周りを見渡す。

 大きなベッドの上には私一人だった。



「あ、私が起きるの最後なんだ。って、ここいつもの部屋じゃないじゃん。なんだろう、疲れて部屋を間違えたのかな? らしくないなぁ」


 最後にもう一つ伸びをして、ベッドから降りる。

 随分と眠気も冷めた気がする。



「よし、それじゃ着替えて…… は、必要ないね。顔洗って朝食の手伝いでもしようか」


 部屋に設置してある、小さな洗面台で顔を洗って1階に向かう。

 時間的にみんなも起きて、賑やかに準備をしているだろうし。



「ん? なんだか、体が重いなぁ、これから朝食なのに、お腹も減ってないし」



 1階に続く階段を降りながら、何故かお腹が膨れてるのを不思議に思った。



 ※


「おや、スミカ、ようやく起きてきたのかい?」



 台所を覗くと、ビエ婆さんたちがちょうど集まっているところだった。


「うん、おはよ~、今日も朝からお疲れさん。で、何か手伝う事ある?」


 軽く挨拶をしながら、台所にいるみんなを見渡し聞いてみる。



「そ、それよりもスミカさんっ! この家に泥棒が入ったみたいですわっ!」

「泥棒?」


 挨拶もそこそこに、凄い剣幕でおかしなことを言う、エーイさん。



「いや、いや、この家に泥棒は入れないよ。エーイさんたちだって知ってるでしょう? 登録しないとこの国の王様だって入れないから」


 腕を組みながら、エーイさんたちに再度説明する。



「は、はい、それはわかっているのですが、でもこの家の食べ物が無くなっているんですわっ! 全部ではないですが、それでも殆んど空になっていますわっ!」


「そうなのよ、スミカ。これでは朝食の準備が出来ないって、みんなで相談してたところなのよっ!」


 興奮するエーイさんに続いて、ニカ姉さんも状況を説明してくれる。



「え? 本当に減ってるの? 元々なかったんじゃなくて?」

「うむ、わしらが昨夜も見ておるんだ。全員が見間違う訳はないじゃろうな」


 半信半疑な私の質問に、ビエ婆さんが理論的に教えてくれる。



「ん~、犯人は取り敢えず後にして、食材は私が持ってるから準備をお願いしちゃっていい? 一応私も探してみるからさ、子供たちもお腹を空かせて待ってるだろうし」


 私はアイテムボックスよし、数々の食材を並べていく。

 お肉と野菜のバランスも考えてっと。



「よし、これで朝食の分は足りそうだね、って、何?」


 食材を並べている間、何故か無言で私の見ているみんなに声を掛ける。

 その視線の先を追うと……



「うむ、スミカ、そのお腹はどうしたのじゃ?」

「スミカ、なんで朝からお腹が膨らんでるのよ?」

「スミカさん? まさか……?」


 ここにいる全員が、私の下腹部を見て驚いていた。



「え? お腹? って、わわっ! まるで妊婦さんみたいじゃんっ!」


 視線を下に映すと、大きな双丘を飛び越えて、お腹がポンと膨らんでいる。

 この影響で、朝起きた時に体が重かったって気付いた。



「「「じ~~~~~~」」」


「え? わ、私、夜に出歩いたけど、誰とも会ってないよっ! それに変な事もしてないし、一晩で大きくなるなんておかしいしっ! 男なんて嫌いだしっ!」


 シュタタタ――――


 みんなからの疑惑の視線に堪え切れずに、叫びながら台所を飛び出す。

 何か言い訳っぽくなっちゃったけど、私は何もやましいことはしていない。



「ふぅ~、一体何だっていうの。お腹は大きいし、みんなは疑うし……」


 何やら嫌な予感がしながらも、シスターズがいるであろう、食堂兼、大広間に向かった。



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