第374話貴族の傘下に入る蝶の英雄




「ごめんなさい。他を当たってください。私には無理です」


「ちょ、直属ぅっ!? って何で断るのさっ!」

「ス。スミカお姉さん、それは……」

「はわわわ…………」


 私はにべもなく、ロアジムの勧誘を丁寧に頭を下げてお断りする。

 そして、その返答に驚き慌てるリブたち。



 今の話の流れ的に、こういう話になるのはわかっていた。


 何だかんだで、ロアジムには色々とお世話になってるから、お抱えぐらいなら引き受けて良いかなって思っていた。それぐらいはね、ってな付き合いの感じで。

 


 ただ、今回の直属というのは、まるで意味合いが変わってくる。


 私の行動そのものが、ロアジムの地位や名声に直結する恐れがある。

 良いも悪いもそれが、私の首を絞める事に繋がるかもしれない。


 もっと本音を言えば、今以上に忙しくなりそうだった。

 そうなったら、更にユーアともいられなくなるし、この世界にいる意味も薄くなる。


 

 それがロアジムの誘いを聞いて断った理由だった。



『う~ん、ロアジムならそこまで考えてても、おかしくはないんだけど…… あれ?』


 そんなロアジムは、特に気落ちした様子は見られない。

 真摯な表情から一転、今度はニコニコと微笑んでいた。


 私の答えは、やはり予想済み。だったって事?



「わはははっ! これは何の説明をしなかったワシの落ち度だなっ! そんなに身構えなくてもいいのだよ、スミカちゃん」

「どういう事?」


 微笑みを浮かべたままのロアジムを見て怪訝に思う。


「今のままで構わないのだよ。スミカちゃんはきっとその方がらしいからなっ!」

「それって? 好きにしていいって事?」

「まぁ、大雑把に言えばそうだな。少し細かく言うと、空いてる時には依頼を受けて欲しいかな。ワシのの時にはな」

「うん、まぁ、そのくらいならユーアもいいって言うと思うけど。でもそれで一体何の利益があるの? ロアジムには」


 疑問に思い、率直に聞いてみる。


 ここまで聞くと、私だけが得をしているように思えるから。

 片手間に依頼を受けるだけで、貴族の名を持つロアジムの恩恵を受けられるのだから。

 


「うむ、スミカちゃんが疑うのは良く分かる。利益がスミカちゃんの方に偏ってるって言いたいんだろうな」

「うん、そんな感じ」

「ただそこには損得の勘定だけであって、ワシの気持ちは含まれておらぬだろう?」

「まあ、そうだね。ロアジムも、私も、仕事って話になると、そう思うよね」

「でもスミカちゃんは、ユーアちゃんを基準に仕事を受けるだろう?」

「ううっ! た、確かにそうだけど、でも私は自分の地位とか名声とか考えないし」


 ロアジムの突然の返しに、口ごもり、言い訳の様に答えてしまう。

 


「ワシもそれと一緒なのだよ。もちろん仕事も大事だが、今はスミカちゃんとのえんを大事にしたいのだよ。ワシたち家族の恩人だし、ユーアちゃんもシスターズも大好きだからなっ!」


 両手を広げて、まるで演説の様に語るロアジム。

 その表情は今日一番の満面の笑顔だった。




『それでも切れ者のロアジムの事だから、何かしらの思惑はあると思うけどね…… ただこのまま無下に断るのも、ちょっと抵抗あるんだよね』


 今、話したこと全部が本音だとも、全てを曝け出したとも思わない。

 こういった心理戦はロアジムの独壇場だろうし。


 ただロアジムの言う縁って言うのも気になる。

 ここまでロアジムにはかなりお世話になっている。



 今回のリブの依頼未達成の不問の件。

 貴族のおじ様たちに会わせてくれて、ナゴタたちの訓練を受け持ってくれた事。

 私たちの秘密に関わる情報漏洩の規制。

 アオウオ兄弟を大豆屋工房サリューに貸してくれた事。

 孤児院にエーイさんたちお手伝いさんを派遣してくれた事。



 それに今もこうして、私とアマジ親子とのほどよい関係が続いているのも、ある意味ロアジムが関わっている。普通に考えたら、自分の息子や孫娘に、得体のしれない冒険者を近づけさせたくないだろう。


 きっとその他にも、私の知らないところで動いているに違いない。


 それが自分への利益を優先してか、

 またさっき言った縁を大事にしてるかの判断は出来ないけど……



『まぁ、それでも…………』


 今のところはその条件は悪くはない。


 今だって、ロアジムの庇護下に入っていると言ってもいい。

 それにユーアを含め、私もロアジムを結構気に入っている。



 だったら――――



「わかった。その話受けるよ」

 答えながら、スッと左手をロアジムに差し出す。


「うむ。ありがとうな、スミカちゃんっ!」

 私の手を取りながら、更に破顔するロアジム。


 この瞬間、お互いの合意の元、利害が一致し、専属関係が成立した。



 だったんだけど、


 ロアジムは、私の手をそのまま握りながら先を続けて、


「いや~、ワシはもしかしたら生涯で今が一番幸せやもしれぬっ! スミカちゃんと念願の冒険に行けるのだからなっ! もちろんワシも冒険者としてだがなっ! わはは」


「え? ロアジムが冒険?」


「それではワシたってのお願いを言うぞっ! 4日後に、ある村を訪れたいのでスミカちゃんと空いてるシスターズを同席してくれないか? ワシのたってのお願いとしてなっ!」


 面食らっている私を他所に、お願いを連呼して「ニカ」と歯を見せるロアジム。



『しまったぁ~っ! 一杯食わされたぁっ!』


 ってか、そんな簡単に『たってのお願い』使うのはズルくない?

 しかも何でいい大人が、そんな子供のような無邪気な笑顔を見せるの?



「はぁ~、わかったよ。4日後だね? その辺りは予定を開けておくよ。一応ユーアにも聞いておくから。あ、もしかしたら連れて行くのはユーアかもだけど」


 屈託のない笑顔のロアジムを前に断れるわけでもなく、

 軽い溜息を吐きながら、その話を承諾する。



「うむ、ありがとうなっ! その時は是非ユーアちゃんを連れてきてくれなっ! いや~、4日後が待ち遠しくて、それまで夜眠れるかが心配になって来たなっ! わははっ!」


「あ、そう。それは喜んでくれて良かったよ。それじゃ、今日の話はもう終わり? だったら帰ってもいい? この後はリブたちに街を案内したいからさ」


 年甲斐もなくはしゃいでいるロアジムにジト目で聞いてみる。

 思ってたより結構な時間が過ぎちゃったから。



「そうなのだな。でもどうせなら、今夜は我が家でディナーを食べていけばいいのに。ゴマチも喜ぶと思うのだがな」


「う~ん、それもいいと思うけど、孤児院には準備を頼んできたから、今日は遠慮するよ。それとそういう誘いは前もって言ってくれると助かるかも。向こうも用意した料理を無駄にしないですむからね」


 食事を誘ってくれたロアジムにはそう断る。


 孤児院の資金だって、無限ではないのだ。

 今はナジメに頼っている状況だし。



「って、またスミカは、ロアジムさまの誘いを、そんな事で断って――――」


 すかさずリブが、また小言を言い出すが、


「そうだなっ! 今度からスミカちゃんを誘う時はそうするよ。ワシもまだまだ考えが足らぬのだと実感してしまうな。スミカちゃんと話をしていると」


「うっ…………」


 そんなリブは、理解を示したロアジムに遮られてしまい、黙り込んでしまう。



「うん、まぁ、そこまで気にしないでもいいけど、もっと一般人の生活を知った方が良いかもね。誰だって食べ物を捨てるのは嫌でしょう? それが元々食べ物に困っていた人たちなら尚更だからね」


 特に嫌な顔も見せず、頷いてくれたロアジムに、更に付け足し説明をする。

 わかってはいるだろうけど、誰かに言って貰った事なんてないだろうから。



「うむ、それも肝に銘じておこうっ! それでは今日はこれで解散だ。ちょうどエーイも戻ってきたみたいだしなっ!」


 解散宣言したロアジムの視線の先には、アマジがゴマチの手を握るその後ろには、少しだけ晴れやかな表情のエーイさんが付いてきていた。

 どうやらアマジへの誤解が解けたらしい。



「それじゃ4日後だったね? その前にまた連絡ちょうだい」

「うむ、その時はゴマチかバサに頼んで連絡させるなっ!」

「うん、よろしく~」


 そうして、私たちは貴族街を後にした。



 この後は、エーイさんも連れてコムケの街を案内して孤児院に戻ってきた。

 これで今日一日の予定も完遂だ。



 朝からナゴタたちとリブの衝突とかあったけど、今日も一日が終わった。

 異世界の一日って、現実世界に比べて濃厚過ぎだよね。

 

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