第369話花恋キューピット
「おお~っ! 待ちわびたぞっ! スミカちゃん」
ロアジムのお屋敷の重厚な扉をノックする前に、本人が扉を開けて出てきた。
「うん、こんにちは。でもちょっと遅くなってごめんね。孤児院の工事とスラム組のみんなとお昼を食べてきたから、思ったよりも時間が過ぎちゃって」
満面の笑顔で出迎えてくれた、この屋敷の主人に挨拶をする。
ってか、なんで来るの分かってたの?
「いいっていいって、それよりも今日は天気もいいし、庭に軽食を用意をさせたからそっちで話をしようか。お? リブたちもエーイも長旅ご苦労じゃったなっ!」
私の背中を押して、裏庭に連れて行く最中に、思い出したように顔を向けてリブたちに労いの言葉を掛けるロアジム。
「あ、あの、ロアジムさま、この度は受けた依頼が未達成に終わり――」
「うん? ああ、それも含めて話があるから、取り敢えずは席に落ち着こうか」
リブの話もそこそこに、私の背中をグイグイ押して遠ざかる。
「え? それは一体どういう意味で…… まさか、解雇?」
「あわわ~」
「ヤ、ヤバいですっ!」
その後ろでは何かを感じたのか、リブたちがわなわなと震えていた。
それは多分、杞憂に終わると思うけどね。
※
「へぇ~、こんなところもあったんだ」
私は心から感嘆の声を上げる。
何やらご機嫌のロアジムに案内された庭は、以前、おじさまたちと模擬戦をした更に奥にあった。あの時は背の高い生垣で遮られ見えなかったらしい。
きれいに剪定された緑の多い植木や、色とりどりの花が咲き乱れる広大な花壇。
その中心には屋根付きのテラスがあり、その大理石であろうテーブルの上にはティーセットが用意されていた。見た目の洗礼された形もそうだが、ポットもグラスも意匠も凝っているのでさぞかしお高い物だろう。
その他には重みを感じる藤のカゴが置いてあった。
こちらはきっと軽い食べ物だろう。清潔な白布で覆っているので。
「ささ、席についてくれ。今、美味しい紅茶を淹れてもらうからな。お~いっ!」
椅子に座ったのを確認すると、ロアジムが誰かを呼ぶ。
きっとここでのお世話をしてくれる女中さんだろう。
ところが、
「こ、こんにちわ、ですわ。スミカさまとロンドウィッチーズの方々とエーイさま。い、今、お飲み物を用意する、ですわ」
やけにおどおどした小さい少女が現れた。
着ている衣装はクラシック風のメイド服に似ている。
そしてカチャカチャと音を鳴らしながら、紅茶を淹れてくれる。
『?』
最近雇われた新人さんだろうか?
色々とぎこちないし、笑顔も見えないし、服も少し大きいし。
「…………あれ? もしかしてゴマチ?」
真剣な顔で給仕をする横顔を見て、見知った人物だと気付く。
アマジの一人娘の存在に。
「し、知らないぞ、そんな人は。俺…… わ、わたくしはここの新人でじいちゃん、じゃなくて、ロアジムさまに、って、熱いっ!」
名前を呼ばれたことが意外だったのか、更に慌てて紅茶をこぼしてしまう。
もしかして、私が悪いんだろうか?
でも、そもそも顔を隠しているわけではないし、頭にヘッドドレスが付いてるだけだし、すぐにわかるよね。
あと、ロアジムがご機嫌なのはこれを見せたかったのだろう。
いや、それよりも、
「ちょ、大丈夫ゴマチっ!」
急いで、痛みで抑えている、左の手の甲にRポーションを少量使用する。
「あ、ありがとう、スミカ姉ちゃん。 あっ! じゃなくてスミカさまっ!」
「うん、別にいいよ。私が驚かしたみたいだし。で、なんでそんな格好してんの?」
何となく理由がわかったけど、一応聞いてみる。
多分、教育の一環だろうけど。
「お客さまのもてなしや、紅茶を淹れるのも淑女のたしなみだって、親父とじいちゃんが…… あ、でも、この格好は変かな?」
今までの経緯を話した後で、顔を赤く染めながらモジモジと下を向く。
どうやら衣装が似合ってるかの感想を聞きたいらしい。
何だかんだで、ゴマチも女の子だからね。
「ん~、理由は予想通りだったけど、その格好は予想外かも」
「え?」
似合ってるかで言うと、ちょっとだけ違和感がある。
ゴマチは元々冒険者が好む服装だった。ズボンスタイルの。
髪型もベリーショートだし、活発で色も黒いので、メイド服も少年がしたコスプレに見える。
「でも、もうちょっと髪が伸びて、もう少し背が伸び――――」
「わ、私は可愛いと思いますっ! はぁはぁ」
「………………」
「は、はぁ?」
何だろう。
私が答える前にリブが遮って、ゴマチを褒めてるんだけど。
ってか、リブ。あんた変な目でゴマチを見ていないよね?
パッと見、少年に見えるけど、本当は少女だからね?
実は両刀だとかはやめてよね。
「わたくしも、ゴマチさんは似合ってると思いますわっ! そ、そのぉ…… はいっ!」
「あ、ありがとう、エーイさん」
エーイさんも負けじと、身を乗り出しゴマチを褒める。
が、抽象的過ぎて褒め言葉になっていない。
何も思いつかなかったのだろうか?
それとも緊張してる?
ゴマチも微妙な表情を浮かべていた。
『う~ん、これはやっぱりアマジの方に何かあるねっ!』
ゴマチを即座に褒めたエーイさんを見て確信する。
ロアジムと会った時には、若干固く見えたけどいつもの淑やかな態度だったから。
『でも、娘のゴマチから取り込む作戦には賛成かな。親は子供を褒められると嬉しいからね。お散歩中のペットを褒められる飼い主みたいで、そこから実る恋もあるしね』
なんて、ちょっと失礼な例えで締めてみる。
でも、出だしとしてはあまり良くない。
ゴマチも喜んでいないし、エーイさんはガチガチだ。
『かといって、私がキューピットになるのもね? 引きこもりだった私には荷が重いし、それで失敗して、孤児院を辞められても嫌だしね、う~ん、誰かいないのかな?……』
年上で、人生経験も恋愛経験も豊富で、色恋沙汰に詳しい人。
『リブ…… は、ないね、絶対に』
一応年上のお姉さんのリブを見るが、即座に却下する。
全く無理なわけではないが、恋愛の嗜好が違い過ぎる。
『あと、年上で言えばナジメが圧倒的なんだけど、恋愛なんかに興味がなさそう。ってか、見た目幼女に恋愛を相談するエーイさんって……』
想像すると面白い。
でもきっと望んだ答えは返って来ない気がする。
『その他に、メンバー内に最適な人物は…… いないね。ユーアはもちろん、ラブナもお子様だし、孤児院でそれどころじゃなかっただろうし…… あっ!』
孤児院の単語で、ある人物を思い出し、ポンと手を叩く。
あの人なら一緒の職場だし、いつでも相談できる。
それに年齢的にも人柄的にも最適な気がする。
「うん、よしっ!」
これで行こう。
孤児院に戻ったら早速相談してみよう。
「え? スミカ姉、じゃなくて、スミカさま?」
「ん?」
紅茶を淹れ終えたゴマチが不思議そうに見ている。
「どうしたのじゃ、スミカちゃん。いきなり手を叩いて」
「あ、ああ、ちょっとした妙案を思いついちゃって」
ロアジムもそんな私に声を掛けてくる。
「あ、あんたねぇ、ロアジムさまの前で、よく他の事考えてるわね……」
「さすがは、スミカさま」
「図太くてさすがです」
今度はリブたちが小声でヒソヒソと話す。
そして、渦中のエーイさんは、と言うと、
「あ、あの、ゴマチさん、紅茶を注ぐ時には片手で行うのがマナーでして、注ぐ際にもポットを軽く回して混ぜてから注ぎますわ。それと、あまり音は――――」
「う、うん。わかった。けど、一度に言われても……」
ゴマチに作法を教えていたが、少し焦り過ぎなのか、あまり好感度は上がらなかった。
ってか、そもそも私たち何しにここに来たの?
孫娘のコスプレ自慢を見に来たわけじゃないよね。
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