第370話ロンドウィッチーズの処遇




「そ、それでは皆さま、ごゆるりとおくつろぎ下さいっ! この後で、何か用があったら、呼び鈴を鳴らしてください、ただちにおうかがいいたしますっ! で、では」


 スタタタッ――――


 メイドのコスプレをしたゴマチが、何やら怪しい丁寧語で恭しく挨拶をして、そそくさとこの場を離れる。ってか、確実に逃げてる。


 チリン チリン


「って、何だよっ! スミカ姉ちゃんっ!」


 足早に立ち去るゴマチを、呼び鈴を鳴らしてすぐさま呼び戻す。


「あのさ、アマジは今日は留守なの?」


 少しだけムスッとした顔のゴマチに尋ねる。

 その際にチラと、エーイさんの顔を盗み見る。


「え? 親父ならさっきから見てるぞ。ほら」

「見てる? って」


 ゴマチは後ろを振り向き、屋敷の方を指さす。


「ん? いいいっ!? あ、あれ、そうなんだ……」


 こわっ!

 あの親父、こわっ!


 ゴマチが指差す先には、屋敷の2階のバルコニーで、こちらを伺っているアマジが見える。

 いや、伺ってるんじゃなくて、ゴマチを盗み見している。


 だって、背の高い植木の影から、顔だけ出してこっちを見てるんだもん。

 愛娘のコスプレ、じゃなく、成長を見たいとしても怪しすぎる。



「え? アマジさんっ!?」


 私の後ろでは、急に手鏡を出して、慌てて髪型を整えるエーイさんがいる。


 キランッ!


 うん。

 やっぱりこれは何かあるねっ! 

 甘酸っぱい臭いがプンプンするよ。



「そ、それじゃ、俺は行くから――――」


 タタッ

 チリン チリン


「って、今度は何だよっ!」

「え? 私は声で言っただけだよ、チリン チリンって。鳴らしてないよ?」

「……………ムカ」

「……………」

「それじゃ、今度こそちゃんと呼び鈴で呼んでくれよなっ!」

「うん。わかった」


 ゴマチが後ろを向いた瞬間に、再び呼び鈴に手を伸ばす。


 すると……


 ガシッ


「スミカさま、これ以上ゴマチさんをからかわないで下さいねっ!」

「う、うん」


 三度目のいたずらは、笑顔のエーイさんに腕を掴まれて阻止されてしまった。

 私はその顔を見て、若干上擦った声で答える。



 だって、ちょっとした冗談のつもりだったのに、目が怖かったんだもん。

 これからは、アマジ絡みでは、からかうのは気を付けようと思った。



※※



「それでじゃ、今日スミカちゃんたちを呼んだ話をしたいが、いいかな?」 


 ちょっとした世間話をした後、喉も潤し、ケーキもいただいて落ち着いた頃に、ロアジムがみんなを見渡し話を切り出す。


「うん。リブたちはわかるけど、なんで私が呼ばれたのか気になってたんだよ。で、その話って?」


「うむ。先ずはエーイたち孤児院組には、契約書へのサインと給金についての説明、その他の書類に目を通してもらう。だからスミカちゃんとリブたちへの話は、その後になるけどいいかな?」


 そう告げると、どこからともなく、書類を持った黒の燕尾服を着た男が現れる。

 恐らくロアジム専属の執事さんか秘書だろう。


「うん、別に構わないよ」

「わ、私たちもそれで問題ないですっ!」

「「は、はいっ!」」


 私は軽く頷き、リブたちはかなり緊張気味に返事を返す。

 ロアジムを前にしてって訳ではなさそう。


『う~ん』


 あれかな? 

 今回の依頼失敗のお説教をされると身構えてるのかな?

 最悪、解雇されちゃうとか思ってるのかな?



「それでは少し待っててくれな。その間はまたゴマチを呼んで遊んでやってくれ」


 そう話し、ロアジムはエーイさんに向き合い話を始める。

 なので私たちは、紅茶とケーキのお替りにゴマチを呼んで時間を潰した。


 ただその間もリブたちは、ずっと青白い顔をしていたけど。


――


「待たせたなっ! スミカちゃんとリブたちよ。で、先にリブたちロンドウィッチーズの、今回の護衛依頼の話を先にするなっ!」


 目の前に座るリブたちを見渡し、ロアジムが口火を開く。


「「「は、はいぃっ!」」」


 三人とも一斉に返事を返すが、見るからに委縮し、怯えている様子。

 恐らく死刑宣告される囚人の気分なんだろう。



「不問じゃな」

「そ、そうですか…… わかりました。今までお世話に―――― へ? 今なんて?」 

「何度も言わせるでない。今回の件は不問と言っておるのだよ、ロンドウィッチーズよ」


 死刑宣告かと思ったら、もしやの無罪放免だった。


「「「え? えええええ――――っ! な、何でですかっ!」」」


 それを聞いてガタガタと椅子を鳴らして立ち上がり、ロアジムにグッと詰め寄るロンドウィッチーズの面々。


 雇い主を前にして、作法や礼儀を忘れるくらいにショックを受けたようだ。


「うむ、理由はいくつかあるが、簡単に纏めると、あの魔物は天災と同じ扱いにする事に決めたのだ。ルーギルとも話をしてな」


「さ、災害ですか? それってどういう意味で……」


「報告を聞くと、リブたちを襲った魔物は、聞いたことも、もちろん発見されてもいない特異種だったらしいじゃないか。神出鬼没で姿が見えず、尚且つ気配も絶つような」


「は、はい」


「じゃから、今回その魔物は、地震や雷といったものに分類したのだよ。そんな魔物に初見で遭遇したら、Aランクでも手こずる存在だとな」


「た、確かに、そうですが、私たちはコムケの街までの護衛を全う出来ず、途中の街で頓挫してしまったのですよ? ここまで送り届ける事が出来ずに……」


「まぁ、確かにそうだろうな。でも、その特異種の魔物を相手に、近くのノトリの街まで、エーイたちを無事守り切ったのだろう? お前たちは」


「は、はい。あの時はマハチとサワラが敵を引き付けて、私は必死に馬車と二人を守りながら、無我夢中で魔法を放って、それで何とか逃げ切りましたっ!」


 リブは両脇の仲間の二人を見た後、ロアジムに視線を戻す。

 そんなリーダーに笑顔で頷く二人。



「で、だ。そんなロンドウィッチーズを擁護する人物が現れてな。その人物のお願いを聞いて、今回お前たちを不問にしたのだよ。一番の理由はそれだなっ!」


 人差し指を立てて、ニカッと歯を見せ破顔するロアジム。


「よ、擁護ですか? なぜ私たちを…… しかもその人物の要望で私たちは不問になったと言うのですか?」

「一体誰が、わたしたちの事を?」

「誰なのですか?」


 さも訳が分からないようで、3人はお互いの顔を見合わす。

 

「うむ、その人物はこう言っていたのだよ」


 ここでロアジムは「コホン」と一息鳴らして、


「『私でも苦労したんだから、リブたちを責めるのは止めてよね。あんな変な魔物を相手に、なんの情報も持たないまま遭遇して、逃げ切ったリブたちを褒める方が建設的だよ。もしペナルティーを与えるんだったら…… その後はご想像に任せるよ』と、ルーギルに脅迫とも取れる要望をして、魔物の素材のお土産を置いて、笑顔で出て行ったそうだ」


「「「………………」」」

「ん?」


 ロアジムの説明が終わった矢先、無言の視線を私に浴びせるリブたち。

 ってか、ロアジムのその裏声は私の物まねだったのだろうか。


「…………なに?」


「なに? じゃないわよっ! なんでギルド長を脅迫してんのさっ!」

「スミカお姉さんっ! いくら何でもロアジムさんまで巻き込むのはっ!」

「スミカ姉さん、黒くなくても、やっぱり黒いんですねっ!」


 キョトンとする私に、三者三様の言い分を捲し立てる3人。

 最後のサワラの言い方には、少し抵抗を感じるけど。



「いや、なんで私だって決めつけるの? どこかの超絶極乳の美少女かもしれないよ? それにあれは脅迫じゃなくて、あくまでもお願いだからね? お土産だって置いてきたんだから。あっ!」


 リブたちに、それらしい言い訳をしようとして、つい白状してしまう。

 だって、まるで私が凶悪犯みたいな扱いなんだもん。


「ほら、やっぱりスミカじゃないのさっ! でもそんな話、いつしたのさ? 今日は孤児院から、ずっと私たちと一緒だったじゃない」

「うん、それは、私が冒険者ギルドに引き返した時だよ」

「え? 引き返した…… あ、ああっ! もしかして、ギルド長に相談とお土産忘れたって戻った時?」

「うん、そう、その時」


 私は軽く頷き、それで合っている事を示す。


 まぁ、その用事を済ませて帰ってきたら、ナゴタたちと戦っているなんて思わなかったけどね。

 しかも、その時の忘れ物が切っ掛けで、リブたちが争うだなんて。



「あ、あなたって、本当に無茶苦茶なのね…… 最悪、ランク降格もやむ無しだと思ってたのに、まさかスミカのせいで助かるなんてね」


 呆れと感謝が混じった視線で、しみじみと話すリブ。


「でも、私はお願いをしただけで、実際に決めたのはロアジムとルーギルなんだから、感謝するのはそっちじゃないの?」


 ニコニコと、やり取りを眺めているロアジムを見ながら話す。


「はぁ、違うわよ。いい加減自分が周りに与える影響力を考えなさいよ。これはこの街の英雄のスミカなのと、その実力を認められてるからこそ、の事なのよ?」


「う、うん、そうなるのかな?」


 なら、ちょっとだけ罪悪感が……

 権力で従わせたみたいで。


「そうなのよ。だから私は感謝してるわっ! 本当にありがとうね、スミカっ! お礼に私のケーキを上げるわっ!」


「スミカお姉さん、わたしのもどうそお召し上がりくださいっ!」

「スミカ姉さん、わたしのもあげますっ! ありがとうございましたですっ!」


 お礼とばかりにケーキが乗ったお皿を私の前に並べていく3人。


「い、いや、そんなに食べられないからっ! しかもそのケーキはロアジムのだからっ!」


 文句を言いながらも、そんなリブたちに内心ではホッとしていた。 

 私への接し方が、あまりにも変わらなかったから。



 だって、これが理由で、これから遠慮されたり、引け目を感じられたら嫌だったから。

 私はこの3人とも、ずっとこの世界で仲良くしていきたいんだもん。

 お互いに対等な立場での友達としてね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る