第367話孤児院の工事と小休止




「ナジメ、ただいま。どう? 進み具合は」


「も、戻りました。ナジメさま」

「ナジメさまもご苦労様です」

「お疲れ様です。ナジメさま」


 孤児院に到着して、腕を組み、外の作業を眺めている小さな背中に声を掛ける。

 私の後ろでは緊張した面持ちのリブと、マハチとサワラも挨拶をする。


「うむ、順調じゃな。ねぇねよっ! それとお帰りじゃな、みんな」


 そんなナジメは、この街の建築屋さんの仕事ぶりに満足して答える。



 現在の孤児院は、改修工事の真っ最中。


 その工事の予定は、というと……


 ・孤児院の外壁の模様替え(着工中)

 ・孤児院前の通りの整備

 ・門の設置と、孤児院の敷地の整地と拡大と外壁の作成  

 ・花壇や遊具、それに倉庫の設置。



 と、なっており、現在は外壁の塗装作業中だ。

 元はレストエリアだから、無機質なグレーの一色だったし。



「あれは、ナジメが作ってあげたの?」


 2階部分と屋根の下で、作業員が土台にしているものを指さし聞いてみる。


「うむ、そうじゃ。簡単にじゃが土魔法で足場を作ったのじゃ。その方が時間短縮にもなるし、経費も抑えられるのじゃっ!」


 振り向いて「にか」と無邪気な笑顔で答える。


「へぇ~、さすがは大陸一番の土魔法使いだね」


 その出来栄えに素直に感心し、ナジメを撫でながら褒める。


 その足場は、孤児院をグルっと囲むように、薄い足場の板が伸びており、その要所には階段もあり、落下防止用の手すりも付いているものだった。



「う、うむ、そうじゃろっ! わしにかかればこれぐらい造作もないのじゃっ! じゃから整地も花壇もわしが作ろうと思っておるのじゃっ!」 


 魔法を褒められたのが余程嬉しかったようで、更にクシャと破顔して答える。

 

 もうそれ、領主の仕事じゃないからね?

 確かに天職っぽいけどさ。



「ならナジメに任せようかな? それと、そろそろお昼だけど、みんなは中にいるの?」

「今は支度が始まったばかりじゃな。さっきシーラが伝えに来たのじゃ。それとスラムのビエ婆さんたちと、数人の子供たちも来ておるのじゃ」

「あ、今日がそうだっけか? なら先に打ち合わせした方がいいのかな?」


 今は工事中で、徐々に色を変える孤児院に目を向ける。


「それは食事の最中か、後がいいじゃろう。今は慣れない環境での仕事で忙しいじゃろうからな。食事の準備が出来たら呼びに来るから、それまではゆっくりとしていればいいのじゃ。何やら疲れた顔をしておるぞ? まだ半日も残っておると言うのに」


 私の顔を下から覗き込んで、苦笑交じりにナジメが気に掛けてくれる。


「ん~、そうだね。ナジメが心配する程じゃないけど、たまにはそういうのもいいかもね、なら呼びに来るまで日向ぼっこでもしてようかな」


 ナジメの提案を聞いて、透明壁の上にマットを敷いて横になる。


「ん~、今日は日差しが暖かいね。リブたちとナジメはこれを使って」


 柔らかい日差しを肌に感じながら、リブたちにはテーブルセットとドリンクレーションを出しておく。


「また、こんな物を持ち歩いて…… でもありがとね、スミカ」

「スミカさま、ありがとうございます」

「ありがとです、スミカさま」


「うん、いいよぉ~、それじゃちょっとだけ休むね~、何かあったらナジメ、よろしく~」


 少しだけ意識が重くなるのを感じながら、ヒラヒラとみんなに手を振り、ゆっくりと目を閉じる。


「ふふ、わかったのじゃ、ねぇねよ。わしがいるから休息を取るのじゃ」


 小さな手で、頭を撫でられる感触に身を委ねながら、私の意識はゆっくりと落ちて行った。

 


『う~ん、スラムの件からロアジムの依頼の件まで、ここ数日は忙しかったからね。体力的には問題ないんだけど、やっぱり心の休息は必要だなぁ、…………スヤスヤ』



(ふふふ、ねぇねも寝てしまうと、年相応に見えるのじゃ。可愛いのじゃ)


(スミカさまは寝顔も美しいです)

(はいです。無防備な姿を晒すのもいいです)


(そうよね、何だかんだでいつも余裕しゃくしゃくって感じだけど、よく考えたらとんでもないことをしてるのよね? こんな小さな体でさ)


『う~ん?』


 何となしに、4人の会話が耳に入ってくるが、その声が逆に心地よく感じて、更に深く意識が落ちていく。


 起きたらまた忙しいけどね。






「お手伝いのみなさま、ごちそうさまでしたっ!」


「「ごちそうさまでした~っ!」」」


 予定通りに昼食を、孤児院の子供たち、ロンドウィッチーズの面々、それにお手伝い組のエーイさんたちや、ビエ婆さんを含めてみんなで美味しくいただいた。


 献立は、ハラミが裏の雑木林で捕まえてきた子ウサギの香草焼きや、虫の魔物の味噌炒め。私が前もって渡していた、ノトリの街の餞別品のキュートードのお刺身。その他には大豆屋工房サリューの萌やしの味噌スープや、冷ややっこ、そして白くて柔らかいパン。


 こんなお昼から、かなりの量だとは思ったけど、ユーアを含め、子供たちは今が心身ともに成長する大事な時期だ。今まではお腹一杯食べられなかったのだから、その分満足するまで食べてもらいたい。



「スミカよ、スラムの子供たち数人を、働き先へ連れていきたいのじゃが、案内を頼めるかの? わしはナジメさんの女中さんたちと片付けと、打ち合わせが残っておるのじゃが」


 ビエ婆さんが子供たちと一緒に食器を下げながら、紅茶を啜っている私に聞いてくる。


「ん~、そこら辺は私じゃなく、ユーアやシーラに聞いた方が良いかな? 私も午後は貴族街に用事があって留守にするから。あ、ユーア、誰か大豆屋工房サリューに行ける人いる?」


 ちょうど食器を取りに子供たちと来たユーアに聞いてみる。


「そうですね、午後はみんなとお勉強なのでボクはいけないけど、ハラミに聞いてみるね。 ねぇ、ハラミは午後はお昼寝だけだよね? みんなを案内した後でいい?」


『わうっ!』 


 部屋の片隅で丸くなっているハラミに声を掛けるユーア。

 それに対し、ユーアに顔を上げて一鳴きで答えるハラミ。



「ハラミは大丈夫だって、ビエ婆さん。いつでも良いって言ってます」


「う、うむ。それは助かるのじゃが、ハラミはこの街で、主人を連れずに出歩いても問題ないのか? ハラミが賢いのはわしたちも周知しておるのじゃが……」


「それは問題ないよ。最近では街の人気者になって来てるし、私たちのパーティーメンバーだってみんなもわかってるから。それに用心棒としても最適だしね」


 不安気な様子のビエ婆さんに、私がユーアに代わって答える。


「ほう、スミカ、英雄の仲間だと街のみんなに認知されておるのじゃな? なら安心して任せるの事にする。ハラミ殿、子供たちをよろしく頼むぞ」


 ビエ婆さんはそう言って、ハラミに近付き、優しく毛皮を撫でる。


『わう~っ!』

「うん、わたしに任せてって言ってるよ」


 ユーアが通訳してビエ婆さんたちや、子供たちに振り向き答える。


「あ、わたしもお店に行くんだっ! だからよろしくね、ハラミっ!」

「ハラミちゃん、ボウ姉さん共々、わたしもスラムの子もお願いします」


 ユーアとのやり取りを聞いて、ボウとホウの姉妹もふわふわの毛皮を撫でる。

 次いで、ハラミを知らない子供たちも、恐る恐ると手を伸ばし、その感触に笑顔になる。



「じゃ、私たちはロアジムのところに行ってくる。帰りは夕方までには戻ってくると思うんだ。だから夜もこっちで食べる予定。あ、ナゴタとゴナタも来ると思うから、その分も頭に入れておいて」


 玄関先に移動して、見送りに来てくれてビエ婆さんたちに伝える。


「うむ、それとナジメさまの分もじゃな?」

「そう、だね。ナジメのもよろしく。また人数増えて大変だけど……」


 今まで孤児院に貢献している、ユーアたちならまだしも、私やリブたち、ナジメもナゴタとゴナタも増えたならば、食事の準備も一苦労だなと、心配してしまう。



「そんな事気にせずとも良いのじゃ。わしたちはこうやって働けるのが嬉しいし、これが未来に繋がると信じてもおるのじゃ。スラムと英雄スミカの住む街と、未来永劫仲良くやっていきたいからな」


「そうよ、スミカ。私たちはスミカのお陰で、スラムでの日陰の生活から、普通の生活をする事が出来る。今はその準備段階なんだもの。ここに来るのも待ち遠しくて、仕方なかったわ」


「それに、わたしたちだって手伝うんだからなっ!」

「わたしもお手伝い頑張ります」


「「「うん、頑張るっ!」」」


 スラム組の、ビエ婆さんとニカ姉さん、ボウとホウ姉妹と子供たちが、気に病んでいる私に向かって元気づける様に答えてくれた。



「うんっ! それじゃ行ってきますっ! 晩ご飯も楽しみにしてるからねっ!」


 送り出してくれたみんなに、笑顔で手を振って孤児院を後にした。



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