第350話逃走とラブナ本来の実力?




「ちょっとスミ姉っ! 今の女は何だったのよっ!」

「スミカっ! どういう事か説明してっ!」


 上空を飛んでいる鳥を眺めていると、血相を変えた二人に詰め寄られる。

 まるで浮気現場を発見された彼氏みたいだ。



「う、うん。多分だけど、あのマヤって女は、この湿原に出現した白リザードマンと関係あるっぽいね。ただその目的とかはわからない。まんまと逃げられたし」


 ポリポリと頬を掻きながら要点だけを説明する。


「はぁ? 何それっ!? にしてもまさかスミ姉から逃げるなんて…… 本当にあの黒い女、マヤは何者なのよっ!」


「うん…… そうだね。何者なんだろうね」


 マヤの思わぬ逃走に衝撃を受けているラブナ。

 正直私も動揺している。


 素性の全くわからない正体に。

 そして得体の知れない能力に。



「でも、もうあの女はいないし、あいつらを倒したんだからもういいんじゃない? 取り敢えずは街へ帰らない?」


 そんな重苦しい空気を変える為か、リブが笑顔でそう提案する。



「そう、だね。断定はできないけど暫くはここも大丈夫だと思う」


 アイテムボックスの中の謎の腕輪を思い出して返事をする。

 すぐには次の魔物は用意できない筈だと。



「な、ならさっさと帰るわよっ! 帰ってスミ姉にご馳走してもらうんだからっ!」

「え? ああそうだったね。あの宿の料理をご馳走する約束だったね」


 ラブナも先刻の空気を払拭するように、リブに同意して笑顔を作る。


「なら、その食材は私が最初に来た時に討伐してるから、それで料理してもらえばいいわね。すぐには街への流通は始まらないからさ」


「え? いいの? 結構有名な食材なんでしょ。高くないの?」


 リブからの嬉しい提案に聞き返す。

 私とラブナのプライベートの話なのに。



「別にこれぐらいいいわよ。それに高くもないし珍しい食材でもないしね。あとは、私からのお礼も兼ねてって事でさ」


「お礼?」


「そうよ。スミカのおかげで私は戦えた。これで恥じる事なくマハチとサワラに報告できるわ。一泡どころか、まとめて二人でぶっ飛ばしたってねっ!」


 グッとガッツポーズをして、満面の笑みで答えるリブ。

 確かに白リザードマンの5体を倒したのは、リブとラブナ二人の魔法だ。


「ふふ、良かったねリブ。私も手伝いが出来て嬉しいよ」

「あ、それとこのチョーカーは返すわね。本当にありがとう」


 そう言って首から外したエナジーチョーカーを渡される。

 まだ黒の部分が半分ほど残っている。



「ん? でもまだ使えるからこのままあげるけど」


「スミ姉、アタシも返すわっ! やっぱりこんな強力なアイテムに頼るんじゃなく、もっと自分を鍛えて同じように………… って、あれ? アタシのはもう空っぽだったわ」


 ラブナからは使用済みの真っ白なチョーカーを渡される。

 もうこうなるとゴミなんだけど。


 それにしても……


「ああ、やっぱりラブナは気付いてなかったんだ」


 不思議そうに白いチョーカーを見ているラブナに聞いてみる。


「え? 何がよスミ姉」

「最後の魔法の『百花乱舞』?を唱える前には白くなってたよ」

「と、唱える前にっ!? それって効果が切れてたって事? なんでっ!」


 私の説明を聞い唖然とするラブナ。


「うん、だから私も驚いたんだよ。アイテムなくてもいいのかなと思って」

「…………え?」

「で、あれだけ派手な魔法をぶっ放してたのに大丈夫なの?」


 固まるラブナに何となしに聞いてみる。

 そうは言っても元気なんだから大丈夫なんだけど。



「う、うん。それは問題ないわ。リブさんにスミ姉の回復薬使ってもらったから…… でもいきなり何であんなのが撃てたのよ……」


 今度は最後の魔法を思い出して混乱するラブナ。


「う~ん、これは私の推測なんだけど」

「な、何? 教えてよスミ姉っ!」

「多分だけど。え~と、ラブナは元々四属性の魔法を使えるんだよね?」

「うん、そうよ。スミ姉は知ってるでしょ?」


「なぁっ!? やっぱりラブナちゃんも只者じゃ――――」


「で、そんな特殊な能力を持っているのに、本来の魔力が少ないって事はないと思うんだよ」

「え? それってどういう事?」

「だって、生まれつき体が大きい人はそれなりの腕力と体力があるでしょ? じゃないと動けないんだから」

「うんうん。何となくわかるわ」


 最初の例え話でコクコクと頷き返すラブナ。


「で、特殊能力って枠組みで例えると、身近でナゴタとゴナタがいい例だね」

「ナゴ師匠たち?」

「うん。だって二人ともその能力の特性故に、体が頑丈じゃないといけないでしょ? そうでないと能力に肉体が耐えられないからね」

「う、うん。そうね、肉体って言い方変だけど」

「だから最低限、能力が使える頑強さは元々備わっていたはずなんだよ」

「うん、それはわかる気がする」

「ただそれを使いこなせるかはまた別の話。二人はそこから鍛え上げて更に昇華したんだろうから」

「なるほど……」


 ここまでの話を聞いて深く頷くラブナ。


「それで話を戻すと、ラブナが4属性が使えるって事は、最低4つの魔法を同時に使える魔力が備わってないとおかしいって事だよ。じゃないとその力を持ってる意味がないからね」

「で、でもそれじゃ、なんであんな威力になったのよっ?」

「ああ、それはもっと簡単な理由だよ」

「そ、そうなの? スミ姉」

「うん。だってラブナはあの時、自分の出来る以上の魔法を唱えたんだよ。アイテムの効果を当てにして、自分が思う、更に上の魔法を使ってやろうってね。そうでしょ?」


 ここまで説明して合ってるか確認を取る。


「あっ! 確かにそうだわっ! あの効果を知っちゃったからもっと行けるんだって調子に乗ったわっ!」

「で、それが出来ちゃったって事は、それが本来のラブナに備わってた実力って事だよ。今までは周りの常識や知識で、そこまでしかできないって決めてたんだよ。無意識にここまでが限界だってさ」

「そ、そうなのかしら?」

「うん、恐らくそうだと思う。ただあの力を自在に出せるかって言うと難しいと思う。今まで無意識に抑えてた癖が残ってるはずだから」

「う、う~ん、でもそれを使いこなせないと今までと一緒よね……」


 今までの話を聞いて、自信なさげにポツリと呟くラブナ。

 確かに一朝一夕で見に付くものではない。


「でもあんな凄い力を持ってるのはわかったんだから、そこから先は自分次第じゃない? それが厳しいと思うなら、師匠たちやナジメを頼りなよ。それに私も訓練に付き合ってあげるしさ」


 頷いているラブナを撫でて励ますように話す。

 これで少しでも自信を持ってくれればいいなと思いながら。 


 だけど……


「…………あ、あのさ、正直アタシはずっと劣等感を感じてたのよ…… アタシはスミ姉の凄いパーティーに相応しくないんじゃないかって。だってアタシは一番弱いからって……」


「ええっ! そうなのっ!?」


 突然のラブナの独白を聞いて驚く私。

 いつもの毒舌(私だけに)と強気な態度からは感じられなかったからだ。



「だって、スミ姉はもちろん、ユーアだってこの前活躍したって聞いてるし、師匠たちやナジメの実力も知ってるし……」

「うんそうだね、ユーアもみんなもあれだよね……」


 そんな弱気なラブナにハッキリ言えるわけもなく適当に濁して答える。

 あれって何だって自分で突っ込みたくなったけど。


「でもスミ姉、ここだけの話。アタシに自信を付けさせるために依頼受けたでしょう? アタシの為にあの透明な敵を倒さなかったでしょ?」


「えっ!? そ、それは考え過ぎじゃないかな? あはは」


 唐突にいつものラブナに戻り、詰問されて動揺する私。

 今までの思い悩んでいた話と、しおらしい態度は何処へ行ったの?


「まぁ、いいわ。これからもっと修行して、アタシもバタフライシスターズの一員だって胸を張って言えるくらいに強くなるんだからっ! そしてユーアと冒険するんだからっ!」


 苦笑いを続ける私に、胸を張り強い思いを宣言する。

 

「うん、うん、そうだね。私もラブナが強い方が嬉しいよ」


 いつもの仁王立ちに戻ったラブナの頭を撫でながら答える。


「ちょっ、だからスミ姉っ! アタシは子供じゃないんだってばっ!」

「ああ、ごめんごめん。でも私の方がお姉ちゃんだからねっ!」

「ま、まぁ、それは否定できないけど…… ぐむむ」


 嫌がるラブナはお姉ちゃん宣言で大人しくなった。



 でも以前ならそこまで強さを求めていなかった。

 なんて思いながら。


 


※※



 バサバサ――



『あんなに小さいのに強かった。でも優しくてキレイな目をしてた。それと色々と隠してる…… 多分?』


 シクロ湿原上空で青空を眺めながらさっきの事で思考が埋まる。

 あんなに強くて仲間もいて、いいなって思った。


「マヤも最初にあの人に出会ってたら違ってたの?――――」


 声に出した、いつものか細い呟きは風に乗って彼方に消える。

 だって誰の耳にも聞こえないから。決して聞かれたくないから。


 それは絶対に―――― から。



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