第349話黒の襲撃者と澄香の弱点




 私は念の為、少し離れたラブナとリブをスキルで覆う。


 次に、巨大な白リザードマンの腕輪の残された半身の方に手を伸ばす。

 そしてもう一度辺りを見渡し、口を開く。


「もしかしてもう逃げたの? だったら5秒後にここら一帯攻撃するから覚悟して。それとこの腕輪は私がもらっていくよ」


 数十秒前と同じように姿の見えない何者かに小声で話す。

 小声なのはあまりラブナたちには聞かれたくない話だからだ。



「うん? 返事がないね。ならカウントダウン始めるから。4・3・2・1――――」



 0 ゼロ



 し~~~~~~ん


 あれ?


「………………うわっ! もしかして本当にいなくなったの? なんか一人で恥ずかしいんだけどっ! そもそも水音も確かなものじゃなかったからね。ならさっさと回収して帰ろうか」



 独り言ちて巨大な謎の腕輪に手を掛ける。

 

 グイグイ


「まぁ、さすがに抜けないよね、ガッチリハマってるし…… なら腕を潰してから引き抜こうか。あまり気が進まないけど」


 ゴガンッ

 グシャ


「うわっ!」


 正方体の透明壁スキルで重さを10tにして圧し潰す。

 すると縮小した腕輪だけが残った。

 その他の潰れた物体は見ない事にした。



「うわ~、さすがに触りたくないから直接アイテムボックスに入れよう」


 腕を近づけ謎の腕輪を回収し、すぐさまこの場を離れる。


「ん~、さっきの水音は聞き違いだったね。この腕輪にもそんなに価値なかったって事かぁ。これをエサに出てくるかと思ったけど…… まぁ、いいか」


 腕を頭の後ろに回して、愚痴りながらラブナたちの元に向かう。

 なんか拍子抜けだったな、と思いながら。


 途端――――


「ん、それは返してもらう」


 抑揚のない女の声が聞こえた。


『近いっ!? でも引っ掛かったっ!』


 すぐさま自分を透明壁スキルで覆う。

 見えない相手だから警戒するに越したことがない。



『これで攻撃してくれればすぐ反撃に移る』


 私はスキルに来るであろう衝撃に集中する。


『どこ? どこからくる?』



「スミ姉っ! 後ろに何かいるわっ!」

「っ!?」


 回復したラブナの叫びと同時に、背中に少しの重みと、喉元に冷たい感触を感じる。


『はぁっ!? 後ろを取られた? しかも――――』


 全く感知できずに一瞬で現れ、背後から首にナイフを突きつけられていた。

 それも私を覆っていた、透明壁スキルの内部に入り込んで。


「くっ!」

「ん、動かないで」


 耳元でさっき聞こえた女の声が聞こえる。


『ま、まさか気配もそうだけど、スキルの中にどうやってっ!? まさか?』


 その隠密性の高さと、スキルが通用しない事に動揺する。



「何が目的なの?」

「ん? ん~~」


 意識を切り替えて、情報を少しでも得るために話しかける。


 が、


「………………」

「………………」


 なぜか無言のまま何も答えない。


「…………腕輪を取り戻したいんじゃないの?」


 やりずらく思いながら、ダメもとで聞いてみる。


「ん、そうそれ。だから返して」

「返したら見逃してくれるの?」

「どうしよう……」


 なぜか悩み始める女襲撃者。

 ただその言葉からも感情は読み取れない。



「そもそも、あなたたちの目的って何? あと一人じゃないでしょ?」

「ん、目的は知らない。今は一人」

「……それじゃ、他の仲間はどこにいるの?」

「仲間はいない。でも教えたら怒られる」

「??」


 何だろう、この女。

 感情もそうだけど、何を考えてるか読めないし返答がおかしい。

 それと意思を持っていないようにも思える。


 言われるがまま、命令されるがままに動いているだけ、のような……



『まぁ、いいか。これ以上は捕まえて吐かせればいいだけだしね』


 そう思い直し、私を襲った観察する。


 

 背丈は私よりは幾分大きい。


 着ている服は艶のある黒革で、短いスカートとノースリーブ。

 首元には引き摺りそうなほどの黒のスカーフ。 

 腕は同じ材質のアームカバーを付けていて、足元は膝までの黒ブーツ。

 髪色は衣装とは真逆の白で、肩までのボブヘアーだ。


『う~ん』


 気のせいか、何かのコスプレに見える。特にめちゃ長いスカーフが。

 絶対にこの世界のデザインではない。


 私の装備と同様の異質な雰囲気を感じる。


 武器は黒染めのナイフと言うよりかは、反った形状からククリナイフのようだ。

 それを腰にもう3本帯刀している。



「なら先に腕輪は返すよ。だから首のナイフどけて? 降参だから」


 私は両手を上げて、その右手に腕輪を出す。


「ん、わかった」


 女は首のナイフを引いて、腕輪に手を伸ばす。


「はい、捕まえた」


 その瞬間を見計らって、腕輪を回収しながら実態分身の自分を消し、すぐ背後に姿を現す。


「え? 消えたっ!? そしてもう一人? 分身?」


 スキルの中に閉じ込められた女は一瞬だけ驚いた顔を見せる。

 そして真後ろにいる私に気付き更に驚く。


「そう、分身だよ。それとあなたを閉じ込めたから観念しなよ」


 透明壁スキルを外側からコンコンと叩きながら、現状を説明する。


「ん、見えない…… 壁? あなたの?」

「そう、だからこのまま操作して中から圧し潰すことも出来るから」


 透明壁スキルに手を触れて、戸惑っている襲撃者にそう警告する。


「…………それは困る」

「だったら、知ってる事話して」

「う~ん、それも困る。だから――――」


 女襲撃者は何処から出したのか、小さな生物を足元に置く。

 私はそれを見てわなわなと肩を震わせ、拳を握る。


「な、なんて卑怯な女なのっ!」


 そしてスキルの中の襲撃者を睨んで罵倒する。


 なぜなら、そこに出したのはキューちゃんだったからだ。

 しかも私が最初に出会った桃色のキュートードだった。



『くっ! まさかキューちゃんを人質…………、じゃなくて盾に使われるなんてっ! この辺りのは全員逃げたのを確認してたのにっ!』


『ケロ?』


『こ、これじゃジワリジワリと圧し潰して口を割らせるなんて出来ないよっ! この女、そこまで私の事を調べてきてるの?』


 つぶらな瞳で私を見上げるキューちゃん。

 最初に会った時と色は一緒だけど、同じ個体ではないのは分かっている。


 だが、そんな個体差の問題じゃない。


 キュートードの存在そのものに私は手出しできないのだ。


 何せ……


『ケロロ?』


『や、やっぱり、かわいい……』


 コテンと首を傾げるキュートードの可愛さが、私のツボなのだから。

 こんな可愛い生物を傷つけるなんてことは決して出来ない。



「ス、スミ姉何やってるのよ、黒い女がいないわよっ!」


「え? いないっ!?」


 ラブナの叫びに我に返り、スキルの内部を見るが確かにあの女がいない。


「はぁっ!? もしかして透明化? だったら――――」


 スキルを操作して、天井をキュートードの高さまで慎重に下げる。

 これなら姿が見えなかろうが、絶対に反応があるはずだ。


 コツン


『ケロ?』


「え? もしかして本当に消えたの? 透明化じゃなくて」


 スキルが頭の花びらに触れて、キョトンとするキュートード。

 高さは約50㎝。どう見ても人が隠れられるスペースはない。

 そしてちょっと驚き顔のキュートードも可愛い。


「はぁ、ここまで追い詰めたのに逃げられたって事かぁ。でもキューちゃんが無事なら痛み分けかな? ほらそこは危ないからこっちにおいで」


 透明壁スキルを解除してキュートードに手を伸ばす。

 見たところケガもなくて良かったと思いながら。



 途端に――――



 ゴッ!


「くっ!」


 何者かの攻撃を右脇腹に受けて、その反動で後退する。

 


「あなたも引っ掛かった」


 そう挑発するように姿を現したのは、無表情の消えた女襲撃者だった。

 しかも見間違えじゃなければ、キュートードの足下から出てきた。



「もしかして、影の中に隠れられるの? だったら厄介なんだけど」


 注意深く動きを観察しながら面倒な能力だなと思う。


「…………ん、ん~~」


「やっぱりそうなんだ。それだとさっきスキルの中にいた理由が説明できるからね。囲う前に最初っからいたって事だから」


「え?」


 肯定か否定か判断できないけど、そう決めつけて話す。

 今までの言動から、そう言った駆け引きが苦手だとわかったから。



「ん、やっぱりあなたは怖い。だからマヤは帰る。それじゃ」


 無表情で手を振り、そう言った後その姿が掻き消える。


「逃がすわけないでしょっ!」


 私はマヤと言っていた女襲撃者の場所をすぐさま透明壁スキルで囲む。

 そこには影を作るものなどないから、今度こそ捕獲完了。

  


 のはずだったが……


 バサバサ


「ん、それじゃマヤは捕まえられない。また今度ね、

「なっ!?」


 鳥の羽ばたきと共に、そんな捨て台詞が上空から聞こえた。


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