第343話スミカ運命の出会い




 私たち三人は、シクロ湿原の遠方に伸びる大橋を渡る。


 この大橋は馬車同士のすれ違いが出来るように設計されており、幅が広く作られている。橋の高さは水面から1メートル程で、木製であっても歩いた感じでは充分に耐久もあるみたいだ。


 さっき聞いたリブの話だと、この大橋がシクロ湿原の中央まで伸びており、そこから分岐して各方面へと渡れるようになっている。


 そしてその分岐地点の付近で、リブたちはあの魔物と遭遇したとの話だ。



「リブ、ここから中央まで10キロだっけ?」


 ラブナと並んで話をしている後ろの二人に声を掛ける。

 何やら、魔法の事について話しあってたみたいだ。



「そうよ。歩くと2時間ほどかかるかしら」

「もしかしてスミ姉、また走っていくの?」


「いや、体力を温存したいから走るのはやめておくよ」


 首を横に振って答える。


「まぁ、さすがのスミ姉も朝から走りっぱなしだものね、少しは休んでおかないとアタシも心配しちゃうわ」


 それに対し、頷きながら返事をするラブナ。

 どうやら私の体を案じてくれていたようだ。



「……………… えっ? 朝からって、もしかしてスミカたちは今日コムケの街から出てきたのっ!?」


 一瞬の間があり、リブが唐突に声を荒げる。

 その違和感に気が付いたようだ。



「そうよ。来る時はアタシをおんぶして爆走してきたのよ。でも途中でアタシは降りたけど、その後はさっきと同じように魔法壁の横を走って来たわよ」


 ラブナが私の代わりに、ノトリの街までの交通手段をリブに教える。

 ただ、背中で酔ってダウンした事は言わないでいた。



「…………もう、ほんっ、とうに意味が分からないわっ! スミカは私と同じ魔法使いよね? なんでここまで走ってケロッとしてんのさっ! なんでわざわざ走ってくるのさっ! そもそもあれだって魔法かどうか怪しいわよっ!」


「ブブ~っ! リブさんそれ以上は約定に抵触するわっ! 禁足事項よっ!」


 捲し立てるリブに、腕を交差させて警告するラブナ。

 

「くっ! 一体何なのよっ! それじゃ何も聞けないじゃないっ!」

「それはアタシじゃなくて、ロアジムさんを通さないとダメねっ!」

「う、ううう~っ!」 


「………………」


 なんか、ラブナが私のマネージャーみたくなってる。

 そしてロアジムが会社の社長みたい。


 なんて、二人のやり取りに気を取られていると……



 ぴょんっ!

 ポト



「え?」


 私の足元に見た事あるような生物が跳ねてきた。

 その姿形を見ると、恐らく湿原の中から出てきたようだ。



『…………ケロロ』


「………………カエル? っぽい?」


『ケロ?』


「………………かわいい――――」


 私は突如現れた初めての生物に、警戒心を忘れて心を奪われた。


 体調は凡そ50㎝くらい。

 体表は緑色ではなく、何故か華やかな桃色。


 そして頭には桜の花びらのような水草が生えており、手足の吸盤は綿毛の様にホワホワとしている。黒目がちなつぶらな瞳は、まるでチワワのようにうるうるとしていた。



「ああ、それはこのシクロ湿原に主に生息する『キュートード』だわ」


 カエルを凝視する私を見て、リブがそう教えてくれた。


「キュート。な、トード?」


 何それ、可愛いカエルって事?

 確かに名前も姿も可愛いらしい……。

 


「スミカ、これでもこのカエルは魔物なのよ? 基本は湿原の魚を主食にしてるから人は襲わないけど。って、しゃがみ込んで何してるのよ?」


「いや、もっと近くで見てみようと思って……」


 膝を付いて、キュートードに近付いてみる。



『ケロロ?』


 そんな私を首をコクンっと傾げて、不思議そうに見上げてくる。


「かわいい……」


 何コレ?

 こんなマスコットみたいな人畜無害な魔物がいるの?

 

 別に爬虫類とか両生類とか好きじゃないけど、このカエルは別物だ。

 まるでぬいぐるみのような可愛さ、そして外敵から守ってあげたくなるか弱さがある。


「ケ、ケロロ」

『ケロ?』

「かわいい…… これ食べるかな?」


 魚が主食と教えてもらったので、露店で購入した魚の干物を上げてみる。


 すると、


『ケロっ!』


 ハシィ


「え?」


 あろうことかキュートードは、目に前に出した干物を舌で受け取らずに、ポンポンが付いている両手で受け取って食べ始めた。



『もしゃ♪ もしゃ♪――――』


「かわいいっ~~!」


「………………」

「………………」


「お替りする? ケロロ?」

『ケロ♪』


 食べ終わった時を見計らって、もう一つ出してみる。

 するとそれも両手で受け取り咀嚼し始めた。


 ああ、癒される……



「…………ねぇ、ラブナちゃん」

「…………何? リブさん」

「スミカはなんで魔物に餌付けしてるのさ」

「そ、それも禁則事項よっ!」

「…………それ絶対に嘘だよねっ!」

「………………」 


 目を逸らし、黙り込むラブナを睨むリブ。


「そもそもこんなの秘密にしたって意味ないじゃないのっ!」

「アタシだってこんなスミ姉知らないんだもんっ! 仕方ないわよっ!」

「だったら、禁則事項じゃないじゃないのさ」

「………………」


 何やら後ろで騒いでいるが、今はこのカエルに夢中の私。

 もう少しだけ愛でたいので待って欲しい。



『ケロ、ケロロっ!』


 ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん


『ケロ』『ケロ』『ケロ』『ケロ』

『ケロ』『ケロ』『ケロ』『ケロ』


「わっ! 増えたっ!」


 桃色のキュートードが可愛い声で鳴いたと思ったら、橋の上に色違いのキュートードが現れた。恐らくだけど仲間を呼んだんだろう。


「わ、わ、わ、何これっ!? 色んな花びらが頭に生えてるよっ!」


 増えたキュートードは色とりどりな花を頭の上に咲かせていた。

 まるで橋の上が小さな花畑見たくなってる。



「……スミカが水草だと思ってたのは、その殆どがキュートードよ。って言うか、そろそろ先に進もうよ」


「リブさん言う通りよスミ姉。もういい加減にして先に行くわよっ!」


 業を煮やした二人が囃し立てるが、それよりもとんでもない事を聞いた。



「えっ!? もしかして湿原に浮かぶあの水草がみんな?」  


 ここから見える範囲でも、かなりの数の鮮やか花が見える。

 あれが全部この愛らしいキュートード、なの?



「そう言ってるじゃないのよっ! それに大量に繁殖するからノトリの街でも――――」 

「かわいいこの子たちが、まだあんなにたくさんっ!?」


 マジかっ!


 なら一匹くらい連れて帰ってもいいよね?

 ユーアもきっと喜ぶよね?



「それはないわよ、スミ姉っ!」

「え?」

「だってハラミみたいに賢くて強いんならともかく、カエルなんて従魔にしてどうするのよっ! ユーアもいらないに決まってるわよっ!」

「う、うん」


 あれ? 何でラブナから反対されるの?

 そもそも私は何も聞いてないよね?



「なに言ってるのさ、スミカはずっと声出てたわよっ!」

「あ、そうなんだ。まぁ、それはいいや」

「………………」

「………………」


 リブから視線を戻し、色とりどりのキュートードを見つめる。

 持ち帰るのがダメなら、今はとにかくもっと愛でていたい。



 グイッ


「って、スミ姉っ! いい加減目を覚ましなよっ! いつもの横柄で図々しく、ふんぞり返ってるスミ姉はどこいったのよっ! そんな乙女チックは似合わないわよっ!」


 グイッ


「ちょっとスミカっ! あなたは何のためにここに来たのさっ! こっちは依頼じゃないからっていつまで遊んでいるのっ!」


 座り込む私の背中の羽根を引っ張り始めた二人。

 動かない私を強引に連れて行こうと強硬手段にでた。


 なんだけど、


「う、スミ姉が全く動かないわっ! 重いっ!」

「う~んっ! こ、こんな小さいのに、なんで動かせないのさっ!」


「………………」


 グイグイと必死に羽根を引っ張るが、二人はピクリとも動かせないようだ。


 それはそうだ。何せ能力を使っているんだから。

 ゴナタがここにいたとしても簡単には動かせないだろう。


 因みに重いってのは語弊があるからね、ラブナ。

 それと小さいじゃなくて、小柄だからね、リブ。

  


 それから数分後



――――――



「はぁ、はぁ、はぁ――――」

「ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~」


 羽根を離して、息を荒げているラブナとリブ。

 魔法使いだからか意外と体力がなく、諦めるのが早かった。

 

「………………」


 もういいかな?

 これ以上遊んでいると、帰った時にロアジムとかにチクられても嫌だし。



「さて、それじゃ冗談はさておいて、そろそろ行こうか?」


 キリと意識を切り替え、息を整えている二人に声を掛ける。

 目指すは、この巨大な橋の分岐点。



「って、キュートードを抱えて言うセリフじゃないわっ!」

「そ、そうよっ! しかもなんでキュートードに懐かれてんのさっ!」


 息を乱した二人に、指をさされ突っ込まれる。


「え? ああ、これね」


 まぁ、確かに、両腕に4匹、頭に1匹。肩には2匹、足元には5匹いる。

 それぞれに色違いで、どれも可愛らしい。


「二人が羽根を必死に引っ張ってる間に、みんなにエサあげてたからね。それで仲良くなったんだよ、ね? ケロロ、ケロ?」


『『ケロロ~~!!』』『『ケロロ~~!!』』

『『ケロロ~~!!』』『『ケロロ~~!!』』


 懐いているみんなにケロ語で聞くと、大合唱で返事をしてくれた。

 もう仲が良いを通り越して、友達になれたようだ。



「これで本当に冗談は終わりにするから、あまり怒らないでよね二人とも。それとキューちゃんが悪い訳じゃないから、言いたい事があるなら私に直接言ってよ。それじゃ、みんなまたね~!」


『『ケロロ~~!!』』

 

 優しくキューちゃんたちを降ろすと、一鳴きしてみんな湿原に帰って行った。

 こんなに頭も良くて、可愛いのに魔物なんて区別の仕方は間違っている。



「ほら、いつまでも私を見てないで、いい加減先に向かうよ?」


 ボーっとしている二人に声を掛ける。

 気のせいか、肩が小刻みに震えているように見えたけど。



「もうっ! 帰ったらユーアにお説教してもらうからねっ! スミ姉っ!」

「もう何なのよっ! 待ってたのは私たちだったのにさっ!」


 そんな二人の剣幕を他所に、私は水面に視線を向ける。

 そこにはたくさんの色とりどりの花が咲いていた。


『色々と片付いたら、また来るからね。それまで良い子にしててね』


 私はキレイに咲き乱れる花たちを見て、そう心に決めた。 


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