第344話思わぬ遭遇と先制攻撃



 広大なシクロ湿原(全長約20キロ)の中央の分岐地点。


 そこを目指して私たちは移動を開始した。

 神出鬼没、正体不明の複雑怪奇な魔物の正体を知るために。



 その魔物の正体は、リブの証言をまとめると、


 風貌はリザードマン。

 武器を装備し、魔法も使える。

 姿が消える。気配も消失する。

 攻撃を受けた後数時間で、極度の衰弱状態に陥る。

 確認できた数が、最大で5体だった。

 物音と共に出現した。



 

『ってな話だったよね…… その特殊な能力から、明らかに普通の魔物ではないし、冒険者のリブが知らないのも頷ける。恐らく他のプレーヤーが関わっている可能性が高いからね。ただ確証を得る腕輪の確認はできてないけど……』


 それと、襲われた後の症状がスラムの人たちと似ている。

 たった数時間で、生死にかかわる程の衰弱状態に陥ったその症状は。



「これ以上は机上の空論って訳じゃないけど、もうすぐその地点に到着するから直接確認しようか。鬼が出るか蛇が出るかをね」


 見渡す限りが広大で、自然が美しいシクロ湿原を眺めながら呟く。


「あ、あのさ、スミカ。これも聞いちゃダメなんだよね?」


 その後ろではリブが言いにくそうにもじもじしている。


「…………何が?」


「な、何がってさ、何で空に浮いて――――」

「ブブ~っ! リブさんそれ以上は禁則事項よっ!」

「くっ!」


 質問しかけたところで、ラブナから突っ込みのような警告が入る。

 それを受けて悔しそうに唇を噛むリブ。何か演技っぽい。


 まぁ、それはそうだよね。

 今はスキルの上に乗って空から移動してるんだから。



「だって橋の上を渡っていくよりは空の方が安全だし、何かあっても状況を把握しやすいからね。だからそうしてるだけだよ。遭遇しても相手の攻撃も届かないし」


「いや、何で空からって話じゃなく、何で浮いてるかって話を――――」

「ブブブ~っ!」


 今度も言い終わる前に、またもや警告を受けるリブ。


 言いたい事はわかるけど、それを説明できるわけでもないからね。

 私自身も、この装備についてはよく知らないし。



「そろそろシクロ湿原の中央に着くよ二人とも。あれがきっとそうだよね」


 私の視線の先には、10メートル程の円筒の塔なようなものが建っていた。

 観光の名所でもあるから、湿原を見渡す為に設置した展望台なんだろう。


 そしてその展望台を中心に、枝別かれするように数本の橋が伸びている。

 もちろん、私たちが来た方角にも伸びていた。



「う、うん、あれがそうよ。あ、あの塔に近付いたら襲われたのよ……」


 答えたリブは安全圏にいるにも関わらず、僅かに声を震わせていた。

 手も足も出ず、仲間を失いそうになったあの恐怖が蘇ってきたんだろう。



「それとさ、スミカ。着く前に言いたい事があるのよ」

「何?」


 地上より視線を戻して、真剣な面持ちで私を見つめるリブ。


「あ、あのさ、今言わないと言えなくなるかもだから先に言っておくわ」

「うん、何か気になる言い方だけど、何?」

 

 私は移動速度を緩めてリブを見る。



「――――ありがとう。本当にありがとう。マハチとサワラを救ってくれて」

「あ、でもそれも依頼に入って――――」

「それはわかってるけど、スミカはそんなこと関係なしに救ってくれてたと思う」

「う~ん、どうなんだろう?」


 私は首を傾げて、曖昧に答える。

 あまり信じられてもこそばゆいから。



「だって、残ったマハチとサワラたちには高価な魔道具を惜しげもなく渡してたでしょ? それにラブナちゃんと私にもね」


 リブはそう言って、首元のチョーカーを指でなぞる。


「これだって、きっととんでもない魔道具なんでしょ?」

「いや、それは大したことないと思う。多分」


 って、言うか今はまだ強力なアイテムを出せないのが本音だ。


「そうなの?」


 自信ありげな発言から、キョトンとして聞き返すリブ。


「うん、もう着くから話すけど、それの効果はきっと魔力を回復するんだと思う。減るたびに少しづつ補充するみたいな感じなんだと思う、多分」 


「……きっととか、思うとか、多分とか、何かハッキリしないんだけど」


「う~ん、それでも二人に相性のいいアイテムだと思うんだよね。私は魔力って感覚がわからないけど、効果はあると思うんだ」


「はぁ? 魔法使いなのに魔力の感覚がわからないって……。あ、これも聞いちゃダメな奴っぽいわね? もう何なのよっ!」


 独りで突っ込み、勝手に憤慨しているリブ。


「まぁ、ラブナが以前に、一度似たような効果のアイテムで魔力が回復したから大丈夫だよ。そうだよね?」


 チョーカー不思議そうに触っているラブナに聞いてみる。


「あっ! もしかしてアタシとスミ姉が戦った時に使ってくれたあのポーション? その効果がチョーカーにあるのっ!?」


 その時の事を思い出したのか、ハッと顔を上げ驚愕の声を上げるラブナ。


 あの時、魔力が枯渇したラブナに使用したのはバイタリティーポーションだ。

 本来であれば体力を即座に回復するアイテム。

 なのに、魔力も回復したとあの時のラブナは言っていた。

 

 恐らくだけど、魔力の概念がない私のアイテムはそれを回復するんだと思う。

 そう自己都合で解釈しないと、説明できないから。



「そう、そんな感じ。ただそれも使い捨てだから、中身が無くなったら終了ね。効果を簡単に説明するからきちんと聞いててね」



 【エナジーチョーカーS】(黒・使い捨てタイプ)


 装備者の体力(魔力?)が減少するたびに自動回復する。

 使い方はチョーカーの中心ボタンを押す。

 色が両端から徐々に白に変化する。

 全てが白に変化すると効果が切れる。



「その魔道具の効果はそんな感じ。ね? あまり大したことないでしょ?」


 指先でチョーカーをいじっている二人への説明が終わる。


「………………」

「………………」


 そんな二人はお互いに顔を見合わせて、それぞれの首元を見ている。


 そしておもむろに、私に背を向けて何やら話し始める。


(何それっ!? 魔力が減るたびに回復するって、どういう仕組みなのさっ!)

(し、知らないわよっ! お酒を飲んだら誰かが継ぎ足すあれじゃないの?)


『………………』


 内緒話っぽいけど、私の五感は常人の物ではないので何となしに耳に入ってくる。


 リブ。

 自動回復の仕組みはさすがに私も知らないよ。

 身近にあっても分からない事の方が多いのと一緒。


 ラブナ。

 それはお酌みたいで変な例えだけど、的を得ていると思うよ。



「さて、説明も終わったし、そろそろ行こうか」


「わかったわっ! スミ姉」

「お、お願いするわっ! スミカっ!」


 内緒話をしている二人に声を掛け、透明壁スキルの速度を上げる。

 リブは緊張の為か、まだ声が上ずっている。


 なので、


「リブ。私の依頼はあなたたちを助ける事も内容に入っているんだよ。だから今のこの状況も、私にとっては同じ事なの」


「え? どういう事?」


「リブがそんなに気負いする意味が無いって事。アイツの攻撃に怯える事も、未知の魔物への恐怖も感じなくていいって事。だって私が絶対に守るからね」


 キョトンとするリブに追加で理由を付け足す。


「そうよリブさんっ! スミ姉がいるんだからリブさんはありったけの魔法をぶっ放すだけでいいのよっ! 絶対にスミ姉が守ってくれるからっ!」


 そんな私の話に合わせて、ラブナも励ましの言葉を贈る。


「は、あはは、何で年下の少女の言葉なのに、こんなに心強いのっ! 何で今の一言で勇気が出てくるのっ! もうわかったわっ! 二人とも。 だったら存分に嫁の仇を―――― っえ?」



 トンッ ×5


「ぐっ!」


「え? スミ姉?」

「スミカっ?」


 私は二人の前でゆっくりと膝を付き、痛みに顔をしかめる。

 5体分の正体不明の攻撃を、認識することなく喰らってしまったからだ。



『な、まさか、空中から出現するだなんて予想外だった…… リブが聞いた物音って、きっとこいつらが着地した音だったんだ』


 予想外を通り越して、卑怯とさえ思える。

 普通に考えて、この世界で魔物が空中から湧く事なんてないと思ってたから。


 あろうことか、安全圏だと思ってた空中のスキルの上に落ちてくるなんて事も。



『い、今は私よりも、ラブナたちを守らないとっ! こんなの受けたら即死するレベルだよっ!』


 無事な二人を見やって、透明壁スキルをそれぞれに展開する。

 このまま空中に留まってもらうように。


「よ、よし、次は私も――――」


 ヒュンッ


 私は足場のスキルを解除して、まだいるであろう5体と一緒に湿原に落ちていく。



「え? スミ姉っ! なんでっ!?」

「スミカっ! あなた、まさか――――」


 突如、落下する私を見て、驚愕の声を上げるラブナとリブ。


『…………ふぅ。大丈夫だったね』


 見た感じ上の二人は無事だったようで良かった。



 そうして、私と謎の視えない魔物5体は湿原に降り立った。


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