第336話ノトリの街へいざ出発




「それじゃ、一度孤児院に帰ろうか」


 冒険者ギルドを後にして、ラブナと二人来た道を戻る。

 今回のお仕事の事をユーアたちに報告する為だ。


「そうね、その方がいいわよねっ!」


 快活に返事をしたラブナは小躍りするように前を歩いている。

 長くきれいな真紅の髪が跳ねるたびに揺れている。


 冒険に出る嬉しさを、どうやら隠しきれていない様子だ。



「はぁ、これでアタシも冒険者かぁ。しかもスミ姉と二人きりなんて……」

「ん? 何か言った、ラブナ」


 前を歩くラブナから呟きが聞こえた。


「えっ!? あ、何でもないわよっ! ただアタシもやっと冒険者になれるんだって思ってさっ! アタシだけ冒険した事なかったしっ!」


「うん、確かにそうだね。でも経験で言えば私もそんなにないんだよ? 数で言えば一番はナジメで、二番目はナゴタとゴナタ。その次はユーアの順だね。しかも半年のユーアでも100回以上だし」


 それに対し、私は冒険で街を出たのは2回だけしかない。

 そんな素人がリーダーでいいの? なんて思ってしまう。



「スミ姉は論外よ。でもユーアは100回以上かぁ」


「でもさ、ラブナはナゴタとゴナタ師匠に、冒険者の心得みたいなの教えてもらってたんでしょう? 基礎的な何かとか」


「まぁ、それは教えてもらってるわよ。野営の仕方とか、魔物の種類とか、素材とか、保存食とか。でも知識だけあってもつまんないわよ」


「それでも十分心強いよ。じゃ、何かあったら聞くから教えてね」


 頼もしいとばかりにラブナの肩をポンと叩く。


「う、うん。そうよね。スミ姉の場合はそうなるわよね。冒険者歴で言えば、アタシと変わんないからさ。でも何か変な感じ。なって数日のアタシが街の英雄のスミ姉に教えるなんて」


 しみじみと私を見てポツリと話す。


「それは気にしないで欲しい。だって私の知識はゼロだから」


 自分を指さし豊満な胸を張る。えっへんっ!


「そんな威張れることじゃないわっ! でもアタシを頼ってもいいわよっ!」



 そんなこんなで一度孤児院に戻って、ユーアたちに説明してきた。

 この街を留守にし、ラブナの冒険者としての初のお仕事に行く事を。


 その詳細は、


 ロアジムが用意してくれたお手伝いさんが途中の街で動けない事とその理由。

 その迎えにいく為に、私が依頼を受けてラブナと一緒に行く事。

 帰りは遅くても一泊二日になる事、など。



 その私たちの説明を聞いたユーアは……


『本当はボクも行きたいんだけど、ラブナちゃんもスミカお姉ちゃんと一緒がいいと思うから、今回はお留守番してるね。だからよろしくお願いします、スミカお姉ちゃんっ! ラブナちゃんも頑張ってねっ!』



 そう笑顔で手を振って見送られた。

 ボウとホウもシーラも子供たちも一緒にお見送りしてくれた。





「何だか、ユーアがどんどんお姉ちゃんになってきてる気がするね。ラブナにも気を遣って、子供たちの世話をして、お留守番してるなんてさ」


 さっきの別れ際のユーアを思い出してひとり寂しく呟く。

 どんどんお姉さん離れしてきそうで。 



「何か言った? スミ姉」

「ん、何でもないよ。今日もいい天気だなってだなって思っただけ」

 


 今はコムケの街を出て街道を歩いている。

 目的地はここから北西にあるノトリの街だ。


 時間的には、休憩と野営を入れて片道3日程かかる予定だ。

 ただそれは普通の交通手段を使っての事。



「それで馬車も借りなかったけど、スミ姉。どうやって行くのよ」


 きれいに舗装された長い街道を見ながらラブナが聞いてくる。


「ん、そうだね。おんぶで行くのと、最短で行くのと、空から行くのとどれがいい?」


 右手で北西方向を、左手で空を差して聞いてみる。


「え? 何か普通の選択肢がないわよ、スミ姉。空はこの前体験したからわかるけど、おんぶと最短ってなによ?」


「おんぶはそのままおんぶ。ユーアとかは、前にしたら喜んでたけど。で、最短は最短のままで迂回しないで真っすぐに走るって事」


「走るってのも良く分からないんだけど…… でもスミ姉だからどうでもいいわよ」


 腕を組みながら投げやりに答える。


「そう? なら説明した順番の通りに行ってみる?」

「うん、スミ姉のお任せでお願いするわっ!」

「わかった。なら背中に乗って?」


 ラブナが乗りやすいように腰を屈める。


「え? ほ、本当にただのおんぶなのね?」 

「そうだよ。乗ったらしっかり首に掴まってね。あ、あと舌噛まないようにしてね」


 背中と首筋に重みと感触を感じたので立ち上がる。


 むにゅ


『………………』


 気のせいか結構なツインおπを背中に感じたけど敢えて無視する。

 どうせラブナの師匠にも、先輩冒険者の私にも敵わないだろうし。



「それじゃいくよ?」

「う、うん」


 ビュン


 私はラブナの返事を聞いて、長い街道を北西に向けて走り出す。



 シュタタタタ――――



「ラブナは地図読めるんだよね? 取り敢えずは今のところは道があるから大丈夫だけど、もし外れたら教えてね?」


「………………」


 首を動かしラブナにお願いする。


「………………」

「? ねぇ、聞いてる?」


 いつまでも大人しいラブナに聞き返す。


「き、聞いてるわよっ! それよりもスミ姉おかしいんじゃないのっ! このまま本当に走っていくとか正気じゃないわよっ!」


 やっと返事をしたと思ったら、耳元で騒ぎ立てるラブナ。


「そうは言っても、この速さだと4時間かからないと思うよ? 普通の馬車で3日くらいかかるって言ってたから」

 

 首を傾けラブナに説明する。


「違うわよっ! そうじゃないわっ! このまま走れるわけないって言ってるのよっ! いくらスミ姉でも速すぎるわよっ! もう街だってあんなに小さくなってるのにっ!?」


「痛ったっ! もう耳が痛いって! ラブナもう少し声量下げて話してよ。耳がキーンとなって聞こえないから」


 何やら興奮しすぎて、耳元で怒鳴るラブナに怒る。


「はぁ、もう何でもいいわよ。どうせ普通の冒険者のアタシには理解できないから。ユーアや師匠よりも、スミ姉に耐性ある訳じゃないから」


 声は小さくなったが、今度は溜息交じりに答えるラブナ。

 何だか微妙に引っ掛かる言い方だ。



「…………それじゃ、もう少し飛ばすから舌噛み切らないでね」

「噛み切るっ!? わ、わかったわよっ! お願いするわ、スミ姉っ!」



 そうして私とラブナは更にスピードを上げて走っていく。

 

 そろそろ春を終え、初夏を迎えるこの世界。

 ちょっと強くなった日差しの中、妹分を背負って街道を進んでいく。


 

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