第337話ノトリの街への入街と驚く門兵さん
シュタタタタ――――
「もしかしてあれじゃない? ラブナ」
「うっぷ、そ、そうね、あれで間違いないわスミ姉。うえぇ」
遠くに見えるのは10メートルを超える大きな壁。
人工物にしか見えないから、街を守る外壁だとわかる。
「何? もしかしてツワリ?」
私の隣で口を押えながらずっと吐き気に耐えているラブナ。
顔色は良くなってきたけど、目が死んでいた。
そんなラブナは背中から降りて、今は透明壁スキルに座っている。
おんぶで数時間爆走した影響で乗り物酔いしたからだ。
「ち、違うわよっ! なんで経験ないアタシがそんな事になるのよっ!」
耳ざといのか、そんな体調でも私を見上げて声高に反論する。
「え? 経験って何? ボクわかんな~い。教えてラブナちゃんっ!」
そんなラブナに声色を変えてユーアの物まねで返す。
我ながらよく似ていると思った。
「はっ? そ、そんなの決まってるじゃないのっ! あれよ、好きな人同士が一緒に寝て、そしてお互いに確かめ合って、ごにょごにょ――――」
「………………」
「―――― だからユーアとだって……」
冗談半分で聞いたんだけど、照れながら話し出すラブナ。
「もう分かったから落ち着きなよ。そろそろ歩いていかないと変に思われるよ」
「―――― でもスミ姉も…… え? 何か言った?」
「そろそろ歩いて行こうって言ったの。あまり目立ちたくないからね」
「あっ! そ、そうね、なら降りるからちょっと待っててよっ!」
「………………」
トンと、透明壁から地面に降りるラブナ。
足元を確かめるように地面を足裏で鳴らしている。
「お、おっけーよっ! それじゃ行くわよっ!」
そう見栄を切って、何かを誤魔化すように先頭に出て歩き出すラブナ。
見間違いじゃなかったら、ちょっとだけ顔が赤かった。
さっきの冗談が尾を引いているのだとわかる。
けど……
『いくら好き同士でも、同性でナニしたって何もうまれないよ? ってかなんでそこでユーアと私の名前が出てくるのよっ。私そういう趣味じゃないんだけどっ!』
先頭を歩く、ラブナの揺れる後ろ髪を見てそう思った。
※
ここに来るまでは、凡そ時間通りだった。
いや、途中で最短をルート選択したので幾分早いくらいだ。
迂回や寄り道しないで、魔物を総無視して森や丘を突っ切ってきたから。
その際に今度ピクニックに行く予定の『ウトヤの森』も抜けてきた。
透明度の高い大きな湖と、澄んだ空気が印象的な森だった。
いつになるかわからないけど、いい癒しの場所を下見が出来て良かった。
夏場なら避暑地になるし、みんなの体も心も癒せると思う。
――
「ラブナは一度来た事があるんだっけ?」
「そうね、コムケの街に来る前に一度立ち寄ったわよ」
二人で街門に並ぶ。
私たちの前にいるのは3組だけだった。
いずれも冒険者風な装いだった。
「だから地図をあまり見なくても道案内出来たんだ。まぁ、途中から吐き気を我慢してたようにしか見えなかったけど」
「そ、そんなの当り前じゃないっ! あんなに揺れるんだったらおんぶなんてされなかったわよっ! もう絶対にしないわっ! あと、時間が長すぎるのよっ!」
「まぁ、そうだよね。何時間も乗るものでもないしね」
確かにラブナの言う通りだ。
ジェットコースターでも短時間だから楽しいもの。
それを数時間乗るのは楽しさを通り越して、逆に嫌いになる。
何事もほどほどがいいんだろう。
「なら帰りは空から行く? あまり早くは出来ないけど安全で言えば一番かもよ」
「う~ん、でも帰りはお手伝いさん連れ帰るのよね? あまりスミ姉の能力を披露するのは得策じゃない気がするんだけど」
「ああ、確かにそうだけど、ロアジムから書状を預かって――――」
「お前も冒険者なのだな」
ラブナと話している内に街に入る順番が来たようだ。
意外と屈強な門兵さんが声を掛けてくる。
「あ、そうだけど、冒険者カードは……」
「いや、お前ではなく後ろの赤い少女だ。魔法使いなのだろう?」
「え? そうだけど、カードはこれよ」
「………………」
何故か、私を飛び越してラブナのカードを確認する門兵。
職業を言い当てたのはラブナの装備を見てだろう。
「Fランクか…… なって数日の新人かぁ。討伐履歴は確認できないが」
受け取ったカードに目を通し、ため息交じりに返却する。
「し、新人がここに来て悪いっていうのっ! ならそこのスミ姉だって同じ新人だわっ!」
それを聞き激昂するラブナ。
どうやら新人なりのプライドに傷がついたようだ。
「はい、ご紹介に預かった、私、スミ姉も新人だけど」
なのでフォローの意味も込めて話に入る。
「え? この変な格好の幼子も冒険者だとっ?」
「ムカっ! いやいや、幼子はおかしいでしょう。どこからどう見ても成人でしょう」
こっそり『変態』の能力を使い、布面積を胸に集める。
これでどこから見てもナイスバディの女冒険者だ。
「うおっ! 遠目で見た時よりもでかくなってやがるっ!?」
「はい、これが私の冒険者カードだよ。きちんと確認しなよ」
バレる前に冒険者カードを無理やり渡す。
「……え? お前のカード何かおかしいぞっ!?」
「え?」
「へ?」
カードを見たまま固まる門兵。
そして訝し気に私だけを睨みつける。
「なに? もしかして壊れてるとかっ!」
あるの? 機械でもないただのカードがっ!?
それ魔力を流すだけだよね?
「ち、違うぞっ! これはこれで正常だっ! ただ中身が異常なんだ」
「え? 中身っ?」
「そうだっ! このカードによると冒険者になった日付と一緒にCランクになってるっ! しかも種類はわからないが、討伐数が3桁を余裕で超えてるぞっ! しかもこの称号とお前の後援者は……」
スゥ
「? もういいの?」
突然大人しくなった門兵にカードを渡される。
「ああ、これ以上は俺の権限では見れないんだ。それこそ一部の教会かギルドのお偉いさんでないとな。あとこれ以上見なくてもわかるからな」
「ふ~ん、そうなんだ。壊れてなくて良かったよ」
ホッとしてアイテムボックスに冒険者カードをしまう。
「ただ一瞬、自分の目を疑ったぞ、スミカの経歴を見て。それとその赤い、じゃなくてラブナも仲間なんだな、スミカのパーティーの」
「そうよっ! スミ姉はアタシのナゴタとゴナタ師匠も尊敬するリーダーなんだからっ! ナジメだってスミ姉には敵わないんだからっ!」
名前を呼ばれ視線を向けられたラブナが仁王立ちで語る。
「ナ、ナゴタとゴナタって、あの『神速の冷笑』と『剛力の嘲笑』の事かっ!? それとナジメって昔Aランクだった……」
「そうねっ! それで間違いないわよっ! それにしてもオジサン詳しいわね? もしかして師匠のファンとか?」
「オ、オジサンっ!? 俺はギリ20代なんだが…… それにしてもあの双子が師匠となって、弟子をとるなんてな」
「へぇ~、やっぱり知ってるんだ、アタシの師匠。でも理由は聞かないでおくわよ? 昔は派手に暴れてたって聞いてたから」
「いや、俺はここに来る冒険者に聞いてるだけで、直接会った事はないんだ。だが職業柄その強さに憧れたことはある。もう一人のナジメさんもな。そんな大物の上に立つスミカは本当に何者なんだ?」
ここで一旦話を止めて、今度は興味深く私を見下ろす。
「私はただの冒険者だよ。ただ色々あってやりたい事してたら仲間が増えたってだけ。だから偉くも自慢するつもりもないから、あまり特別扱いしないでくれると助かるかも」
門兵に軽く手を振ってそう話す。
気に掛けられても色々面倒だし。
「むぅ、あの内容を知るとそうもいかんのだが……。だが期待させてくれ。お前たちがこの街を救ってくれる冒険者なんだとな」
そんな私の軽口に、表情を固くし話しを始める門兵。
「え? 救うって……」
「救うって何よ? ………………」
「ああ、実はな――――」
私とラブナは何か事情を抱えるこの街の話に耳を傾けた。
入街する人たちが少ないのも、この街と依頼に関わる話だと思うから。
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