第332話お風呂の効能と策略と




「もうわしはスラムに帰ら~ん。ここに世話になる事に決めた~。こんなに贅沢な気分は初めてじゃ~。風呂も最高じゃった~」


 ソファーに横たわっているビエ婆さん。

 その顔は見た事もないぐらいとろけていた。


「はぁ~、ここは天国みたいだわ~。お昼も美味しかったし、お肌も髪もツヤツヤだわ~。私もここに住むことにするわ~」


 同じくソファーに座っているニカ姉さん。

 その手には手鏡が握られ、うっとりとした顔をしていた。


「ユーアお姉ぇ、明日もわたしと一緒に、そのぉ、お風呂に……」

「ユーアお姉さま、わ、わたしもご一緒したいです。そしてまた体を……」


 床でハラミをブラッシングしているユーアの両脇にいるボウとホウ。

 そんな姉妹は熱に浮かされたように顔が赤い。お風呂上りだろうか。



――――――



「な、なんでたった数時間でこんなになってんのっ!?」



 ナゴタたちと大豆屋工房サリューから帰ってきたら状況が一変していた。


 厳格なイメージのビエ婆さんは魂が抜けたように半目で呆けている。

 もうボケが始まってしまったんだろうか……


 大人のニカ姉さんは、櫛で髪をいじったり、頬を撫でたりしている。

 そして時折ニヤニヤと頬が緩む。正直ちょっと気持ち悪い。


 そしてボウとホウ姉妹は、ユーアの腕を自分たちの腕に絡めている。

 両腕を掴まれてユーアはちょっと迷惑そうだった。ブラッシングの邪魔だし。



「お帰り、スミ姉と師匠たちっ! ちょっと遅かったじゃない」

「お、お帰りさない。スミ神さまと乳神さま、カイさんたち」


「「「お帰りなさ~いっ!」」」


 玄関で立ち尽くす私たちに、ラブナとシーラを始め、孤児院の子供たちが元気にお出迎えしてくれる。


「うん、ただいま。って、それはいいんだけど、あの4人はどうなってんの?」


 私たちが帰って来ても無反応の4人を見て、ヒソヒソ声で聞いてみる。


「ん~、なんだかお風呂から上がったら、ああなっちゃったのよ」

「そ、そうなんです。みなさんお風呂が気に入ったみたいなんです。それで」


「それであんなにとろけてんの? でもボウとホウはお風呂って言うか、ユーアに懐いてない? 呼び方も違ってたし」


 そう、姉妹の二人は確か『お姉ぇ』とか『お姉さま』て呼んでた気がする。

 なんかデジャヴを感じるけど。



「そ、それはユーアにお風呂教えて貰ったからだわっ!」

「そ、そうですね、きっとユーアお姉さまと入ったからですっ!」


「へ~、それだけでそんなに懐くんだ。さすがユーア。なのかなぁ?」


 急にどもり始めた二人にそう答える。


 良く分からないけど、きっとお風呂で女子会でもしたのだろう。

 恋バナとか、お洒落とか、好きな食べ物の話とか。


「まぁ、仲良くなるのは…… って、どうしたの?」


 何故かそわそわしだしたナゴタとゴナタに声を掛ける。

 その目はチラチラとユーアを見ている。


「ユーアちゃんとお風呂…… はっ! 何でもないですお姉さまっ!」

「ああ、きっとユーアちゃんにあの姉妹は…… あ? 何でもないぞっ!」 


 視線を私に戻し、慌てたように答える姉妹。

 それでも気になるのか、ユーアと私を視線が往復している。


「ふ~ん、でも何か私に隠し事してない?」


 何となく煮え切らないので、薄目で腕を組みながら姉妹に聞いてみる。


「べ、別に何も秘密にしてないわよっ! ユーアとお風呂がどうとかっ!」

「わ、わたしもっ! ユーアお姉さまの洗い方が変だとかっ!」

「わ、私も、ユーアちゃんが滑って敏感なところになんてっ!」

「ワタシだって、ユーアちゃんが挟まったとか知らないぞっ!」


「え? う、うん、何でもないならいいよ」


 ナゴタとゴナタに聞いたはずなのに、なんか回答者が増えてしまった。

 でもそこに突っ込むのは、地雷になりそうなので引く事にした。


 敏感とか、挟まるの意味は良く分からないけど。


 まぁ、ユーアが関わってるのは確かなんだけどね。





「そんな感じで、カイたちはもう少しサリューに通って欲しいんだよ。じゃないと親子で回せないし、大豆の商品も作れないし」


 食卓を囲みながら、マズナさんとの話と状況の説明を終える。



「それでカイたちも暫くは孤児院お世話になるのじゃな?」


 ようやく正気(普通)に戻ったビエ婆さんが、確認の為か聞き返す。


「うん、暫くって言っても、孤児院が落ち着いてから数日かな? その後はスラムでの生産に戻ってもらうと思う。あくまでも予定だけど」


「それじゃ、わしとニカは一度スラムに帰るとしよう。カイもわしも不在じゃと何かと心配もあるからな。名残惜しいけど仕方ない」


「そうね、それがいいわよね。色々と心残りだけど」 


 カイたちの残留を聞いて、ビエ婆さんとニカ姉さんは明日には戻るようだ。

 数日でもまとめ役がいないのは、何かと不安が残るのだろう。


 こういったところに、ビエ婆さんの実直さと誠実さを感じる。

 そうは言っても、さっきのダレた姿を見た後では、若干説得力がないけど。



「え? ビエばあちゃんたちもう帰っちゃうの?」

「ニカお姉ちゃんも?」


 話を聞いていた子供たちが、食事も途中でビエ婆さんに駆け寄る。

 


「おや。わしたちとの別れがつらいのか? でも心配しなくても大丈夫じゃよ。今度来るときはみんなのお友達もたくさん連れてくるからなぁ」


「ふふふ。ボウとホウはスミカちゃんとユーアちゃんに取られたけど、孤児院の子たちは、私たちに懐いちゃったわねぇ」


 子供たちに囲まれて、一人一人頭を撫でる笑顔のビエ婆さん。

 ニカ姉さんもまんざらではない様子でニコニコとしている。


「あっ! そう言えばこれ出すの忘れてたよっ!」


 私は虫の魔物の子分の方の一片をテーブルに乗せる。

 お昼に出す予定が、すっかり忘れていた。



「これ美味しいから、明日帰るならお土産にスラムに持ってってよ。って言っても、重くて運べないか? なら私がもう一度 ――――」


「スミカよ、それなら心配は要らぬぞ? わしとカイはアイテムポーチを持っておるからな」


「あ、そんないいもの持ってたんだ。なら心配いらなかったよ」


 ビエ婆さんがポケットから取り出した布袋をみて安堵する。



「姐さん、実はそれも服と一緒に頂いたんですよ。昨日ニスマジさんに」


 同じものを取り出し、私に見せるカイ。


「へぇ~、随分と大盤振る舞いしたんだ。ニスマ――――」


「あ、それわたしたちも持ってるぞっ! 二人で一つだけど」

「はい」

「私も持ってるわよ?」


「は?」


 カイに続き、ボウとホウ、そしてニカ姉さんまでアイテムポーチを取り出す。

 どれもこれもまだ使用感のない新品状態だった。


「それ一体何個あるの?」


 しみじみとみんなのアイテムポーチを見て聞いてみる。

 

「それがな、20個もあるのじゃよ……」

「マ、ジ?」


 その数に唖然として聞き返す。


「マジ、じゃ。こんな高価なもの何故わしらに配るのか聞いたところ『先行投資よぉ~ん』と言って帰って行ったのだ」


「しかも姐さんのマークも入ってるんですよっ!」


「それとスミカちゃんに『グッズは任せてねぇ~ん』とも言ってたわよ」


「………………」


 私はそれを聞いて無言になる。

 ニスマジの商売人としての手腕に恐怖を抱きながら。 



『こ、ここまで協力されたんじゃ、わたしたちの便乗商品に文句言えないじゃないっ! 絶対にそこまで先読みしてプレゼントしてるよねっ!』


 きっとニスマジは商売人としての先見の明を持っているのだろう。

 スラムの変化と、そしてそれに関わってる私たちがネタに使えると思って。


 それでもこれからの事を考えるとありがたい。 

 大豆屋工房サリューでの仕事でも、スラムでの採取に関しても。



『ただ、ねぇ………… 後がなんか怖いんだよね…… 正直さ』



 後々を考えると、背中に何やらうすら寒いものを感じる私だった。

 ただ装備のお陰でそれも軽減されていたけど。


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