第325話スラムを抜けてコムケの街へ




 私たちは、スラムと街の境界線の壁を抜けて、孤児院へ向かう道に出る。


 その頃には、表情が固かったボウとホウも、ハラミの上で聴いたことのない歌を楽しそうに歌っている。そして時折、ハラミの合いの手の一鳴きが入る。

 姉妹もハラミも随分と慣れたようだった。


 その後ろにはスラムの大人たちが続き、私たちと話をしている。



「これはスミカも手伝ってくれたのじゃな」


 ビエ婆さんが懐から取り出したのは、昨日姉妹が作成した地図だった。


「うん、ナジメがお手伝いに行っちゃったから、その空いた時間にね」

「そうか、それでも感謝しておる。あの娘らも喜んでおったからなぁ」


 そう言い、姉妹が作った地図を広げて眺めている。

 その表情は横から見ても、笑顔が浮かんでいるのが分かった。


「それと、この服の件もお礼を言わなくてはな。これで街に出ても違和感はないじゃろぅ。今までのは、ちと目立ってしまったであろうからな、悪い意味でも」


 その柔らかい笑顔のまま両手を少し広げて見せる。

 今の服装はスラムでの粗末なものではなく、一般的な服装だ。


 決してお洒落なものではなく、民族衣装をもっと地味にした感じ。

 色合いも茶色や緑系の落ち着いた色合いの、ゆったりとした服だ。

 そして、どの服装にも黒蝶マークがしっかりと入っている。



「え? あ、うん、それは良かった。でもそれを用意したのはナジメなんだよ」


 私はここで本来の送り主を暴露する。


「そ、そうなのかっ! それなら今からナジメさまに会ってお礼をっ!」

「そうだったのっ! ナジメさまが、私たちの為になんてっ!」

「そうだったんですかっ! ナジメさまがわざわざみんなの為にっ!」


 それを聞いて声が大きくなるビエ婆さんとニカ姉さんとカイ。

 のんびりした雰囲気から一転、一気に引き締まった空気に変わる。



「あ、お礼の件は言わなくていいよ。ナジメはきっと私のお手伝いの為と、領主から渡されたらこうなるってわかってたはずだから」


 少しだけ委縮している3人に伝える。

 恐らくナジメはこれを予想していたのだろうと。



「だから心の中だけにしまっておいてね。まぁ、実際は私なんかより、ナジメがくれたって知ってた方が、みんなも心強いとは思うんだけどね」


 そう。

 本来であれば、ナジメからの贈り物の方が影響が大きい。


 『私なんかより』って言うと、卑屈に聞こえるけど、実際には一般的にも、この世界の常識でも、その方が強い効力がある。ナジメの持つ名声と権力の方が。



「わかった。ならそれは心の中での希望の糧にしよう。ナジメさまはわしたちを応援してくれてるって、その心遣いを」


「そうだね、その方がナジメも喜ぶと思うよ」


「じゃが、それでもスミカが切っ掛けだったのには変わらない。今、わしがここにいるのも、ボウとホウがいつも笑顔なのも、街もみんなも変わりつつあるのも」


 ビエ婆さんも含め、大人たちの視線が集まる。

 どの視線も真摯な瞳に見えた。



「うん…… 別にそこまで畏まる必要はないんだよ。これは前にも言ったけど、助けを呼びに来たボウの勇気と、私にも得るものがあったからなんだからね」


 そんなみんなにやんわりと笑顔で返す。


「でも姐さん、それだと言ってる事の順番が逆ですよ?」

「そうね、カイの言う通りにおかしいわね」


「逆? って」


 こんなところで反論するカイとニカ姉さん。

 おかしいって?



「そうじゃぞ、スミカ。それじゃと最初からスミカの得る物がここにあったって事になるぞ? 一度も来た事もないスラムの街に」


「え? ああ、そう言えば、そう、だね?」


 軽く頷きみんなの意見に肯定する。


 何も知らない街に、最初から欲しいものがあったなんて知るはずもない。

 それはボウとスラムを救ったあとの結果の話だ。



「じゃからわしたちは、昨日の集会で決めた事があるのじゃ」


 さっきまでの笑顔ではなく、どこか含み笑顔を見せるビエ婆さん。


「ん? 決めた事って?」

「あ、それはわたしが言いたいなっ!」


 ビエ婆さんと話していると、こちらの話題に気付いたボウが割って入ってくる。

 


「? じゃあ、ボウでいいよ。一体何を決めたの、私に関係あるの?」


 この流れだと、私関連だと思いボウに聞いてみる。


「うんっ! 実はスラムの名、むぐぅっ!」

「ちょっとボウお姉ちゃんっ! それはまだ内緒だよっ!」

「ボウや、お前は昨日の話を聞いておらぬのか?」

「はぁ、聞いてないわよ。その後嬉しそうに走り回ってたから」


 ボウが口を開いた瞬間に、妹のホウが慌てて口を塞ぐ。

 そしてそれを呆れて見ている、ビエ婆さんとニカ姉さん。



「…………一体何なの?」


「あ、姐さんっ! そんな大したことではないのでまた今度お話しますっ!」


 今度はカイが焦った様に、私にそう説明する。


「そう? なら別にいいんだけど」


 何やら含み笑いをしているみんな。

 ただそこに嫌な感じはしない。


 なんて、そんな話題で盛り上がっていると……


『は、は、はっ! わうっ!』


「わっ!」

「きゃっ!?」


「ハラミ?」


 シュタタタ――――



 いきなりハラミが走り出して見えなくなっていた。

 その背にはボウとホウを乗せたまま。


 そうしてこの話題は、ハラミがいなくなった事でお開きとなった。





「お姉さま、ハラミが行っちゃいましたけど……」

「うん、何か嬉しそうだったなっ! 尻尾ブンブンしてたしっ!」


 ボウとホウを乗せたまま、もう姿が見えなくなったハラミ。

 その銀色のモフモフを不思議に思い、ナゴタとゴナタが聞いてくる。



「ああ、それは直ぐにわかるよ。お互いにわかるみたいだから」

「え? それは一体……」

「??」


「「「………………」」」


 私はナゴタとゴナタ以外にも、少し心配そうなみんなにも伝える。



 すると、直ぐに銀色の毛皮と――――



「おかえり~っ! スミカお姉ちゃ~んっ!」


 最愛の妹の声が聞こえ、そのまま私の前でキキッと停止する。

 そんな帰ってきたハラミの背には、ボウとホウともう一人が乗っていた。


「お迎えありがとうね、ユーア。孤児院の方はまだお片付け終わったの?」


 満面の笑顔を浮かべるユーアの頭を撫でながら聞いてみる。


「うん、まだ終わってないよ。でも今はお昼ご飯の準備をしてるんですっ!」

「そうなんだ。なら私たちも混ざってもいい? 面白い食材もあるけど」

「面白い食材? それってお肉ですか?」

「え? う、うん、まぁ、一応お肉かな? 意味合い的には」


 私は最近手に入れた食材を思い出して、そう答える。



「うん、それじゃ急いで帰ろうよっ! 準備終わっちゃうから」

「わかったよ、ユーア。それじゃ少し急ごうか」


 そうしてユーアを含め、まずは孤児院に行く事になった。

 その道中で簡単に自己紹介をしながら。


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