第324話お漏らし疑惑とハラミのお仕事




「な、何なんじゃスミカっ! この魔物はっ!」

「ホント、びっくりしたわよっ! いきなり現れてさっ!」


 ハラミの背から恐る恐る降りて、私に詰め寄るビエ婆さんとニカ姉さん。



「ま、まさかこの魔物も姐さんたちの、な、仲間ぁ?」


「あわわわわっ、魔物がまた街の中にっ!」

「ボ、ボウお姉ちゃん……」


「「「な、な、な …………」」」


 カイもボウ姉妹も街のみんなも、突然現れた魔物の姿を見て声を震わせている。

 


「うん…… もしかして、この首輪の事知らない?」


 怯えるみんなに、ハラミに近寄り従魔の首輪を指さす。

 これが街に入れる証拠って聞いてたから。



「し、知りません、も、もしかしてその魔物が、スミカお姉さんの妹さんがペットにしてる魔物なんですか?」


「うん、そう。妹のユーアが飼っている魔物で、名前はハラミ。種族に関しては聞かないで欲しいかも。誰もわからないみたいだから」


 唯一、以前に話した事を覚えてくれていたホウ。

 それに対し、もう一度紹介する事で答える。



「ハラミ? って、さっきいなくなったって言ってたのは子供じゃなかったのかっ! わたしてっきり迷子の子供だと思ってたのにっ!」


「あ、あれ? さっき説明しなかったっけ? お利口な魔物だって」


 ハラミを撫でながら、涙目のボウにそう話す。

 さっき言ってたような気がするんだけど……



「言ってないよっ! お利口としか聞いてないよっ!」

「そ、そうですよっ! お散歩がどうとか言ってただけですっ!」


「うわっ!」

『がうっ!?』

 

 私の言い訳を聞いてプンプンモードに突入するボウとホウ。

 頬を膨らませ顔を赤くし怒っている。



「ん?」


 もしかして……


「なに? またそそうしちゃったの? ハラミに驚いて」


 二人の耳元で囁くようにそう告げる。


「ば、何を言ってるんだスミカ姉ちゃんっ! わたしはもう大きいんだっ! このぐらいでお漏らしなんてしないぞっ!」


「そ、そうですよっ! わたしだってちょっと怖いぐらいで漏らしませんっ! もう卒業しましたっ!」


 私の言った意味を理解した二人は、すぐさま反論する。

 今度は頬以外にも耳まで赤く染めて、ムキになっている。


 まぁ、卒業の意味は良く分からないけど。



 それよりも、

 大勢の前でそんな事を大声で騒ぎ立てたら――――



「なんだ、ボウとホウ。怖くて漏らしちゃったのか? くくくっ」

「ボウとホウよ、なら着替えてこんかい…… くふふっ」

「あら、そうなの? それはそれは可哀想に…… クスッ」


「「「~~~~くくくっ」」」


 当然、カイに続き、ビエ婆さんとニカ姉さんに突っ込まれる。

 周りのみんなは視線を逸らし、口を押え背中を震わせている。



「ちょっとぉっ! わたしは漏らしてないぞっ!」

「わ、わたしもですっ!」


 それを聞き、更にムキになって言い返す姉妹。

 余計にそれを認めている様にも映る。


 きっとこれ以上の弁明は無駄だろう。

 てか、最初から手遅れだった。


 だって、


「ああ、わかったわかった。もうそれでいいぞっ!」

「うむ、もう気にするな。ボウとホウよ」

「もう仕方ないじゃない? 出ちゃったものは」


 カイを先頭に、今度はビエ婆さんとニカ姉さんに慰められる。

 どうやらもう、事後として認識しているようだったから。



「だ、だから、わたしは漏らしてな~~いっ!」

「わたしも出てないから~~っ!」



 そんな二人の絶叫が、スラムの街中に響き渡っていた。



※※



「そう言えば、ビエ婆さんはなんでハラミに乗ってたの?」


 今はボウとホウが震えながら乗っているハラミを見る。

 っていうか、私が乗せたんだけど。ハラミと仲良くして欲しいから。


『がう?』


 そんなハラミは、鼻を鳴らして姉妹の臭いを嗅いでいる。

 ハラミもお漏らしの件が気になるのだろうか?



「それは、わしがニカと森の近くの作物の様子を見に行った時に魔物から助けてくれたんじゃよ」


「そうなのよ。見た事ない小さな魔物が現れて、それをあっという間に退治しちゃったのよ。そしたら背中に乗せられてここまで来たってわけ」


 そう話すビエ婆さんとニカ姉さんは、ハラミに優しい視線を向けていた。

 ハラミが仲間だとわかって警戒を解いたのだろう。



「え? あのウサギまだいたの?」


 少し驚いて聞き返す。

 

「そうみたいですね、お姉さま。どうやらお姉さまが退治した魔物の影響が出ているみたいです。地下に住んでいた魔物が、より強者から逃げてきたみたいです」


 ビエ婆さんとニカ姉さんの代わりに、ナゴタがそう教えてくれる。


「え? ああ、そう言う事かぁ。もう虫の魔物はいないけど、住処の地下を荒らされたから出てきちゃったって事かぁ」


「そうだなっ! ただ殆どはここから逃げたと思うなっ! 元々は臆病な魔物だからなっ!」


 今度はナゴタの代わりに、ゴナタが追加で説明してくれる。


「ふ~ん、ならいいんだけど。ハラミ、ちょっとお願いがあるんだけど、街の中にまだ魔物がいるか念の為に調べてくれない? 匂いとかでわかるよね?」


 未だにスンスンと姉妹を嗅いでいるハラミに頼んでみる。


「ちょっと、スミカ姉ちゃん。いくらお利口でも分かるわけないって」

「そうですよ、スミカお姉さん。いくらなんでも人の言葉なんて……」


『わうっ!』


「そう、ならお願いするよ。あとでオークのお肉あげるから」


『がうっ!』

「わっ!」

「きゃっ!」


 私の話を聞いて一鳴きすると、体を低く下げて伏せの態勢になる。

 背中を軽く揺すっているところを見ると、姉妹を降ろしたいみたいだ。


 なので二人を降ろしてハラミの背中を空にする。



「それじゃよろしく。こっちの予定が終わったら呼ぶから」

『がうっ!』


 シュタッ ――――


 私たちに一鳴き返事をして、ハラミは森に向かって駆けていく。

 そしてあっという間に視界から見えなくなった。



「よし、あとはハラミに任せておけば大丈夫っと…… ん? なに?」


 ナゴタとゴナタ以外の視線を受けて聞き返す。

 ハラミに注目してたわけではなく、みんなが私を見てたから。



「いや、もうどうでもいいのじゃ。お主の常識に付き合うと疲れる」

「もう、何でもありね? この娘は。はぁ」


「あ、姐さんは相変わらず型に嵌らないお人だ…… カッコイイ……」


「なんで魔物と話が出来るんだよぉ。もうわたしも驚き疲れたよ。ふぅ」

「はい、わたしももう驚くのに慣れそうですよ。はぁ」



 そんなみんなは、ハラミのお利口ぶりを前にして感嘆の声を上げていた。


 ただそれはよく聞くと、溜息の様にも聞こえたけど。






「それじゃ行こうか」


「はい姐さんっ! お願いしますっ!」


「うむ、よろしくじゃ。スミカ」

「うん、案内お願いね」


「よろしく、スミカ姉ちゃん」

「う、うん、よろしくお願いいたします、スミカお姉さん」



 私の号令で、それぞれ一様に返事をする。

 そしてコムケの街に向けて出発する。



 この後は、カイと数名の街の人たちを連れて、コムケの街に行く。

 そもそもの今日の予定は、カイと大豆屋の店主のマズナさんとの顔合わせだ。



 それとビエ婆さんとニカ姉さんにも一緒に街まで来てもらう事にした。

 こっちの目的は、働くであろう孤児院を一度見てもらいたいからだ。


 そしてその隣にはボウとホウの姉妹も付いてきている。

 その顔つきは慣れない街へ行くためか、些か強張って見える。


 そんな二人は、私の妹のユーアに会ってみたいのと、やはり自分たちが通う孤児院が気になるらしい。もしかしたら住むことになるかもしれないからだ。

 


 あと、ハラミはゴナタに呼んでもらって合流できた。


 お願いしていた魔物は根こそぎ駆除できたらしい。

 なので、しばらくは大丈夫だと思う。

 まだ懸念が残るなら、定期的にハラミに来てもらってもいいし。



 それとスラムに来て気になる事が二つある。


 一つ目は、


『う~ん、あの時はみんなを助ける事を優先してたから、虫の魔物の穴の中を調べきれてないんだよねぇ? どこに繋がってるのか、どこまで広いのか、とか』


 今はナジメによって入り口は塞がれてるけど、虫の魔物のボスが巣くっていた洞窟が気になる。長く続く洞窟の先を確認していないからだ。



 もう一つは、スラムに保管してあったバリスタと投石器の存在。


 かなり昔の物らしいけど、用途不明のスラムの石造りの建物と相まって、何かあるのかと勘ぐってしまう。物騒な兵器といい、みんながいた地下の監獄といい。


『ん~、暫くは忙しいから後で見に来ようか……。今は孤児院とスラムの人たちで時間を取られちゃうし、その後もピクニックとかあるだろうし』


 周囲に注意を払いながら、悶々と一人考え込む。 



「どうしたのですか? お姉さま。難しいお顔をしてますが?」

「お姉ぇ、眉間に皺がよってるぞ?」


 すると、両隣に歩いていたナゴタとゴナタが顔を覗き込んでくる。


「え? そんな変な顔してたかな?」


「いいえ、お姉さまはどんな表情でも可憐でお美しいので気にしないでください。はっ! い、いえ、そうではなくて、何かお悩みの様子でしたけど」

「うん、うん」


「あまり大したことじゃないから気にしないでいいよ。それよりも心配してくれてありがとうね、二人とも」


 気に掛けてくれた二人に「にこっ」と微笑みで返す。

 その心遣いを嬉しいと思いながら。



「あっ! いえ、こちらこそっ! そのぉ、笑顔も素敵です…… ごにょごにょ」

「えっ! いや、いいんだっ! お姉ぇの笑顔が見れれば…… ごにょごにょ」


 そんな二人も嬉しかったのか、少し慌てたようだけど笑顔で答える。 

 ただ後半は声が小さくて、よく聞き取れなかったけど。



 そうして私たち10数名は、コムケの街中に到着した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る