第314話領主さまとスラム視察




 ナジメと二人、コムケとスラムを隔てる防壁を抜けて通りを歩いていく。

 行く先はもちろん、ビエ婆さんたちが住んでいる地下室だ。



『みんな昨日はゆっくり寝れたのかなぁ? 大人たちもあんな目にあったし、子供たちも怖い思いしちゃったけど……。体の傷は癒せるけど、心は自分で治すものだからね』


 スラムに入り、みんなを思い浮かべて心配する。

 特に子供たちは、目の前で親たちが襲われてるのを見ていただろうから。



「あっ! 姐さんっ! どうしたんですか?」


「ん?」

「む?」


 そう心配し、歩いていると見知った顔がヒョコと建屋から出てくる。



「あれ? なんでカイが外にいるの?」

「え? 何でって、だってもう魔物はいないんですよ?」


 キョトンとした顔でカイが答える。


「え? ああ、そうだった。何か地下にいるイメージが残ってたよ。そうだよね、別に地下に住んでたわけじゃないもんね、なんかゴメンね」


「い、いいえっ! 姐さんのお陰なんですから謝らないで下さいよっ!」


 軽く頭を下げる私を見て慌てるカイ。


「うん、ありがとう。それで今は何してんの? 見た感じ穴掘りする感じだけど」


 会った時に大きなシャベルを持って出てきたカイ。

 きっとそれを取りに建屋に入っていたんだろう。



「いいえ、逆なんです姐さん。今から穴を埋めに行くんですよ」

「穴? ってなんの?」

「あのでかい虫たちが空けた穴ですよ」

「あ、そう言えば地面からでてきてたからね」


 私も二つほど見ている。


 一個はボウとホウが襲われてた建屋の中。

 もう一個は20メートルを超える虫のボスの。



「そうです。あの時は逃げるので精一杯で気付けなかったんですが、今朝調べてみると、あちこちに穴が開いてるんですよ。放置してると危険なので、今からみんなで埋めるところなんです」


 そう言って、シャベルを担いで見せる。

 さらに続けて、


「ただ、俺たちが攫われた先のでっかい穴が大変そうなんですよねぇ。直径5メートルくらいあって、深さもかなりありますから……」 


 カイがうんざりと話す、その穴の正体は虫のボスが出てきたところだ。



「うん、確かにあれは大変だよ。埋めるよりフタをした方が良いんじゃないの?」


 あの大きさを思い出してカイに提案してみる。



 あんなの人力で埋るのには労力も時間もかかるだろう。

 恐らく深さも数百メートルあるだろうし。


 そもそもこれからこのスラムの街は、色々と忙しくなる予定。


 だと言うのに、あの虫の魔物は余計な置き土産してくれちゃって……

 なんて心の中で恨み言を言う。


 ただ同じ置き土産でも、あの美味しい素材は嬉しい誤算だったけど。



「はい。姐さんの言う通りなんですが、雨とかで地盤が緩くなって崩れても困るって事で、ビエ婆さんが何とかならないかって心配してるんですよ。子供たちも危ないだろうって」


「なるほど、確かにビエ婆さんの言う通りだね。ならどうしようかなぁ?」


 腕を組み「う~ん」と首を傾げる。

 何かいい方法ないかなぁ、って思案する。


「ねぇねよ」

「ん?」


 すると、そんな私に見かねたようでナジメが口を挟む。


「だったらわしが手伝ってやるのじゃ。この者たちは色々と忙しくなるのじゃろ?」

「うん。そうなんだけど…… いいの?」

「うむ。構わぬぞ。そもそもわしも出来る事を探しておったのじゃ。それにねぇねは少し人を頼る事を覚えた方が良いぞ。こういう場合は適材適所じゃ」


 「ニヤリ」としながら短い腕で力こぶを作る。


 ただその上腕二頭筋は「ぷくり」ともしてなかった。

 それでも非常に頼もしく見える。


「うん、わかった。なら任せるよ」

「うむ。任されたのじゃっ!」


 八重歯を見せ、笑顔で答える幼女がそれでも頼もしく見える理由。


 それはナジメはこの大陸一の土魔法の使い手だからだ。



「カイとやら、わしをその穴に案内するのじゃ」

「え?」

「信用していいよカイ。こう見えても頼りになるから」

「へ? え?」

「そうじゃ、この街を救ったねぇねを信じるのじゃ。じゃから安心するのじゃ」

「そ、それはそうですが、でもこの幼児が……」

「カイ、こう見えても土魔法の達人だから間違いないよ」

「えっ!? 土魔法の達人!? この女の子がぁっ!」

「ねぇね、見た目ばかり言うでないぞ、少し傷つくのじゃ!」


 私とナジメに挟まれて、オロオロするカイ。

 そして少しイジけてるナジメ。


 そりゃそうだよね? 

 こんな見た目で大人とも思えないし、ましてや魔法使いなんて聞いても。


「まぁ、そんな訳だから、騙されたと思って連れてってみなよ、きっと驚くから。土木作業や農耕作業に1台は欲しい人材だから」


「わかりました。そこまで姐さんが言うなら間違いないですね」

「ねぇねよ、わしが1台とは一体……」

「あ、ゴメン。それは言葉のあやだよ。でもそれだけ信頼してるって事だから任せたよ。私はビエ婆さんのところに行ってるから」


「うむ。わしも後から行くから。さっさと終わらせるのじゃっ」

「うん、よろしくねっ!」



 そうしてナジメ達と別れて、一人歩きだす。


 確かにナジメの言う通り、こういった事は適材適所なのだろう。

 一種のパーティープレイみたいなものだ。



※※



「う~ん、よく考えればビエ婆さんの居場所聞いておくんだった」


 カイたちと別れて似たような建物が並ぶ中、一人呟き通りを歩く。


 すると……


「あっ! ちょうちょさんだっ!」

「え? ああ、蝶だっ!」

「ねぇ、ちょうちょのえいゆうさま来てるよっ! みんなっ!」

「ほんとうだっ! わるいむしを退治してくれたっ!」


 通りの横で、地面に何かを描いて遊んでいる子供たちに遭遇する。

 そしてそんな子供たちは笑顔で私に近付いてくる。



「ふふ。こんにちは。あのさぁ、ビエ婆さんがどこにいるか知ってる?」


 少し屈んで子供たちに聞いてみる。

 ついでに昨日も配った串焼きを渡してあげる。



「あ、ありがとうございますっ! それとありがとうっ!」

「「「うんっ! ありがとうっ!」」」


「ん? どうして2回もお礼言ってくれたの?」


 声を揃えて快活にお礼を言う子供たちに、不思議に思い聞いてみる。



「だって、お肉もくれて助けてくれたもんっ!」

「助けた? お肉をもらう事がって事かな?」


「ちがうよ。わるいむしを退治したことだよっ!」

「え? ああ、なるほどわかったよ」


 そう笑顔で答えて、みんなの頭を撫でる。

 最初のありがとうは今で、二回目は昨日の事だってわかったから。



「それで、ビエ婆さんか、ボウとホウでもいいんだけど知らない?」


 満面の笑みで、串焼きを持っている子供たちにもう一度聞いてみる。

 やっぱり子供は笑顔が一番だね、て思いながら。



 タタタ――――



「ん?」


「ん~、いい匂いがこっちからするぞ、ホウっ!」

「ちょっとボウお姉ちゃんっ! そんな匂いしないからっ!」


 子供たちに聞いていると、見知った声が背後から聞こえてくる。



「あ、ボウとホウ。ちょうど良かった。ビエ婆さんどこにいるか知らない?」


「え? ああっ! スミカ姉ちゃんっ!」

「あっ! スミカお姉さんっ!」


 子供たちと話している私を見つけて驚く双子姉妹のボウとホウ。

 ってか、ボウは食いしん坊キャラなの? 匂いとか言ってたし。



「あ、みんなありがとうね、二人は見つかったよ。それとボウとホウは何やってるの? なんか暇、じゃなかった、今日はのんびりしてそうに見えるけど」


 子供たちにお礼を言って、にこにこしている姉妹に声を掛ける。


「べ、別に暇じゃないぞ、スミカ姉ちゃん。わたしたちはこの街の地図を書いてるんだからなっ! ビエ婆さんに頼まれてさ」


 そう言ってボロボロな板切れを差し出す。

 忙しそうに言ってるけど匂いに釣られたことは言わない。


「ん? どれ」


 確かにそこにはこの街の地図、と言うよりはお絵かきに近いものが書いてある。

 建物の位置と縮尺がおかしくて、正直地図としては見ずらい。

 ただ何となくはわかる。



「ふ~ん、それじゃこの●は何の印なの? あちこちにあるけど」

「スミカお姉さん、それは穴の位置を地図に書いてあるんです」


 ボウの代わりに、妹のホウが教えてくえる。


「穴って、もしかしなくても虫の魔物が開けたやつ?」

「はい、そうです。大人の人たちが埋めてる間に調べてくれって」

「は~ん、なるほど時間短縮ってやつだ」


 これもさっきの適材適所みたいなもの、なのかな?

 ただそれはもっと上手に地図が書けてたらの場合だけど。


 まぁ、この場合も想定して、ビエ婆さんはボウたちに指示を出したんだろう。


 恐らくだけど、ボウとホウは何か貢献したいって願い出たんだと思う。

 特に、ボウは街に助けを呼びに行った行動力から想像できる。


 なので、ビエ婆さんは二人を満足させる為に仕事を与えたんだろう。

 その出来がいいか悪いかはさて於いて。


 そう考えるとビエ婆さんは子供たちの事をよく見ているとわかる。

 これから孤児院で働いてもらうには最適な人材だ。



 ただそうとは知らず、期待に応えようと一生懸命に地図を作るボウとホウ。

 その出来具合にはきっと誰も口を挟まないだろう。

 ビエ婆さんもそれはきっと最初から理解しているはず。



 ただし――



「ちょっと手伝ってあげるから、私と一緒に書き直さない?」


 ――ただし、そこに私が絡む事は想定外だろう。


「え?」

「はい?」


 物欲しそうに、子供たちの串焼きを見ている姉妹にそう提案した。

 私もナジメみたく二人の役に立ちたいと思ったから。




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