第311話鉄球乱舞と思考を止めた男たち
訓練場の周りには、顔の知らない数名の冒険者と、それにナジメとルーギル。
そして、ロアジム一家だけの合わせても20人未満の観客だった。
朝の混雑時間も過ぎた時間だから、そんなものだろう。
あまり多くても目立って嫌なので、逆にこっちとしてはやり易い。
「それじゃ、一気にいくよ。時間もない事だし」
目の前のアオとウオの二人に告げる。
そうは言っても時間はこっちの都合なんだけど、なんて思いながら。
「ウオっ!」「アオっ!」
兄弟はそれを聞き、すぐさま戦闘態勢を取る。
「おっ! いきなり使ってくるんだ」
私の周りにアオとウオの気配が数体現れる。その数は6人。
いずれの気配も濃密な殺気を纏っている。
そしてそれぞれの手には模擬戦用の双剣が握られていた。
これは【投影幻視】と呼ばれる特殊スキル。
アマジたちが他の大陸で習得し、得意とする能力だ。
『はぁ、いつ見てもこの能力は厄介だよ。私だって結局完全攻略できなかったんだからね。この機会に攻略…… は、やめておこう。ロアジムの条件が完勝だったし、制限時間も決めちゃったしね、だったら――――』
アオとウオの能力に少しだけ畏怖を感じながらも、透明壁スキルを展開する。
その数は20機。
いずれの形も黒に視覚化した球体だ。
ただし
「「なっ!?」」
その大きさは2メートルを超えるもの。
「どうせ本体を捉えられないなら、数で潰させてもらうよっ!」
そう宣言して一気に、殺気を放つ全てに発射する。
「いっけぇ~っ!」
ギュン ギュン ギュンッ! ――
「「くっ!」」
飛び回る鉄球を前に、更に気配が濃くなる。
そして気配の位置が転々と移動しているのを感じる。
恐らくアオとウオは迂闊に鉄球には手を出さず、躱し続けているんだろう。
『うん、迂闊に手を出さなくて正解だよ』
その行動を見て、素直に称賛する。
その理由は、アオとウオの気配全てに襲い掛かる鉄球に原因がある。
それは重さ全てが5tだからだ。
まともに受けたら訓練場の外まで吹っ飛ばされるだろう。
「ウオっ! 今は避けて機会を待つぞっ!」
「ああっ! アオ、この巨大さだ。剣で受けたらヤバいっ!」
兄弟は連携を取りながらも、襲い掛かる多くの鉄球を避け続ける。
投影幻視を使い、私の隙を探し、そして作ろうと動き回る。
ギュンギュンと巨大な鉄球が訓練所を乱舞する。
一撃でも受ければ大ダメージの受ける嵐の中。
そんな状況下でも兄弟は、平静に冷静を保ち回避を続ける。
『うん。さすがは、色んな戦場を経験した兄弟だね』
※
「なっ! スミカの奴、あの数を制御しているというのかっ!?」
訓練所脇では、アマジがその光景を見て驚愕の声を上げていた。
「アマジよ。それはそこまで難易度が高いものなのか? スミカちゃんのあの顔を見るとそうは思えないのじゃが……」
「むう………………」
確かに親父の言う通り、スミカは両腕を組んで辺りを見渡しているだけだ。
何かを操作する仕草も、魔法を酷使している影響も感じられない。
それどころか、口元が僅かに緩み、楽しんでいるようにも見える。
「何を言っている親父よ。人間が一度に20のものを認識できるはずがないだろう。しかもその全てを正確に操って、攻撃対象を襲わせることなど尚更出来るはずがない」
「いや、そうは言っても実際スミカちゃんはやってのけてるだろう? 苦しそうにも、難しい顔もしとらんぞ?」
「う、それは見て分かってはいるが……」
親父の返答に言葉が詰まる。
あの異常な光景を説明する事ができない。
魔法にしても何にしても、説明できる知識が無い。
「ああん、何んか悩んでいるなッ、アマジさんよぉ」
俺が口ごもっていると、ルーギルが声を掛けてくる。
「あ、ああ。ギルド長は何かわかるのか? あの魔法の正体が」
俺よりも付き合いが長いであろうルーギルに聞いてみる。
その口調から何かを知っているものだと。
そう思い尋ねたのだが――――
「ああんッ? そんなものは知らねぇなぁ」
手をヒラヒラさせながら答える。
「………………」
何か知ってると思ったのは、どうやら俺の気のせいだったらしい。
「だがよぉ――――」
「む?」
だが次の説明で不本意ながら納得をしてしまう。
「だが、あれはスミカだからって思えばいいんじゃねぇか? アイツは俺たちが予想できない事を平然とやってのける奴だかんなぁッ。イチイチ悩んでても時間の無駄だぞッ?」
肩をすくめる仕草で、心底嬉しそうに笑顔で語る。
そんな男の表情を見ると、
「あ、ああ、そうかもな。アイツは面白いからな」
本音がポロリと口から出てくる。
「だから俺たちは楽しく見物させてもらおうぜッ! あれは参考にはならねぇからなッ!」
「くく、参考にもならないなら、そうさせてもらおう」
そうしてスミカを知る者どうしで軽口を叩くのであった。
ただしその瞳はしっかりと、小さくても大きな蝶の少女を映していた。
※
「ん~、さすがに中々粘るね。 でもそろそろ限界かな?」
目の前を鉄球が動き回る中、時折激突音が聞こえ始めた。
「はぁはぁ、くっ!」「ふっ、くぅっ!?」
それと荒い息遣いも耳に入ってくる。
それは兄弟の体力が限界に近付いている事を表している。
鉄球を避けずに、剣で逸らせる事に集中し始めているからだ。
私が一度に20機のスキルを操作できる理由。
それは新しく付加された【追尾】の追加能力を使っているお陰だ。
『うん、これはありがたいねっ!』
これは私が
その追尾の認識が気配なのか魔力なのかはわからない。
恐らくはその両方か、この世界に於ける存在そのものなのかもしれない。
ただし、欠点としてはスキルレンジを超えることは出来ない。
なので現状では200メートルが限界。
だけど、今のこの訓練場の広さなら問題ない。
「よし、そろそろ5分経ちそうだから終わりにしよう」
スキルを追尾から攻撃にシフトさせる。
今までは兄弟の後を間近まで追っているだけ。
今度は文字通りにターゲットに襲い掛かるように変更する。
ガガガギィッ!
「ぐぁっ! な、なんだっ!」「急に俺たちをっ!?」
その驚愕の叫びと共に、気配と剣戟の音が二つになる。
「ん? そこだっ!」
すぐさま二人の位置を把握し、一足飛びで間合いに入る。
二人に襲い掛かる、無数の
シュ ン――ッ
「なっ!?」「なんだとっ!?」
「はい、終わり」
ペチン
「「ぐ、ぐうっ!」
驚く兄弟のおでこにデコピンをかます。
二人は額を抑えながら信じられない表情で私を見ている。
「はい、もうこれで決着でいいでしょう?」
若干涙を浮かべているアオとウオに声を掛ける。
「…………そうだな、俺たちは」「終始何も出来なかった…………」
「うん」
「「だから俺たちの完敗だっ!」」
額を抑えている手を放し、そう宣言するアオとウオ。
どうやらデコピンで一発で納得してくれたようだ。
「よし、二人ともお疲れさまっ! そしてありがとうっ!」
「え?」「ありがとう、とは? ……」
そんな二人に、労いの言葉と感謝を同時に伝える。
それを聞いて、首を傾げるアオとウオ。
『だって、二人は二つの能力の実験台になってもらったからねっ!』
二人を追いかけていたのは【追尾】の能力。
それと最後に私が使った鉄球をスキルをすり抜けた能力。
【通過】:透明壁スキルを通過できる。裏表の設定可。
これを使って、視覚化した透明壁スキルの中を通過し二人に接近した。
その行動に面食らって二人の油断を誘うことが出来た。
こうして、5分間に渡る模擬戦は私にとっては有意義なものとなった。
『まぁ、アオとウオにとっては、どうだかわからないけどね。狸に化かされたみたいに思ってるかも……』
何かを聞きたそうにチラチラ視線を送る、二人を見てそう思った。
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