第310話貴族の私兵を挑発する英雄




「いいの?」


 小声で話すロアジムに合わせて声量を抑える。


「いいぞ。アオとウオは好きにして。当分街を出る予定もないしな。それに他の者もおるから気にせずとも良いぞ。ただし――――」


「ただし?」


「ただし、それはさっきの話の通りにスミカちゃんがアオとウオと戦って、しかも完勝してくれたらなっ! いや~、この短期間でまた英雄さまの戦いが見れるとはなっ! わはははっ!」


 満面の笑顔で答えるロアジム。

 今にもスキップして走り出しそうだ。



「まぁ、そうだよね。結局そうなるんだよね。わかったよ」


 肩をすくめて返事をする。

 ロアジムがいる時点でそうなるとは思ったし。



「ねぇね、そんな安請け合いしてよいのか? これからスラムに行くんじゃろ?」


 それを聞いて、ナジメが心配そうに聞いてくる。


「ああ、それは大丈夫。そんなに時間かからないから」


「なっ!?」「はっ!?」


「じゃが、ねぇねもあの兄弟が強いのは知っておろう? 何ならわしも――」

「ナジメ、ありがとう。それでも大丈夫。5分もあれば終わる予定だし」


 険しい表情に変わった、アオとウオの二人を見てそう答える。


「く、キ、キサマが如何に強かろうと」「我々を5分で始末するだとっ!」


 それを聞き、激昂して声を荒げるアオとウオ。

 始末するなんて物騒な事は一言も言ってないけど。


 まぁ、それでも効果があるならいいんだけど。




「く、くくく、やはりお前は面白い。アオ、ウオ、お前たちもスミカの強さを見てはいるが、この機会に体で学んでおけ。その自信に足りえる実力の持ち主がスミカだとな」


「ア、アマジさんまでっ」「そんな事をっ!」


 アオとウオを宥めたいのか何なのか、アマジがそんな事を口走る。

 端から見れば、火に油を注いでいるようにしか見えない。



「まぁ聞け。既にお前たちはスミカの術中に嵌ってる。だから俺は意識をこっちに向けさせた。スミカは軽口でお前たちの冷静さを失わせ、そこを突く作戦だからな」


「えっ?」「なにっ?」


 アマジは険しい表情の二人に説明しながら、私に視線を向ける。

 どうやら答え合わせをしたいらしい。



「まぁ、そんな感じ。そもそも完勝が条件だからそう言ったってのもあるんだけどね。ただ相変わらずアマジは挑発の類には乗らないよね? 私みたいな小娘に大口叩かれると、みんな血走った目で襲い掛かってくるのに」


 「チラ」とアマジに視線を返しながらそう答える。


 出会った時のルーギル、元Cランクの冒険者4人も見事に引っかかった。

 私の姿も相まって、その効果が上がる事を理解している。


 だけど、最初からアマジには通用しなかった。

 見かけで相手の強さは判断しないんだろう。私みたいに。



「まぁな、そもそも俺はお前に敗北し、その強さを認めている。肉体的な強さだけではなく、戦いに関する技術や立ち回りや駆け引き、それに年に見合わぬ知略や見識の広さ、全てにおいて俺を上回っている。と」


「うむ」「うむ」


 腕を組み、私を更に見定めるように全身に視線を這わすアマジ。

 それに釣られ、アオとウオも「じぃ~」とこちらを見てくる。


「………………うう」


 認めてくれるのはいいけど、いちいち見ないで欲しい。

 乙女の悩ましい体をマジマジと。



 バシュッ



「うがっ! め、目がぁっ! ス、スミカ、お前はっ!」


「なぁっ!」「なぜ突然光ったんだっ!」


 なので羽根を操作し、指向性にして閃光を放つ。

 ジロジロ見ていいのは私とユーアだけだ。



※※




「…………何? またルーギルが開始の合図するの?」


「………………」「………………」


 アオとウオと訓練所中央に集まると、何食わぬ顔でルーギルも付いてきた。


「あん? そりゃあ俺はここの責任者だかんなッ。見守る義務があんだろうがッ。ったく忙しいのによぉッ!」


 頭の後ろを掻きながら「仕方ねぇなぁ」なんて愚痴を吐いている。


「いや、いや、見た事もない笑顔でそう言われても説得力ないからね。ナジメと代わって仕事しなよ。それよりも昨日の話は?」


「ああ、さすがに昨日の今日じゃ探しきれなかったぜッ。これ終わったら再開すっからよッ。だからさっさと片付けてくれよなッ!」


 笑顔から一転、今度は挑発するように口端が上がる。

 いや、挑発と言うよりはいたずらに近い?


 それでも対戦相手が私の目の前にいる。

 今のままでそんな事言ったら、また頭に血が上って――



「ウオ、どうやら俺たちは……」

「ああ、ただの取引に使われるエサみたいだな……」


 そんな事にはならなかった。

 ポツリと呟いた二人はどこか諦めたような遠い目をしていた。


『う~ん…………』


 なぜかダシに使われているみたいでちょっとだけ可哀想。



「ルーギルさっさと合図して下がりなよ。二人の心が折れそうだから」


「んなっ! べ、別に俺たちは――」「これくらいで折れたりなぞ――」 


「おうッ! それじゃ模擬戦開始だッ!」


「あっ」「あっ」


 二人が何かを言い終わる前に、開始の合図をしてルーギルが下がる。

 いくら私が急かしたと言っても、それくらいは言わせてあげても良いだろう。

 

 なので、

 

「あのさ、別に私はアオとウオが弱いだなんて思ってないからね?」


「あ、ああ」「う、うむ」


 少し気落ちした雰囲気の二人の声を掛ける。

 元々は私が原因だったなって思いながら。


「だって二人は、私が認めるナゴタとゴナタといい勝負したんだからね。だから私は決して、油断しないよ?」


 アオとウオの目を見て本音を伝える。



「なら、なぜさっき」「俺たちを5分などと」


「あ、それはアマジの言う通り、冷静さをうんぬんの作戦だよ。それと――」 


「「それと?」」


「5分て言うのは変わらないからね」


 私は真顔でそう付け足す。

 


「「っ!!」」


 それを聞いた二人の雰囲気が変わる。

 大の大人が子供に3度もコケにされたら取るべき行動は一緒。


「………………」


 そう思っていたんだけど…………



「く、くくっ! やはりお前は」

「く、くくくっ! アマジさんの言う通り面白いっ!」


 身構える私に激昂せずに薄く笑い「ニヤリ」とする。



「え、面白いって?」


 そう言えば前にも言われてたな。って思い出す。

 それが侮蔑の意味ではないと分かってはいたけど、詳しい事は知らなかった。


 なのでこのついでに聞いてみようと思った。


 その内容は――――



「その無礼な態度も」「舐めた言葉遣いも」

「小さな体も」「そのおかしな衣装も」


「「全てを戦いに利用するって事がだっ!」」


 芝居がかった口調でアオとウオはそう説明してくれた。



「ああ、そう言う事ね」


 それを聞いて納得する。


 確かに小さなアバター設定も、装備もゲーム内では戦闘に利用してきた。

 見た目とのギャップが武器にもなるからね。


 ただ態度と言葉遣いは別にゲームに合わせた訳ではない。


『………………』


 なので前者は私本来のものだ。今は完治したコミュ障時代の。



「さぁ、それじゃ始めようか。ルーギルが出てきた意味なかったけど」


「あ、ああ」「た、確かにそうだったな」



 そうして締まりのない私の合図で模擬戦が開始された。


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