第309話美味しかったお土産




「え? お酒を飲みに来たんじゃないんだ。もぐもぐ」


「うむ、そう見えてしまったのは仕方ないのだな。ルーギルに勧められるがまま飲んでしまったからなっ。美味な摘まみもあったからなっ! もぐもぐ」


「そうだね、元の見た目を気にしなければ充分美味しいよ。ごっくん」


 ロアジムと二人、虫の魔物の味に舌鼓を打ちながら談笑する。

 さっきまで見たくもなかったのに、あの味を知ってしまうとどうしようもない。


 人間、生きる為には何事にも慣れが必要なのだ。だから食わず嫌いはいけない。

 なんて、心の中で言い訳してたけど。



「それじゃ、何しに来たの? あ、お替りいる?」

「ありがとうっ! スミカちゃん。これ本当に貰っていいのか?」

「うん、いいよ。それも目的で来たから」

「さすが、英雄さまは太っ腹じゃなっ!」

「マジックバッグはあるんだよね? だったら入るかな、コレ?」


 私はお替りを切り分けると同時に、ボスの方の虫の魔物を半片出す。

 前もって切り分けておいたので、部屋の中でも出せた。

 それでも、その大きさは私の身長以上ある。


「うおっ! こ、こんなにか、一体何人分なんじゃろ」


 目の前に現れた大きさの塊に、驚きの声を上げるロアジム。


「う~ん、重さ的には大体1トンくらいじゃないかな? 人数的には2,000人分くらい? 一人500グラム計算だと」


 何となしに計算してそう伝える。


「に、2.000人……、そ、そんなものタダで貰っていいのかな? こんなに絶品ならかなりの高額になるんじゃないのかな? この前も鮮度の良いトロールを貰ったばかりなのに……」


「トロールはトロールで別の理由だよ。こっちはナゴタたちの指導の件を急いで進めてくれたから、そのお礼だよ」


「それはわしが好きでやってると言うのに、そんなに気にせずとも……」



 そう。


 ロアジムは、早速指導の予定の打ち合わせにルーギルのところに来た。

 さっきまではルーギルとその話をしていたらしい。


 そして明日からナゴタたちの代わりに、ムツアカさんたちが来るそうだ。 

 杖のおじ様はくるかどうか知らないけど。



「それと、孤児院の件と、スラムの件も好きにしていいって言ってくれたでしょ? ナジメも同じ事言ってくれたけど、一応ロアジムにも許可してもらいたかったんだよ」


「うん、そう言ってもらえると嬉しいが、なぜわしにも許可を?」


「だって、ロアジムってただの貴族じゃないでしょう?」


 ロアジムと他の貴族の力関係を見てると、かなりのお偉いさんだと思う。

 なんで、こんな辺境の街で過ごしているかは謎だけど。



「う、うむぅ、それは――――」


「そんな訳だから何も考えないで受け取ってよ。これからもお世話になる事もあるかもしれないし。まぁ、その時はまたお礼をさせてもらうけど」


「わはははっ! わかったスミカちゃんには適わないなっ! もう今後の話をしてくるなんてなっ! そんな事しなくてもわしたち家族は、スミカちゃんに救われたからお礼はいらないのだがなっ!」


 ロアジムはちょっと遠慮し、苦笑しながらも受け取ってくれた。



「うん、それじゃ話も聞けたから私は行くよ。次はナジメと合流しなくちゃだから」

「おう、ありがとなっ! スミカちゃんっ!」


 そうして、私は冒険者ギルドを後にする。



(って、おいッ! 俺を降ろしてから帰ってくれよッ! スミカ嬢ッ!)



 窓の外で、透明ポールで宙づりにされているルーギルを降ろしてから。






 外に出ると、見知ったスク水姿を見つけたので追いかける。



「もう終わったのナジメ?」

「あ、ねぇねか、わしの方は日程だけじゃから直ぐに終わったのじゃ」

「で? 冒険者ギルドを素通りして何見てんの?」

「ん、アマジと、この前の双子の模擬戦を見ておったのじゃよ」

「うん? アマジと双子?」


 十数人の冒険者たちと何やら盛り上がってる輪を見る。

 そこはギルドの施設の訓練場だ。


「ん~」


 長身体躯のアマジは直ぐに見付けられたが、双子が誰だかわからない。

 そもそも最後に会ってから数時間しか経ってないのになんで戦ってるの?



「ねぇ、双子ってナゴタたちじゃないよね?」

「ナゴタたちはまだ見てないのじゃ。双子はアオとウオと言う名じゃったな」

「ああ、そっちの双子かぁ」


 よく考えれば分かる事だけど、双子と聞くとナゴタとゴナタが一番に思い浮かぶ。一番身近な双子だし。



「で、どっちが勝ったの?」


 気になって聞いてみる。

 アマジの強さも、双子のコンビ技も強いのは知ってたから。


「それがじゃな、なんと一人ずつじゃったのじゃっ!」

「え? あんなに双子に拘ってたのに? 有用性が何とか」


 意外な答えに少し驚く。


「うむ、なのでアマジが最後まで優勢で終わったのじゃ」

「へぇ~、なるほどね。アオとウオはナゴタたちの真似してるのかな?」

「恐らく負けた時に、何かを感じたのじゃろぅな」


 アオとウオの本来の戦い方は、一心同体。

 二人で一人の戦い方をする。


 それに対して、ナゴタとゴナタはお互いの長所と短所を補う戦い方をする。

 同じ双子でも戦い方は正反対だったはずだ。



「あ、スミカ姉ちゃんっ!」


 ナジメと話していると、ゴマチがこっちに気付き駆けてくる。


「ん? スミカ?」

「ウオ、街の英雄さまが来てるらしいぞ」

「アオ、この前の対戦以来だな」


 すると輪の中から歩き始めた、アマジとアオとウオの3人もこちらに気が付く。



「スミカ姉ちゃんは、じいちゃんの用事もう終わったのかい?」


 ナジメと私の間に入ってきたゴマチが聞いてくる。


「うん、ちょっと遅くなっちゃったけど終わったよ。家に帰ったらお土産渡したから食べるといいよ。もの凄く美味しい虫だから」


 そんなゴマチを撫でながらそう答える。


「え? 虫?」

「そう、虫の魔物。昨日退治したんだよ、おっきい奴」

「お、おっきいって、どれくらいなんだ?」

「ん~、そうだな、一番大きいので20メートルくらいだったかな?」

「えええっ! それって虫なのかっ!? ドラゴンとかじゃなくっ!」

「うん、ここでは出せないけど本当の虫だよ。ハサミついてる虫だけど」


 驚くゴマチにそう説明する。

 確かに大きさだけで言えば、ドラゴンみたいに大きいだろう。

 この世界では見た事はないけど。



「スミカ、お前はまた何かやってきたのか? それも昨日に」

「ウオ、20メートルって……」

「ああ、アオ、そんな虫の魔物見た事ないな、故郷のシコツ国でも」


 輪の中から解放されたアマジたちが、それぞれ声を掛けてくる。



「何かって、言い方おかしいよ。私はただの虫を駆除してきただけだから」


「20メートルを超える虫はただの虫なんて言えんぞ、スミカ」

「それ本当に虫なのかなぁ?」


 親子そろってクレーマーの様に絡んでくる。


「後でロアジムに見せてもらえばいいよ。それじゃ私は行くよ」

「んあ、ねぇね、もういいのか?」

「うん、あまり遅くなっても、帰り暗くなっちゃうし」


 ナジメの手を引き、踵を返し歩き出す。


『ん? そう言えば何か気になる単語を聞いたような……』


 ちょっとだけ、気になるけど直ぐに思い出せないなら仕方ない。



「待ってくれぬか?」「蝶の英雄よ」


 すると後ろから声を掛けられる。


 この独特の話し方は、


「何? アオとウオだよね、私に何かよう?」


 双子の兄弟に振り返り返事をする。

 何気に話すの初めてだなと思いながら。


 そんな双子は――――


「ああ、すまぬが願いがある」「俺たちと戦ってくれ」


「はぁ?」


 僅かに頭を下げ、直球でそんな事を言ってきた。

 初めてのコミュニケーションは物騒なお願いだった。



「あ、さっき『シコツ国』って言ってなかった? 故郷がどうとか?」


 二人のそんな話し方を聞いてさっきの事を思い出す。


「ああ、それがどうした?」「俺たちはシコツ国からきたんだが」


「あれ? アマジと同じここの大陸出身じゃなかったんだ」


 ずっとアマジと一緒に旅してたイメージだったんだけど。


「ああ、アオとウオは、俺が戦争で各国を回っている時に出会ったんだ。バサは同郷だが、二人はシコツ国で間違いない」


 なぜかアマジが割って入り、二人の出身を説明してくれる。

 ちょっとだけ得意気なのは、出会えたアオとウオを気に入ってるんだろう。



「ん~、だったら大豆の食品とかに詳しかったりする? 加工とか」


「俺たちの国は医療よりも」「食の国だからな、少しは知っているぞ」


 そう終えた兄弟は、腕を組み「ニヤリ」と笑う。

 その態度からかなり詳しいと推測する。



「…………そう、だったら戦ってあげる。私のお願いも聞いてくれるんなら」


 そんな二人に交換条件を付きつける。

 だって、このままだと私にはなんの得もない事だし。 



「「願いとは?」」


「少しの間だけなんだけど、ここの街の大豆のお店を手伝って欲しいんだよ。その分の報酬は私が払うからさ」


「それは繁華街にある」「サリューって店か? マズナさんが店主の」


「え? 知ってるの、あのお店」


 二人から意外な名前が出た事に驚き聞き返す。


「さっき言ったと思うが」「シコツ国は食文化の国だからな」


「ああ、なるほど。それで興味があってあちこち見て回ったって事か?」


 納得して「ポン」と手を叩く。

 食べ歩きでもして見つけたんだろうと。


「だが、俺たちはロアジムさん雇われてる。だから」

「他の願いはないのか? さすがにあまり離れられぬからな」


「え? そうなの? だって今だって暇そうなのに?」


 何を今更言ってんの? てな感じで聞き返す。

 ロアジムの屋敷を訪ねた時も姿を見なかったのに。


「ああ、あれは俺たちの代わりに」「バサがいただろう」


「はぁ?」


「スミカよ。貴族街はバサが担当で、一般地区はアオとウオが付いているんだ。親父が冒険者ギルドにいただろう?」


 首を傾げる私に、アマジが追加で注釈を入れる。



「なんだ、そう言う事か。なら諦めようかな?」


 さすがにロアジムの護衛役を外すわけにはいかない。


 そもそもここにいる時点で、護衛かどうかは疑問だけど。

 まぁ、それも自由奔放そうなロアジムらしい気もする。


「う~ん? 他に何か――――」



(その必要なないぞ、スミカちゃんよ)



 悩んでいる私に背後から声が掛けられる。


「ん? ああ、なんだ来たんだ、二人とも」


 振り向きさっきまで会ってた二人を見る。



「アオとウオの役目は暫くバサに任せるから、スミカちゃんの好きにしなさい」

「ああんッ、またスミカ嬢は面白れぇ事に首突っ込んでんのか? 昨日の今日でよぉ」


 それは小声で話すロアジムと、顔がまだ赤いルーギルだった。


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