第307話孤児院の朝と今日の予定




 「ふわぁ~ ん? ああ、そうか、結局泊ったんだっけ」



 伸びをしながら、隣でお腹を出して寝ているナジメを見て思い出す。

 昨夜は話を終えて帰ろうとしたら、ユーアたちに引き留められて泊った事を。



「ん~、それにしては他に誰もいないんだけど……」


 2階の一室でシスターズ全員で寝たはずが誰もいない。

 恐らく私たちより先に起きて、朝食の準備を始めていると思う。



「んごぉ~、すぴぃ~」


「ナジメ、私たちが一番のお寝坊さんらしいよ。だからもう起きようよ」


 出ている白いお腹をツンツンしてみる。


「うひゃひゃひゃひゃっ! はっ!? ここはどこなのじゃ?」

「ここは孤児院だよ。昨日子供たちにお願いされて泊ったでしょう?」


 涎を拭きながらキョロキョロしているナジメに教える。


「あ、そ、そうじゃったな。して、みんなはどうしたのじゃ?」

「多分私たちが最後だよ。みんなは朝食の準備じゃないかな?」

「ふわぁ~、ならわしらも手伝いに行くのじゃ」

「そうだね、さすがに大人として子供たちに全部任せるのはね」

「うむ、なら着替えて降りるのじゃ」


 ナジメはシャツを脱いで、いつものスク水に着替えポーチを付ける。


 私は『変態』の能力で、薄手のネグリジェタイプからいつものサイズに戻す。

 範囲内であれば、自由自在に形状が変化できるので便利だったりする。



「おおっ! ねぇねのそれは、随分と便利なものじゃなっ!」

「そうだね、暑い日なんか半袖にも出来るしね」


 私の周りを、興味深そうな目のナジメがウロウロする。


「ほら、そんな事やってると遅くなるからさっさと行くよ」

「う、うむ、わかったのじゃっ!」


 ナジメの手を取り、二人で急いで1階に降りる。




「あ、起きたんだね、スミカお姉ちゃん、おはようっ!」


 ユーアが一早く私たちに気付き挨拶をしてくれる。



「おはようっ! 随分と遅いわねっ! 二人ともっ!」


「おはよう、ラブナも」

「うむ、おはようなのじゃっ」


 それに気付いたラブナも、挨拶をして忙しそうにここを離れる。


 二人の両手には、料理が盛りつけられたお皿を持っていた。

 きっと配膳の途中だったのだろう。



「おはようユーア。もしかして起きるの遅かった?」


「うん、でもスミカお姉ちゃんは、昨日たくさん疲れたと思ったから起こさなかったんだっ! ナジメちゃんも疲れた顔してたし」


「そんな事気にしなくても良かったのに。ユーアたちだって帰ってきたら、孤児院の子たちの面倒を一日見てたんだから」


 昨日は、ユーアもラブナも貴族街にいって模擬戦したり、子供たちを連れて帰ってきたら、レストエリアを案内して、そのまま夜まで面倒を見ている。


 12歳の一日の行動としてはかなりハードな方だ。

 ユーアと同じでラブナもきっと疲れていると思う。



「う~ん、でもスミカお姉ちゃんの方が凄いことしてるから、ゆっくりして欲しかったんです」



 確かにユーアの言う通り、一般的には凄い事をしたように見える。

 ただそれは私から言わせると、出来るからしたことに過ぎない。


 これはお互いに出来ないものが、相手に出来るからお互いを凄いと錯覚してるだけなんだと思う。


 逆に私がユーアだったら、子供たちを案内して、ご飯の用意をして、お風呂に入れて、尚且つ朝早く起きる事なんて出来ない。


 要はこういった場合は適材適所なんだと思う。

 そこに、凄い凄くないの優劣は付けられない。



「ユーアの気持ちは嬉しいんだけど、ユーアも十分素晴らしい事してるからね。だから私だけじゃなくユーアも凄いんだから自信を持ってね」


 ユーアの持っているお皿を取りながらそう話す。


「は、はいっ! ありがとうスミカお姉ちゃんっ!」


 ユーアは空になった両手を見て笑顔になる。



「どれ、わしもお手伝いするのじゃっ!」

「あ、ナジメちゃん、こっちだよっ! お手伝いさんが作ってくれてるから」


 ナジメがユーアの後に続きせわしなく動き始める。



「「「ナジメさま、おはようございますっ!」」」


「うむ、おはようなのじゃっ!」


 子供たちがそんなナジメに気付き元気に挨拶をする。

 そして小さい子も合わせて忙しく動き回る。



「よし、それじゃ私も張り切って手伝おうかなっ!」


 私もその輪に入り、大人数の朝食の準備に参加するのであった。





「それでナゴタとゴナタは朝からいなかったんだ」


 食後のお茶をすすりながらシーラに確認する。



「は、はい、早朝は自分たちの訓練で、その後は冒険者ギルドって言ってました」


 朝に二人に会ったシーラがそう教えてくれる。


「二人とも真面目って言うか、私だけじゃなく自分たちの事も心配した方が良いね」

「じゃが、ナゴタたちは嫌々ではないからそこまで心配せずとも良かろう」

「まぁ、そうなんだけど。ただ見てると張り詰めた感じもするからね」


 二人が色々取り返そうと、一生懸命なのはわかる。

 それが見ていてわかるからこそ心配してしまう。



『う~ん、さすがに昨日の今日でムツアカさんたちは動けないかぁ……』


 昨日のムツアカとの模擬戦でお願いしたことを思い出す。

 ナゴタたちが行っている、冒険者の指導を手伝ってもらう事を。



『だったら、今日はロアジムのところにも行くから、聞いてみようか?』


 私の今日の予定は、スラムでの事をロアジムにも報告に行く事。

 なのでついでに聞いてみようと思った。



「ユーアとラブナは今日どうするの?」


 貴族街には一人で行ってもいいんだけど、少し心細いから聞いてみる。

 ナジメは昨夜の時点で、午前中は商業ギルドに行く事を聞いていたから。



「え~とね、今日はシーラちゃんとお手伝いさんと、みんなの部屋の家具とかお洋服とか、お片付けする予定なんです」


「アタシもユーアと大体一緒ねっ! まだ出していない荷物があるからねっ!」


「ああ、そうだよね、引っ越してまだ一日だけだもんね。なら私はロアジムに会いに行ってくるよ。その後はナジメとスラムの街に行ってくるから、そっちも頑張ってね」


 ユーアたちの予定を聞いて席を立つ。



「はいっ! スミカお姉ちゃんも頑張ってくださいっ!」

「ユーアにはアタシが付いてるから大丈夫よっ!」

「わ、私も頑張りますっ! スミ神さまっ!」


 すると孤児院での三人のお姉さんに励ましの言葉をもらう。


「うん、ありがとうそれじゃ行ってくるねっ!」


 私は笑顔で答えて孤児院を後にする。


 みんなも忙しいから仕方ない、一人で初めて行ってみよう。

 



※※




 貴族街に入ったところで『変態』の能力で作ったフードを目深に被る。

 別に顔を見られても問題ないけど、貴族に対してまだ変な先入観が残っている。


「ロアジムや、おじ様たちはいい人だったけど、他の人は知らないからね」


 若干足早になって、丘の上のロアジムの屋敷を目指す。

 


 すると前方から見知った声が――――



「ん? スミカか。どうしたんだ、一人で顔を隠して」

「え? どうしたんだ親父? ってスミカ姉ちゃん?」


 そう声を掛けてきたのは手を繋いでいる、アマジとゴマチの親子だった。


「? なんでわかったの、帽子被ってるのに」


 フードを脱いで二人に聞いてみる。



「いや、そんな飾りのついた服装を着てるのはお前だけだろう?」

「そうだぞ、しかも羽根だって生えてるからスミカ姉ちゃんってわかるぞ」


 苦笑いしながら、二人で私の後ろを指さす。

 私はその方向を目で追い振り向く。


「え?」


 そこにはいつもの羽根があった。


「………………」


「………………」

「………………」



 変態で大きさは変えられるが、実は羽根だけはそのままだった。

 それは下着サイズにしても変わらなかった事を思い出した。



「スミカ、まさかお前、それで正体を隠してたつもりだったのか?」

「お、親父っ! それはさすがに無いと思うんだ。な、そうだよな?」


「え? あ、当り前でしょっ! 日差しが強かったから、被ってただけだからっ! あははははっ!」


 二人の疑問に、私は笑って答える。

 決して誤魔化している訳ではない。



「…………ならいいのだが。それよりどこへ向かうつもりだ。親父なら朝から出かけているが」


「え? ロアジム出かけてんの? どこに?」


「恐らく冒険者ギルドだろう。何やら昨日から騒いでたからな」


「騒いでたって?」


「お前のとこの、双子の指導がどうとか、ムツアカさんたちと話してたぞ」


「へ? あっちゃ~、まさか、もう動いてくれてたなんて」



 さすがロアジムというべきか、冒険者の事となると行動が早い。



「う~、仕方ない。だったら引き返すよ。アマジたちはどこか行くの?」


 街に向けて歩き出しながら聞いてみる。


「だったら、俺たちも行く先は一緒だ。アオとウオがギルドに通い始めたのと、俺も興味があるのでな」


「なんでアオとウオが通ってるの? ナゴタたちと訓練してるから?」


 私と一緒に歩き出したアマジに聞き返す。

 訓練してる事は聞いてたけど、ギルドでとは知らなかったから。



「いや、恐らく親父の護衛と、その双子姉妹と――――」


「ナゴタとゴナタね。いい加減覚えなよ」


「あ、ああ、そのナゴタたちとお前たちが生業している、冒険者の仕事に興味が湧いたのだろう。今までは俺に合わせて冒険者を毛嫌いしてたからな」


 口端を緩めてそう答えるアマジ。


「ふ~ん、だったらアマジもそうなの? 興味がどうとか言ってたけど」


「似たようなものだ。それにゴマチも親父と一緒で冒険者が気に入ってるからな」


「そっか、ロアジムは昔、冒険者に助けられた事あったんだよね。ゴマチはそれを小さい時から聞いてたからだっけ?」


 ゴマチを家で介抱した時に聞いた話を思い出す。


「そうだな。俺も冒険者に二度も助けられてるからな、昔も今も……」


「え? 何? 最後だけよく聞こえなかったけど」


 呟くように何かを言ったアマジに聞き返す。


「な、何でもない……。そういう訳だから俺たちも一緒に行くぞ」

「うん、一緒に行こうぜっ! スミカ姉ちゃんっ!」


「まぁ、別にいいけど」



 そうして今度は来た道を戻り、冒険者ギルドに向かい歩いていく。


 どうやら今日も忙しくなりそうだ。

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