第304話大豆工房サリュー。更なる躍進への第一歩
大豆屋工房サリューの片付けをしている間に夜の帳が降りていた。
すっかり暗くなった商店街を、私とマズナさん親子で歩いている。
『ん~、よく考えたら落ち着いて話が出来る場所って近くにないなぁ? 私の家は遠いし、人様の家に上がるのは気が引けるし、だったらあそこの部屋を借りようか?』
二人を誘って話をするのはいいが、近くにちょうどいい場所が無かった。
なので、さっきまでいた場所に戻ってきてしまう。
「それじゃ、この中で話ししようか? お茶とかお菓子とかでるから」
そう言って、冒険者ギルドに入り、職員さんに挨拶して2階に上がる。
そして一つの部屋を抜け、二人を小奇麗な扉の部屋の前まで案内する。
この扉の先は、さっきまでクレハンと話をしていた、来賓用の部屋。
因みにルーギルの部屋の中の隣にあったりする。
更に付け加えると、私が最初に冒険者証を受け取ったところでもある。
「あ、あの、スミカさん、ここって入っていいのか?」
「スミカお姉さん、勝手に入っていいの?」
マズナさん親子は気まずそうに周りを見渡す。
「大丈夫だから先に入って座っててくれる? 私は何か摘まむもの頼んでくるから」
「あ、ああ、でもよぉ…………」
「う、うん…………」
そう二人に声を掛けるが、なかなか部屋に入らない。
親子して後ろを振り返り、何かを気にしている様子。
まぁ、それはそうか、なにせ……
「って、オイッ! 普通にギルド長の書斎に入ってきて素通りするなよッ!」
ここの責任者のルーギルがいるんだから。
「ああ、あのうるさいのは放置でいいから。話しかけると仕事サボるから」
ヒラヒラと手を振ってルーギルをあしらう。
「い、いや、そうは言ってもなぁ。と、突然お邪魔してスマンなルーギルさんっ! 部屋を使わせてもらうぜっ!」
「うん、うん、無視はダメなの。ルーギルさんこんばんわなのっ!」
二人は律義に挨拶をして部屋に入っていく。
「いや、結局家主の俺の許可取ってねぇッ!」
「それはいいから、美味しい紅茶とさっき食べたケーキを人数分お願い」
「それサラッとお願いしてるけどなッ、それ殆どわがままな注文だぞッ!」
「え、だって今日も暇だったんでしょう?」
「おいッ! スミカ嬢のお陰で仕事が増えてるんだぞッ! 暇じゃねえぞッ!」
「え? なんで?」
ルーギルの話を聞いて聞き返す。
冒険者ギルドに迷惑を掛ける事はしていないはずだから。
「はぁ、お前がスラムで解決した事件の事だよォ」
ため息交じりにそう答える。
どっちかっていうと、突っ込み疲れたみたいだけど。
「う~ん、………………それこそなんで?」
考えても分からないので聞いてみる。
「一応事実確認が必要なんだよォ。事情聴取や魔物が残ってそうな形跡も調べないといけぇねえし。それとお前がやりたい事を何か手助けできねぇかとなッ」
「手助けって?」
「帰ってからクレハンに大体の事は聞いている。それでスミカ嬢はあのスラムを変えたいって思ってんだろうッ? それで出来る何かをだなぁッ」
「何かって? 冒険者ギルドで出来る事ってありそうなの?」
「ああ、冒険者の中には過去に、色んな職種を経験した奴もいる。調理や裁縫から、農家や酪農。建築や何かの職人だった奴もいる。その中から使えそうな冒険者を調べてるんだよッ」
「…………ふ~ん、なんだか頼りになりそうだね。だったら仕事として私が依頼していい? 必要な人材がいた時は」
確かに、何かに携わった人間がいるならこちらとしても助かる。
それが冒険者だと、あまり気兼ねしないし。
「おうッ! そん時はこっちでも依頼料補填するぜッ! スミカ嬢から買取した魔物があの金額では、安過ぎるってわかったからよォッ!」
「うん、それは気にしなくてもいいよ。私の気持ちみたいなものだから」
「気持ち?」
「あ、今のは無視してくれていいよ。何となしに言ってみただけだから。マズナさんと話が終わったら、ルーギルにも説明するから」
「おうッ! わかった。俺の方も色々と調べてみるぜッ!」
「うん、それじゃ紅茶とケーキもよろしくね」
「って、おいッ! それは俺の仕事じゃ――――」
バタン
何か騒いでるルーギルを他所に部屋の中に入る。
するとソファーに座ってる、マズナさん親子がこちらを見ている。
「何? 飲み物ならルーギルに頼んだよ」
少しだけ落ち着かない様子の二人に声を掛ける。
「い、いや、さすがというか、街の英雄さまは怖いものがないんだなって思っちまってよぉ」
「うん。スミカお姉さん。相手がギルド長なのに怖くないの」
親子揃って、似たような事を言ってくる。
「ん、別に怖くないわけではないよ? 私だって」
ソファーに座りながらそう答える。
「え? そ、そうは見えなかったんだがっ!?」
「うんなの」
「う~ん、そうは見えなくても、私だって一応怖いんだよ、これでも。今の関係や環境が変わるのを怖いと思ってるからね」
二人には幾分伝わりづらいと思うけど、簡単にそう説明する。
「え? ああそう言った事ではないんだが、まぁ、スミカさんだからいいかっ!」
「そうなの。何かズレてるけどそれでいいの」
どうやら今の説明で二人はわかってくれたらしい。恐らく。
※
「で、どう? 人手不足は解消できそうだけど」
私はビエ婆さんたちに話した内容を二人に説明した。
「ああ、確かに店の方は大丈夫そうだが、工房を2か所にわけて大豆商品を作るのには人手だけじゃなく職人が必要になるんだが……。ん、それは俺がつきっきりで教えればある程度は形になるのかっ? いやそれだとメルウへの負担が……」
マズナさんは目を瞑り、腕を組み考え込む。
「お父さんっ! お店の方はわたしが頑張るから大丈夫なのっ!」
悩む父親に、娘が自分は出来ると訴える。
「ん? だがよぉ、今だって結構無理してるだろう?」
「お父さんっ! せっかくお母さんの大好きだった、お父さんの大豆商品を一気に広められる機会なのっ! だから頑張るのっ!」
「ううむ……、それでもよぉ」
娘のメルウちゃんの必死の訴えを聞いても渋るマズナさん。
「ちょっと口を挟むけど、私は言うほど大変じゃないと思うよ? 確かに最初は大変だけど、働いてる人間だって覚えていくし、分担をしっかり決めれば負担も減ってくると思う」
堪りかねて、私も話に混ざる。
マズナさんの言う事も分かる。
けど、メルウちゃんの決意も考えて欲しいから。
「うん? スミカさんそれはどういった感じなんだっ?」
「ああ、別に難しい訳じゃないよ。メルウちゃんは接客と指示専門。お会計と補充は子供たちに任せればいいだけでしょ? 覚えるのなんてすぐだよ。一日やれば作業は覚えられると思うし」
「スミカお姉さんの言う通りなのっ! だから決めて欲しいのっ!」
私の提案の後に、メルウちゃんもマズナさんの背中を押す。
ただ最終的に決めるのは、店主のマズナさんの仕事。
決断に足りえる材料を揃えるのは、私とメルウちゃんの役割。
だから後はマズナさんの答え次第。
「………………おう、わかったっ! そこまで言うにはやってやるっ! 確かにメルウの言う通り、こんな機会は中々ねぇかもしれねぇっ! だからもうひと踏ん張りしてくれメルウよっ! ガははははっ!」
バンバンッ
「い、痛いのっ! お父さん叩かないでなのっ!」
腕を解き、娘のメルウちゃんの背中を叩きながら、声高に宣言するマズナさん。
その隣では痛みに悲鳴を上げながらも笑顔になるメルウちゃん。
そうして、大豆屋工房サリューが、更なる飛躍への第一歩を踏み出したのだった。
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