第303話商業ギルドに登録する英雄




「それじゃ、次はメルウちゃんのところかぁ。で、その次はロアジムのところっと、でもさすがに間に合わないかな?」


 夕陽が落ちかけ、薄っすらと夜の空気を感じながら屋根の上を走る。


 タタタタッ


 今日中にある程度形にしたかったけど仕方ない。

 さすがのこの装備も、時間を遅くすることは出来ないし。


「それに結構、商業ギルドで時間がかかったのが響いてるね」


 商業ギルドへの登録。

 そして虫の魔物の買い取りと、スラムの土地の購入。


 その中で、特に時間がかかったのが虫の魔物の買い取り。


 単純に、似た魔物のシザーセクトの成体の大きさと比較しての値段では決められなかった。大きさ以外にも嬉しい誤算があったからだ。





「えっ? えええええっ! な、なんですか、この美味しさはっ!?」


 虫の魔物の断面から切り取った「身」を食べて、驚嘆の声を上げるマスメア。



「む、何をそんなに大袈裟に驚いておるのじゃ? 外殻はともかく、味は大きくなればなるほど大味になるものじゃよ。どれ、わしが含味して、相応しい感想を言ってやるのじゃっ! わしは冒険者時代に色々なものを食してるので、味にはうるさいのじゃっ!」 


 そう見得を切って、刺身の様に切り分けた身を口に入れるナジメ。

 その身は、見た目の色が蛍光色なピンク色をしていた。


 外見がカラフルな魔物だったが、中身までそんな風だった。



『うっぷ、よ、よくそんなの食べられるよねっ! 色は大トロに見えなくもないけど、元々は変な色の虫だよ? それを普通に食べるって、冒険者って食べれれば何でもいいの?』



 口に入れたまま、動かないナジメを見てそう思う。


 元の世界でも虫を食べる食文化はある。

 田舎に行けば行くほど、珍味や郷土料理として有名なところもある。


 だけど、それで美味しいからって自ら食べたいとは思わない。

 元々の存在を知らなければ別だとは思うけど。



「ん? どうしたのナジメ? ま、まさかっ、毒っ!?」


 感想を言うはずのナジメが、下を向いたまま中々動かない。

 いや、よく見ると小さな肩が小刻みに揺れている。



「ナ、ナジメっ! すぐに吐き出してっ! 毒がある部分があったんだよっ!」


 俯いてるナジメの顔を覗き込みながら背中を叩く。


「う、う、う、」


 と、背中を叩くたびにナジメから短い呻き声が漏れる。


「ほ、ほら早く、ぺっ、しなよ、ナジメっ!」


 いつの間にか泣き顔になっているナジメに声を掛ける。

 苦痛と毒に抗おうとして、涙を流してるとわかる。


「ナ、ナジメ、早くっ、ぺっ!」

「ナ、ナジメ様っ! 早く出してくださいっ!」


 ドンドンドン


 事の事態に気付いたマスメアも手伝って、二人で小さな背中を叩く。



「う、う、う、美味いのじゃ~~っ!!!!」


 

「え?」

「はっ?」



 泣き顔のまま、両手を高々に上げて咆哮するナジメ。

 幼女の雄叫びを聞いて、周りの職員の人たちも振り変える。


「う、美味いのじゃ、美味いのじゃ、美味いのじゃぁっ!」


「………………」

「………………」


「美味いのじゃ、美味いのじゃ、美味いのじゃぁっ!」


 すぐさま残りの身を食べて、同じことを連呼するナジメ。

 涙の訳は、きっと泣くほど美味しかったんだと思う。


「ス、スミカちゃん、どうやら毒はなかったみたいですね……」


 マスメアがホッとした表情で私に話しかけてくる。


「まぁ、そうだね。でもある意味、毒みたいなものだよ。美味しすぎるのも」


 そんなマスメアに苦笑しながらそう返答する。

 語彙力を失くしたかのように「美味い」しか言わないナジメ見て。



 その後は予定した事が、すんなりと運ぶこととなった。


 予想外と言ったら、かなりの高額で虫の魔物を買い取ってくれた事。


 特に、ボスの魔物の外殻も、足も、肉も非常に希少な素材だった。

 要はその殆どが使える素材だったらしい。


 その量が大型バス2台分だったから、食材も含めてかなりの高額になった。

 虫さまさまだね。


 その買取してくれた金額でスラムの土地を購入した。


 その時マスメアはあまりいい顔はしなかった。


 まぁ、付き合いが短い、私の説明だけじゃ色々と信じられない事と、元々の固定観念があるだろうから仕方ない。


 但し、現領主のナジメは


 『ねぇねがやることを全面的に信じるのじゃ。だから好きにしてくれていいのじゃ。何かあったらわしが手助けをするのじゃ』


 そう、薄い胸を叩いて笑顔で了承してくれた。



 それでも土地の分を差し引いても、お金はかなり残ってしまった。


 なので、ナゴタたちが住む森も購入しようとしたらナジメに断られた。

 どうやらこちらは譲れないらしい。


 金額うんぬんの話より、ナジメの好意で購入したものだからだ。

 罪滅ぼしも自分の想いを含めても。



 その他、余ったお金は口座を作って預けた。


 預けておくだけで僅かでも利子が付くし、現金を持ち歩き盗まれる心配もない。

 そうは言っても、私のアイテムボックスは専用なのでそんな心配は無用だけど。


 それでも口座を開設したのは、ニスマジの件があったからだ。


 以前に言っていた、シスターズの商品が売れた際の、リベート分を振り込むのに便利だからだ。わざわざ手渡ししないで済むからね。



 それらの用事を済ませて、メルウちゃんのお店を目指している。

 正確には店主のマズナさんだけど。

 顔を合わせるのがメルウちゃんの方が多いので、そこは許してほしい。



「よっ」


 トンッ


 薄暗くなり始めた空を確認して、屋台や出店などが集まる商店街に降りる。

 夕飯時か、まだまだ買い求める人たちが多い。


 私はその中を『変態』の追加能力でフードを作り歩いていく。

 これなら背中を見られなければ、目立たないねって思いながら。



「ええと、あれ? もう片付けてるの?」


 大豆屋工房サリューの前で、商品をしまい始めている親子を見つける。

 他のお店は、これから稼ぎ時の時間なのにだ。



「こんにち、こんばんは。もう今日は終わりなの?」


 挨拶が変になったのは、昼夜、微妙な時間だからだ。


「あ、スミカお姉さんなのっ! そうなの今日も早く終わるの」


「お、スミカさんじゃないかっ! すまんな商品が無くなっちまって店じまいなんだっ! これもスミカさんとユーアさんのお陰なんだがなっ! ガハハハハっ!」


 そう話してくれた、ちょっと疲れた顔のメルウちゃんとマズナさん。

 それだけ聞けば、お店が好調だってわかる。


 それと――――


「うん、相変わらず人気なんだね」


 それと無理をしているのも。



「片づけ私も手伝うから、このあとちょっと話があるんだけど、いい?」


 二人にドリンクレーションを渡しながらそう話す。


「おうっ! スミカさんの話ならって、なんだこの飲み物はっ!?」

「あ、何だか元気になったのっ! 体が軽くなったのっ!」


「それじゃ、どこから片づけるの?」


 ドリンクレーションで体力が回復した二人に聞く。


「あ、ああこれを台車に乗せてくれないか、それと奥のツボもお願いする」

「あっ! わたしが教えるのっ! 一緒にやるのっ!」


 そうして、親子に混ざって片づけを終わりにした。

 そして台車ごとアイテムボックスに収納する。



「ふぅ、それじゃ、どこか落ち着くところ行こうか?」


 後は、私がここに来た理由を説明して今日の予定は終わりだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る