第301話お金が欲しい理由と疑惑




 マスメアも通常モードに戻ったので、二人に説明する。

 冒険者ギルドから始まって、ここに来るまでの事を。


 冒険者を頼りにギルドで助けを呼んでいた少女。

 その街に現れた規格外の大きさの虫の魔物の討伐。

 攫われた街の人たちの救出。

 スラムの土地と、孤児院を使って仕事をさせてあげたい事。


 そして、


「だから私はお金が欲しいんだよ。スラムの土地の所有者になりたいから。それで、資金は今日討伐してきた魔物を買い取って欲しいのと、ついでに商業ギルドに登録することにしたんだ。特典として買取が高いとかあるって聞いてたから」


 話を聞くたびに、色々と顔色が変わっていた二人にそう伝える。



「ねぇねは、たった数刻で80人近い人たちと、得体のしれぬ魔物を倒して、小さい街を救ってきたんじゃなっ! わしが昼ね、じゃなく、商談をしている間でなっ! やっぱりねぇねは強くてカッコいいのじゃっ!」


「にわかには信じられないのですが………… その魔物を見せてもらっても宜しいでしょうか? 子分? とラスボスである、巨大な虫の魔物を」


 話を聞いて、自分事の様にはしゃいで喜ぶナジメ。

 それに対してマスメアは、今の話に少しばかり疑念を持っているようだ。


 そんなマスメアに対して、特に不愉快には思わない。

 ナジメとは違い、マスメアには私の事をのだから。

 

 寧ろ言葉一つで信用なんてされていたら、逆に私が不信感を持つ。

 マスメアの仕事柄、疑ってかかられる方が普通だからだ。



「うん、ならどこか広い場所ある? 子分はいいけど、ラスボスは天井の高さよりも大きいから。出来れば人目の付かない屋外か、天井が高いところとか」


「はい、でしたら裏の建屋が持ち込み専門のです。そちらに案内しますね」

「あ、そう言えばもう一軒建物あったね? 来るときに見えたもん」

「はい、そちらで間違いないですね。そこは素材の解体とかもできますので」



 そうして、マスメアを先頭に裏の建屋に移動を開始する。

 その際に、数名の男性職員と目が合うが、すぐさま逸らされた。

 マスメアに連れ込まれた状況を思い、何か邪推しているんだろうか。


「………………うん」


 そう思うと、ちょっとだけ気恥ずかしい。

 変な勘違いをされてそうで。


『まさか、恋人とか思ってないでしょうね、こんな子供が……』


 普通に考えれば、同性同士でそんな訳はない。

 せいぜい過度なスキンシップを取る、姉妹に見えるだろう。


 但し、それはマスメアの悪癖を知らなければ。

 の、前提の話ではあるが……



※※



「へぇ~、意外と広くて天井も高かったんだ」



 案内された建物に入り、周りを眺める。


 そこは平屋の建物で、大きさは教室の2倍ぐらい。高さは10メートル程。

 広々とした中には、数台の大きな台所のようなテーブルがあった。

 そこで何かの素材を解体してる人たちもいた。


 私たちに気付くと作業の手を止めて、軽く頭を下げてくれる。

 主に、ギルド長であるマスメアと領主のナジメに対してだけど。

 私の場合は驚いてるだけのような気がする、その蝶の姿を見て。



「はい、それと奥には冷凍して保存できる部屋もあります。では、こちらに」


 マスメアが空いているスペースに案内してくれる。

 私はそこに子分を組み立てて、他にボスの胴体と尻尾を「ドン」と置く。



「これは『シザーセクト』の一種じゃな。大きさはデタラメじゃが」

「そうですね、見た目は似てますが、恐らくそうでしょうね」


 出して直ぐに、ナジメとマスメアが同時にそう説明してくれる。


「シザーセクト?」


「そうじゃな、ねぇねよ。主に南に生息しておる魔物じゃよ。但し、あくまでも姿かたちが似ているだけじゃよ? 大きさも色もこんなおかしなものではないからのぅ」


「はい、ナジメ様の言う通りです。色と大きさもですが、ここまで外殻が強固なのも見た事ありません。ただ種類としてはその分類で間違いないかと」


「ふ~ん。そう言えばクレハンも似たような事言ってたなぁ」


「え?」


 確かアストオリアって南にいる魔物って言っていた気がする。

 それと、ナジメは元高ランク冒険者として、討伐した事もあるんだろう。

 マスメアは商売上詳しいのだろうとも思った。

 


「ク、クレハンさまもですか?」


「え? クレハン………… さま?」

「クレハン、さま? じゃと」


 唐突に、聞きなれない単語がマスメアから出てくる。

 それに反応して、思わず聞き返す。


「あ、な、なんでもありませんっ! 冒険者ギルドの、あの方もそう言ってるんですねっ。さ、さすがは博識な方ですねっ。ルーギルさんとは大違いですっ!」


「あの方って…………」

「………………」


 慌てて取り繕うように捲し立てるマスメア。

 そんな態度を見て、顔を合わせるナジメと私。

 お互いにニヤけてるのが分かる。


「い、いや~、見事な素材ですねっ! 状態もいいですし、食材としてもかなりの値段を付けられますよぉ、あはははは――」


「…………………」

「…………………」



(なになに? マスメアってもしかしてクレハンの事を?)

(う、うむ、あの態度を見ると恐らくじゃがな……)


 誤魔化すように、魔物を調べだしたマスメアを他所に内緒話をする。


(で、でもマスメアって、可愛い女の子が好きじゃなかったのっ?)

(う、うむ、わしもそうじゃと思っとったのじゃが、両方いけるらしいのじゃ)

(りょ、両方? そ、それは余計に恐いね、男でも女でも……)

(う、うむ、わしもそう思うのじゃ。脅威が2倍になったのじゃ……)


 そんなマスメアは、未だに薄っすらと頬を染めたまま魔物を調べている。

 その様子を見ると、変態モードには見えない。



(ん~、でもあの感じだと、男は見境ないって感じじゃないよ?)

(む、そうじゃな、なら見境ないのは女子だけやもしれぬな……)


 二人でマスメアの様子を見て勝手に結論付ける。

 あれは変態モードではなく『乙女モード』なんだと。


 ただそうなると、同性の好みの女の子には変態になるって事だ。



(………………私絶対にユーア連れてこない、ここに)

(………………その方が良いじゃろぅ。そもそもシスターズメンバーは全員ダメじゃ。それとゴマチもシーナもじゃ)

(う、うん、そうだね、ってか知り合いの殆どの女の子がダメそう……)


 

 そんな内緒話をしながら、マスメアが落ち着くのを待つ。

 そして何かに使えそうだなと内心でちょっとだけ思う。


 



「それで買取は問題ありません。それで数の方はどうするのですか? 話に聞くと、スミカちゃんかなりお持ちですよね?」


「うん。持ってる2/3を売る事に決めたよ。珍しいなら配る人たちもいるし、食材でも取っておいた方が後々使えるしね」


 他の強面の職員の人と、話が終わったマスメアにそう伝える。

 恐らく強面の人はここの責任者で、価格の打ち合わせをしたのだろう。



「そ、それにしても…………」

「ん? なに?」


 アイテムボックスから、ポイポイ出している私に声を掛けてくる。


「スミカさんの収納魔法の時間経過はどうなってるんですか? ナジメ様に聞いてはいたんですが、素材が新鮮なままですよね? それと収納できる量が一般的に見ても逸脱していると思うのですが……」


「え?」


 柔らかい笑顔から一転、疑惑の目を向けるマスメア。


「…………………」


「うっ」


 そう言えば、マスメアには私の事をって、意味では何も示せてない。


 なんか「知らしめる」て言い方が怪しいけど、これって意外と重要なもの。


 相手のマウントを取って、ヒエラルキーが上位だと知ってもらい、私のおかしなところや常識外のところを疑問に思わせない事。



 そういう風な関係が出来上がると、シスターズや何処かの男たちみたいに、



『スミカお姉ちゃんだから、何でもできるもんっ!』

 これはつるぺったんで一番可愛いボクっ娘。


『はぁ、スミ姉のやることにイチイチ反応してたら疲れるわよ』

 これは今は希少種なツンデレっ娘。


『え? お姉さまでしたらそれぐらい普通ですよ?』

 こっちは恐らくS属性持ちのサイドテール。


『お姉ぇはやっぱり凄いよなっ! さすがだよなっ!』

 こっちもS属性と、更に天然持ちのツインテ。


『ねぇねが何しても、わしは信じておるぞ』

 最後はフルフラットの見た目幼女。


『わははッ! また面白い事してんのか? スミカ嬢よッ!』

『え? それは当たり前ですよ? なにせスミカさんですから』

 


 圧倒的イニシアチブを取ると、そんな風に思考を停止してしまう。

 ああ、私だから別にいいか? みたいに。



「こら、マスメアよ。わしはねぇねの事は詮索するなと釘を刺しておいたじゃろ? ねぇねはわしらとはなんじゃ。だからねぇねを困らせる事を聞くでないぞ」


「そ、そうでしたね。申し訳ございませんナジメ様。え、違う世界ですか?」

「そうじゃ、ねぇねはな、ここではない世界の―――――」


「え?」


 言葉に詰まっている私の代わりに、マスメアを説教しだしたナジメ。


 ただそれを聞いて、背筋に寒気が走る。

 ナジメが言っていたある一言に対して。



『わ、私が違う世界の人間だって、ナジメが知っている? それってナジメも、もしかして似たようなものなの、やっぱりその衣装は他のプレイヤーなの?』



 ゆっくりとナジメに視線を這わせる。

 そんなナジメはマスメアにまだ説教が続いていた。


 それにしても、ナジメはこのまま何を言い出すのだろうか? ……



「ねぇねは、ここの世界の住人ではない、神の国から来たのじゃっ!」


『え?』


「そうでしたね、スミカちゃんはでした。孤児院の子供たちの間では」


『はぁ? 孤児院の子供たち? それって――――』


 どうやら心配は無用だったらしい。


 ただ単にナジメは私がいない時に、私の事を説明してくれていた。

 日中での孤児院の出来事を。



『ふぅ、紛らわしいけど良かったよ。おかしな方向に話が向かわなくて。って言うか、私のスミ神さま広げるのやめて欲しいんだけど』



 迷惑に思いながらも、ナジメの無邪気な笑顔と八重歯を見て、何も言えなくなった私だった。


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