第299話好みの二人と変態と
冒険者ギルドを後にして、次は商業ギルドに向かう。
その途中、クレハンとの最後のやり取りを思い出す。
ルーギルも含め、やっぱり欲しい人材なんだって。
※
クレハンのところには、子分の方の虫の魔物を5体分だけ置いてきた。
それでもその数を目の前にして、クレハンは大喜びだった。
「え? こ、こんなにいいんですかっ!?」
地面に並べられた魔物を見て、驚愕したような、恐縮したような声を上げる。
「うん、それぐらいだったら大丈夫。まだまだたくさんあるし、ボスの分だって残ってるから」
「それで残りは、商業ギルドに持ち込むんですね?」
「そうだね、少しだけ残してそうすると思う。だって冒険者ギルドでは買い取れないでしょう? これ以上は」
そう、クレハンは売って欲しいと言った時に「少しだけ」と言っていた。
最初は希少性があって、遠慮してるのかなと思ったけど違っていた。
その理由は?
「最大で20体で限界ですね。仮に、似たような魔物の相場の5倍で買い取ったとしても、これ以上はギルドの資金に影響が出てしまうので……」
「う~ん、ならやはり商業ギルドに行くしかないんだよね」
と、まぁ、そんな現実を突きつけられる理由だった。
要は、買い取れるお金が今はあまりないって事。
それと討伐隊に参加した私に、払った報奨金もその理由の中の一つだ。
確かにここは大きくない街なので、そして強い魔物もダンジョンもなく、しかも冒険者が頼りないギルドじゃ仕方ないのかも知れない。そんな弱小貧乏ギルドだ。
仮に全部を買い取れる資金を持っていたとしても、有事の際に残っていなかったらマズいだろう。この前のオークの状況の様に、街が魔物に攻め込まれる事も想定して残しておかないと。
「いや、それでもギルド長も冒険者の方々も喜ぶと思います。後々は強い装備を手に入れる事になりますから」
「うん、それじゃ私はこのまま商業ギルドに行くね。ルーギルには帰ってきたら話しておいて。何かあったらまた来るよ」
笑顔のままのクレハンに挨拶して歩き出す。
数時間前に、商業ギルドとマスメアには会いたくないと思ってたばかりなのに、用事が出来てしまった。
それは私にもお金が必要になった理由が出来てしまったからだ。
「スミカさんっ!」
重い足取りで進みだした私をクレハンが呼び止める。
「なに? まだ何か聞きたい事あるの?」
振り向いた先のクレハンは、見送った時の笑顔ではなく真摯な表情だった。
「違います。わたしもお礼を言いたくて」
「お礼? ん、買い取りは仕事みたいなもんでしょ? それにさっき聞いたよ?」
もの凄く喜んでたし。
「そうではなく、助けを呼びに来た少女とスラム街の事です」
「うん? なんでクレハンが、お礼を言うの?」
「それは、後悔していたからです」
「後悔って?」
「助けを呼ぶ少女に、手を差し伸べる事が出来なかったことですっ!」
強い眼差しで私を見て、感情を込めてそう話す。
「……うん、でもそれは仕方ないんでしょ? 色々なしがらみあるし」
最初、確かにクレハンの態度は冷たいものだと感じていた。
助けを求める小さい少女をあしらおうとしてた、その態度に。
ただそれも仕方のない事だと、私は自分を納得させた。
しがらみ以外にも、スラムの人たちを害悪とする、風潮や固定観念。
そんな輩を擁護すると、自分たちが阻害されると思い込む、強迫観念。
色々な被害妄想が重なって、関わる事が悪とされるルール。
そんなものが出来てしまい、関わる事を避けてき結果が今の状況だろう。
スラムで何かあっても、どこか他の国のような出来事に思えてしまうのは。
関わると自分たちが損をするだけと思い込んでしまうのは。
それでもクレハンは後悔している。
助けられたかも、何かしてあげられたかも、と。
「うん、わかった。お礼を聞いてあげる。そしてみんなに伝えてあげるよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
クレハンは一息吸い込む。
そして――――
「助けを呼びに来た少女の件と、それに関わる全ての人々を救ってくれてありがとうございますっ! 今更なんてと思ってるでしょうが、確かにスラムの事は対岸の火事のように感じていました。こちらの街とは関係ないみたいでっ!」
「うん」
「それでも、あの少女と、その妹をスミカさんが救ってくれてホッとしましたっ! あの時スミカさんが来てくれて嬉しかったし頼もしかったんですっ! 英雄さまが
「うんっ!」
まるで懺悔のような言葉が連なる。
クレハンの強い想いが伝わる。
自責の念と安堵と感謝と。
「だから全てを助けていただいてありがとうございましたっ! スミカさんっ!」
「うんっ!」
※
その言葉を聞いて、冒険者ギルドを後にした。
恐らくルーギルだったら、そんな風潮は無視して助けに行っただろう。
そこに戦闘と、助けを待ってる人たちがいるなら。
ただクレハンは感情だけで真っ先に動く人間ではない。
悪く言えば四角四面。良く言えば
要は石橋を何度も叩いて渡るタイプ。
『まぁ、どっちにしても、わけわかんないルールを優先するよりも、状況によっては意思を前面に出せるってのは好感が持てるよ、あの二人もいい性格してるよ』
先ほどのやり取りを思い出してるうちに、目的地に到着する。
「はぁ、それじゃ仕方ないけど入ろうか……」
とはいうものの、実際は入るのに躊躇って三度通り過ぎていた。
なので5分の片道を3倍以上かかってたりする。
「はぁ、それじゃ仕方ないけど入ろうか……」
2回同じことを呟き、扉を開けて中に入る。
なんで自分から蜘蛛の巣に掛かりに行かなきゃならないの?
そう心の中で自問自答しながら。
「あれ?」
フロアを見渡すと、幸いにもマスメアの姿が見えなかった。
男性職員と話をしている、数々の人たちだけ。
「だ、だったらっ!」
タタッ
すぐさま列の少ないカウンターに並ぶ。
さっさと登録して商談も済ませよう。
「くく、鬼の居ぬ間にってね、多分忙しいんだよ。だからその隙に」
一応マスメアはギルド長だ。変態だけど。
だから毎回ここにいる訳が無い。
恐らく部屋で書類と格闘でもしているのだろう、変態でも。
「早く、早くっ」
そう思っていたはずだったが……
ガシィ
「クンカクンカ」
「えっ?」
後ろから細い腕に抱きかかえられ、首筋に吐息を感じて驚く。
「あっ! マ、マスメア何でっ!?」
「ふふ、一度匂いを覚えましたからね? なのでわかりますよ」
「匂いっ!? っていい加減放して、う、動けない?」
「ふふ、力が入らないように抱きかかえてるので無駄ですよ? さあ、私の部屋へ行きましょう。何か私だけに特別な用事があるんですよね?」
「い、いやいいよっ! だってマスメア忙しいでしょうっ!」
「いえ、ナジメちゃんとまだ商談してるだけなので、一緒にお聞きしましょう」
「う、うわっ! 何これ? なんで引き剥がせないのっ!?」
ズルズルと引き摺られて、マスメアの部屋に連れ込まれる私。
だ、だからここに来たくなかったんだよっ!
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