第297話蝶の英雄の就職支援
「どう? これだったらできそうだと思わない? 最初はお給金も仕事も少ないと思うけど、先々を考えたらいい話だと思うんだけど」
座り込んで、真剣に私の話を聞くみんなを見渡す。
因みに今の地下室は、昼間の様に明るい。
あちこちにキャラライトを設置したから、みんなの顔も良く見える。
ボウとホウの後押しがあったと言っても、最終的に決めたのはみんなだ。
内容も聞かずに決断するのには、相当の覚悟があったはず。
こんな変な格好の少女に、仕事を持ち掛けられたんだから。
「そうじゃな、やってみたいと思う。わしはそれほど先が長くないとはいえ、家族同然のみんなに何かを残したいと思うしの」
「うん、面白そうね。私もやってみたいわっ」
「姐さんって領主さま以外にも顔が聞くんですねっ! もちろんやりますよっ!」
ビエ婆さん、ニカさん、息子のカイが同意して、更にやる気を見せる。
その他のみんなの瞳にもやる気が見える。
※
私がスラムのみんなにした、仕事の内容はこうだった。
大豆屋工房サリューの仕事を手伝う事。
それはこれから始める新業態も仕事に含まれる。
多くの大豆を栽培している事から、工房としてここを使いたい事。
なにせ、ここには使われていない石の建物が多く存在する。
これから先、マズナさんのお店は、出店や新しい業態を含めて忙しくなる。
なので、それを見越しての素材と労働力と土地の確保だ。
ただいきなり大勢が押し寄せては、マズナさんもメルウちゃんも困る。
それと大豆の搬入が多過ぎても、冒険者たちが困る。仕事の依頼が減るから。
そこら辺の加減と調整が難しいとは思うけど、これから素材だけで言えば、どれだけあっても余る事は無くなると予想している。
なにせ、今流行りの大豆製品はこぞって他の店も真似を始めるからだ。
まぁ、それはしばらく後にしても、あって困るものでもない。
それと新業態のお店が出来れば、専門の従業員も欲しい。
専門店の店長としても雇ってもいいし、独立してもいい。
私がそこまで決めることは出来ないけど、間違いないと思う。
「わたしも頑張るぞっ! スミカ姉ちゃんっ!」
「わ、わたしも頑張ります」
元気に手を挙げて、やる気を見せる姉のボウとは対照的に、妹のホウは恐る恐ると言った様子でヒョコっと手を挙げる。
そんな姉妹たちと他の子供たちには――――
「気持ちは嬉しいんだけど、ボウとホウも含め、子供たちは孤児院に通ってもらうよ。身寄りがいないなら、孤児院に入れると思うけど」
「え、えええっ! なんでさっ! わたしたちも働きたいっ!」
それに対して、意を唱えるボウ。
「あ、言い方が悪かったね。働けないわけではないんだよ。ただ孤児院に通って、読み書きを覚えて欲しいんだ。それが将来の為にもなるし、この街の人たちの為にもなるし。だから空き時間でみんなを手伝って欲しいって事」
ボウを含め、子供たちを見渡して、そう説明する。
「孤児院、って、わたしたち、ここを出るって事かい? スミカ姉ちゃん」
「………………」
ボウとホウが不安げな表情で見上げてくる。
身寄りの話で、引っ掛かったんだろう。
「……それは二人に任せるよ。ビエ婆さんの許可もあるし、二人が嫌なら通うって話でいいと思う。ただ孤児院には、私の妹が面倒みに行ってるから会わせたいってのもあるだけだから」
「え? スミカ姉ちゃん妹いるの?」
「あ、そう言えばユーアさんとかパーティーとか言ってましたね」
ボウが妹と聞いて反応し、ホウはさっきの話を思い出したようだ。
ホウは、中々頭の回転が速いなと思った。
「妹いるよ。小さくて、可愛いくて、優しくて、思いやりもあって、面倒見がよくて、誰にでも好かれて、お肉が大好きで、魔物と話が出来てペットにしてる冒険者だけど」
私は二人に指を立てて、捲し立てる様にそう説明する。
まだまだ言い足りないなと思いながら。
「…………なんか、最後のが良く分からないんだけど」
「魔物がペットで冒険者なんですか…………」
「「「………………」」」
そんな私の説明を聞いて、押し黙るスラムの人たち。
どうやら、ユーアの偉大さがこれだけで伝わってしまったようだ。
「まぁ、そんなわけだから孤児院には通ってもらうよ………… あ、だったら女性で子供好きな人いない? 孤児院で働いてもらうけど」
ふと思いついて、口に出して聞いてみる。
子供が多く増えれば、面倒を見る大人も必要だからだ。
「あ、私が立候補するわよ、スミカちゃん」
「わしも、何もせんわけにはいかぬから、立候補するぞ」
すると、ニカさんと、ビエ婆さんと数名の女性が手を挙げる。
「ニカさんはいいとして、ビエ婆さんって村長みたいな立場じゃなかったの?」
ビエ婆さんの立場がわからなかったが、そのつもりで話してた事に気付く。
地下室には2人しか大人がいなかったから余計だろう。
「そう言ったものは決めてはおらぬが、必然的にその役割になってたようじゃ。じゃが通うだけならいいじゃろうし、カイが残ればみんなをまとめてくれるじゃろ。じゃから心配はない」
ビエ婆さんはカイに目線を送ってそう答える。
そんなカイは小さく頷き、笑顔で返す。
「ならお願いしようかな、子供たちも知ってる人がいた方が安心するだろし。それにビエ婆さんは子育ての経験も多そうだから」
「うむ。わしは肉体労働は出来ぬからな。それでよろしく頼む」
「私も簡単な計算や読み書きは出来るから、頑張るわよっ」
二人はそう答えて、他の立候補した人たちと笑顔で顔を合わせる。
ロアジムや貴族の人たちが、どれだけの人数を用意してるかわからない。
ただ、それは当初の子供が30人での人員確保だと思う。
なので、数名でも増えれば、それはそれでいいと思う。
「うん、よろしくね。それじゃ私は一度帰って、それぞれ聞いてみるよ。恐らく大丈夫だとは思うけど、きちんと許可取ってくるから」
そんなこんなで話はまとまり、私は踵を返す。
帰ってからも色々と大変だなと思いながら。
「待ってくれ、スミカよ」
「ちょっと待ってスミカ姉ちゃん」
「あ、スミカ姉さん、待ってください」
「姐さん、まだ帰らないでください」
「ん? なに? どうしたの」
出口に向けて歩き出した背中に声を掛けられる。
その神妙な言い方に後ろを振り向く。
そこには――――
「「「このご恩は一生忘れません。蝶の英雄さま」」」
そう声を合わせて、深々と頭を下げる80人を超える街の人たちがいた。
大人も子供も男性も女性も全員が揃って、地面に擦りそうな程頭を垂れている。
「………………」
私はそれを目の当たりにし、言葉に詰まる。
感謝やお礼をされた事はもちろんある。
だけど、ここまで張り詰めたものは初めてだった。
私の吐息以外、何も聞こえない程の静寂と沈黙。
でもその中に、尊敬と敬愛と信頼も感じる。
だから私はこう答える。
「そんなの当り前じゃない。だって私はこの街の英雄だからねっ!」
そう笑顔で答えて、この場を後にした。
後ろからは、かなりの歓声が聞こえてきたけど。
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