第296話スミカの独り言と提案




 外での立ち話もあれなので、広い地下室に戻ってきた。


 興奮冷めやらぬ様で、中に入ってもみんなは笑顔で無事を称え合っている。


 母親の胸に抱かれる小さな男の子や、両親に迎えられる女の子。

 それを見ると、無事に救出できて良かったなと思う。


 ボウとホウの姉妹は、そんなみんなの輪に入り、一緒に喜び合っている。

 ただ姉妹の二人には、親が見当たらなかった。

 その代わり、ビエ婆さんとニカさんとカイがその中にいた。


 二人の両親代わりなんだと思う。



『ふふふ。カイも何だかんだで、子供みたいに喜んでいるじゃん』



 私はその喧騒が収まるまで、離れて待っていることにした。

 部外者が邪魔しちゃ悪いからと、それと色々整理したい事もあるし。




 今回の件。


 最終的には、私が解決したみたくなってはいるが、ただ今の現状、子供たちが無事なのは、カイたちが逃がしてくれたからだ。



『洞窟で倒れてた時の、みんなの衰弱ぶりでは危なかったかも……』



 一番奥の広場の中で倒れていた大人たちは、体中の傷もそうだが、もっとも命にかかわりそうだったのは、体の消耗ぶりだった。まるで体の中のエネルギーを摂取されたみたいに。


 あの状況を見ると大人ならまだしも、子供たちだったら恐らく……



『あとは、サロマ村の住人達の遺体がなかったのも気になってたんだよね』



 オークに全滅させられたサロマ村の住人は、元々100人を超える。

 襲われてから日数が結構経っていたとはいえ、そのが無いのはおかしい。


 

『この腕輪といい、襲われた小さな村や集落を見ると、その規模から秘密裏に事を運びたいんだと思う。知らない小さな地域で、同じことが起きてると考えた方がいいかも……』



 当初、私たちに降りかかってくる火の粉だったら、殲滅する予定だった。

 私の領域に入ってくるんだったら、全力で潰してやろうと。



『ただ、そうは言っても、どこかの組織を私一人で潰せるとは思えない。まだレベルも足りないし、背中を任せられる仲間も足りないと思う。ユーアを守り、そして戦ってくれる強者が』



 腕の中の、謎の腕輪を握ってそう思う。


 腕輪の正体はわからないが、他の世界から持ち込まれたものなのは確かだ。

 恐らく戦争になるとしたら、他のゲームのプレイヤーの可能性が高い。

 その中には、私をも超えるプレイヤーがいる確率も高い。


 だから私は慎重になり、時を待つ。

 今は目の前に現れたものを、振り払うだけが得策なのだと。



『それと、このカウントダウンが進むにつれ、私の力になると思うから……』



 数日前、装備メニューの中に現れた数字を見て、そう解釈する。

 アバターではなく、防具に現れたタイマーだからだ。


 この装備は謎が多い。その全容が想像できない。

 それでも所持者の力になるための「何か」だと思う。


 今までも私の望み通りに、成長してる気がするから。



『いや、もう何かって曖昧なものじゃないね。既に効果が出てきてるんだから。現にアイテムボックスに無いものが増えてきてるしね』



 私の、そして私たちの力となるアイテムの類が現れ始めている。


 それは戦闘向けなものから、お遊びな的なアイテム。

 はたまた補助的なものや、些か危険なものまである。


 但し、現在現れているのは小物ばかりで、比較的「善」よりなもの。

 戦況を覆す「悪」なものは出てきていない。



『うん、それでも十分に役に立つものもあるんだけどね、ユーアにもみんなにも使えそうなものもあるし、ハラミにだって合うのもあるから、暫くはこれでやり過ごそうか』



 使い道を考えながら、少しだけ楽しくなる。

 与えられたものだけで攻略する縛りプレイみたいで。


 本来であれば、ホームのストレージボックス内にあったもの。

 その存在を確認して気持ちが逸るのを私は感じていた。


 長年貯め込んだ膨大な数々のアイテムが、ユーアやみんなの役に立つ。

 そんな未来を想像して、一人ほくそ笑んでしまう。


 不謹慎ながらとわかってはいる。

 それを使うという事は、みんなの身に危険が迫るって事だから。


 それでも心の中で、疼く衝動を抑えるのも辛く感じてしまう。



『はぁ、これじゃルーギルたちや、ムツアカの事言えないなぁ? それでも自覚してるだけましって事にしよう。それだったら戦闘狂の部類じゃないしね』



 同じ枠組みでいるあろう、人物を思い浮かべて自制する事にした。 



※※



「それじゃ、みんな落ち着いたかな?」



 それぞれにご馳走した、飲み物を空にした時を見計らって声を掛ける。

 みんな話過ぎて、喉がカラカラだったらしいから。



「ありがとうな、スミカ姉ちゃんっ! またご馳走になっちゃってさ。これは街で売ってるものなのかい? 何かの果物の味がするけど」


 ボウが飲み干した容器を眺めながら、声を掛けてくる。


「ああ、それは屋台で売ってるやつだよ。ユーアや冒険の為に買い込んでたやつ。なんだ飲んだことないの? 普通に売ってるけど…… あっ!」


 私はボウに答えながらも、最後の一言が余計だった事に「はっ」と気付く。

 この街にいれば、おいそれと買えないだろう現状を思い出して。


「スミカよ。別に気にせんどもよいぞ? わしらは全く街に行かないってわけではないからな。お金も一応持ってはおるし。ただ望んでは行かないだけじゃよ」


 私の気持ちを汲み取ってか、ビエ婆さんがフォローしてくれる。


「まぁ、それでも気遣いが足らなかったって反省するよ。それでお金ってどうやって稼いでいるの? 自給自足だけではないんだ」


「それはスミカがここに来た時に見せた大豆じゃよ。それを買い取ってくれる者がおるんじゃよ。あまり大した金額にはならないがな」


「ふ~ん、誰かと取引してるって事かな?」


「そうじゃな、それが一応の収入源になっておる。あとは栽培している野菜などを売って、足りないものを街に買い出しに行っておる。目立たないようにしながらじゃがな」


「なるほどね」


 私はみんなを見渡してみる。


 ボウとホウも、当初のユーアより貧しそうに見える。

 その格好もそうだけど、痩せ細っている体だから余計だろう。

 その他のみんなも似たようなものだ。


 ただ働いていないわけではない。

 それが普通の生活の水準になるほど稼げないのと、税金が払えないとかで。

 

 そもそも売りに出しているものも、正規な値段で買取されてるのかも怪しい。

 間違いなくスラムって事で、足元を見られてる可能性が高い。


 大人たちは、もう大人として成長している。

 だけど、これから成長する子供たちはどうなるんだろう。


 ユーアの生活も最初は似たようなものだった。

 だからなのか、同年代より成長が遅い。


 正直、ユーアみたいな子供たちは見たくない。

 貧しくても、卑屈にならないで頑張っているからだ。

 それは最初に目を見て分かった事だ。


 だから、ここの世界の子供たちは強いと思った。

 そして、何とかしたいと思った。



 だから私はある提案をする。



「ねぇ? スラムを変えて普通の生活をしてみたいと思う? もしその意志があるんだったら、私は協力するよ。最初は厳しいかもしれないけど、領主さまとも相談してあげるから」


「そ、それはどういった内容なのじゃっ!」


 ビエ婆さんがいち早く反応する。

 他の人たちは、それを黙って見ている。


「内容は先に言えないよ。それを聞いて及び腰になって断られても、そっちの都合がいいだけだから。だから私は覚悟として聞いてみたの。このままでは子供たちも、これからの街の生活も発展は望めないから。それを踏まえてどうする?」


 厳しいようでも、私はそんな風に答えた。


 良い人たちばかりでも、この人たちは言わば不法滞在者たちだ。

 街のルールに反して生きてきている。


 その経緯はわからないけど、普通に戻りたいならば、ある程度見せて欲しい。

 私はそんな意味を込めてその提案をしてみた。 


「う、むぅ。スミカの言いたい事はわかる…… じゃが、わしたちは――」


 言葉尻を濁して、ビエ婆さんが悩み始める。

 さすがにおいそれとは決められないみたいだ。



『それはそうだよね、この街の未来って話だけど、そこに踏み込むには勇気と体力も使うからすぐには判断できないかな? 少し意地悪だったかも』

 

 断れる可能性が高いことを考慮して、ちょっとだけ後悔する。

 そもそも今日会ったばかりの小娘に未来を託すなんて。


『う~ん、ちょっと焦ったかも……』


 私はほぼ諦め気味に返事を待つ。

 予想では、今までの生活で生きていくことを選ぶはずだと。


 そう思っていたけど――――



「ビエ婆さん、何を悩んでいるんだっ! スミカ姉ちゃんの言う事だぞっ!」

「ビエ婆さん、何を悩むんですか? わたしたちを救ってくれた英雄さまですよっ!」


 双子の姉妹のボウとホウの声に我に返る。


 そして私の納得できる答えがその後聞くことが出来た。

 ボウとホウがビエ婆さんと話をして。



 やはりこの世界の子供たちは強いと、私は再認識した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る