第295話さぁ帰ろうみんなの待つ場所へ
「蝶の姐さん、本当にありがとうございましたっ!」
「「「ありがとうございましたっ!」」」
ボウたちが待つ地下室に到着する直前に、唐突にカイが頭を下げる。
その後ろでは、カイに続いてみんなも深く頭を下げている。
「どうしたの今更。もう着くから話は後でいいんじゃないの? それに帰ってくる時にも聞いたと思うけど」
洞窟を移送している間にも、お礼の言葉は貰った。
ここまで大仰なものじゃなかったけど。
「いえ、きちんとお礼を言えてなかった事に気付いたんですっ! 色々とあり得ないことが起こり過ぎて、たくさん驚いて、それで……」
「うん? それこそみんなと合流して、安心させてからでもいいんじゃない?」
他の人たちも見渡してそう聞いてみる。
驚いた中に、私のパンツの事がチラっと頭をよぎったけど。
「そ、それもそうなんですが、子供たちの前では中々言いづらいのと、戻ってしまえばきっとうやむやになりそうだったんです。みんなも喜んで大騒ぎすると思うので」
「ああ、なるほど。でもそんなに感謝しなくてもいいんだよ? 私は私で得る物もあったし、ボウたちをこれ以上泣かせたくなかったし、それにいいことも思いついたからね」
少しだけ、含みのある笑顔でそう答える。
「え、いいことですか?」
「うん、まぁ、それはここでは話せないけど。だからお礼は気にしないでいいよ」
「はぁ、姐さんがそう言うならいいですけど……」
「あ、でも一つだけ聞いていい?」
「はい、なんですか? 姐さん」
私はある事を思い出してカイに聞こうと思った。
子供たちの前では、あまり聞かせたくない話だからだ。
「このスラムに、武器があるって聞いたんだけど、そんなのあるの?」
「武器ですか?」
「そう、ナジメが、じゃなくて、領主さまが言ってたんだけど」
「え? こ、この街の領主さまとも知り合いなんですかっ!」
領主と聞いて、ひと際声が大きくなるカイ。
他のみんなもざわざわと話し始める。
まぁ、色々と思うところはあるんだろう。
お互いの立場の違いもそうだけど、もっと根深いところでね。
「カイや他の人たちは会った事あるの? この街の領主さまに?」
「い、いえ、あまり街にはいないって事だけしか……」
「なら今度連れてくるよ。ちょっとビエ婆さんとも相談したいし、領主さまにも見てもらいたいから」
「ちょ、それじゃ、俺たち街の人間はっ!」
私の話を聞いて、カイも他の人たちも更に騒ぎ出し始める。
「違うって、そういうのじゃないから安心して。そもそもそんな事するなら、私はこの街に来なかったよボウの話を聞いても。それよりも武器の話は?」
慌てるみんなを宥めるようにそう答える。
「え、あ、確かにそうですよねっ、なら理由は後からですか?」
「そうだね、帰ったからじゃないとわからないから。で?」
「で? ああ、武器の話でしたね、それは――――」
カイはみんなを見渡して、話を始める。
※
「ばりすたぁ?」
「そうです『バリスタ』です。ただしかなり昔の物で、金属の部分も弦も腐食していて、使い物にはならないものばかりですが……。 それと『投石機』もありますね」
「それの事か、なるほど」
商業ギルドでナジメが言ってた事。
それはこのスラムの人々には、戦う手段があるとの話だった。
その正体がカイの言っていた『バリスタ』と『投石機』だろう。
ただし、古くて使えない代物みたいだけど。
「で、それはどこにあるの?」
「外壁の近くにある石の建屋に揃っています」
「え、揃ってるっていっぱいあるの?」
「はい。全て移動式みたいですが、凡そ30台はあったかなと思います」
「ふ~ん。なんでそんなものがあるんだろう?」
「さぁ? 何分昔からあるものなので、詳しくはわからないです」
「うん、わかったよ。教えてくれてありがとうカイ」
「は、はいっ! 姐さんのお役に立てて嬉しいですっ!」
カイは最後にそう言って「ビシ」と背筋を伸ばす。
ただその顔は締まりのないものだったけど。
そうして、話が終わる頃には、ちょうど地下室のある建物の前に着いた。
そこには――――
「スミカ姉ちゃんっ! みんなっ! 無事だったんだなっ!」
「スミカ姉さんっ! それとみんなも無事でよかったですっ!」
建物に入る前に、ボウとホウの姉妹に出迎えられた。
私が出てから、ずっと待っててくれたんだろう。
ただ二人とも透明壁で近寄ることが出来ず、むぎゅと顔を押し付けていた。
「ふふ、今魔法を解除するから待ってて」
姉妹の潰れた顔を見ながら解除する。
「わっ!」
「きゃっ!?」
ダダッ
ガバッ
「あ、ごめんごめん、一応断ったんだけど、聞こえなかったみたいだね」
姉妹の二人は、突然に壁が無くなった事で前のめりに転びそうになる。
私はそれぞれ両手に受け止めて、ボウとホウに謝る。
「ん? どうしたの二人とも」
私に抱きかかえられたまま動かない二人に声を掛ける。
「うん、わたしたち心配したんだ。外壁よりでっかい虫と戦ってたスミカ姉ちゃんが見えたから。そしたら――――」
「そうしたら、スミカ姉さんも、でっかい虫も見えなくなって、それでずっと帰って来なかったから不安になっちゃったんです。ここから出られないし……」
二人ともそう言って、私の腕をギュッと強く胸に抱く。
「…………うん、心配してくれてたんだね、ありがとう。でも私は行く前に言ったと思うけど、心配しないでねって」
腕ごと二人を抱き寄せて、優しく声を掛ける。
「うん、うん、それはわかってるけど、だってっ!」
「だって、あんなに大きな虫なんだもんっ! 誰だって心配しますっ!」
「…………そう、だね。それは二人の言ってる事が正しいよ。それよりも、そろそろ手を放してくれない? 痺れてきちゃうから」
「あっ! ごめんなっ! スミカ姉ちゃんっ!」
「す、すいませんっ! スミカお姉さんっ!」
慌てて二人とも、私の腕を離す。
強く抱き寄せてた自覚はあるようだった。
「まぁ、二人ともそんな顔しないで。今は私に驚いたり、心配するよりも、もっと他にいるでしょ? 今、みんなも、ボウたちも見たいのは、お互いにそんな顔じゃないでしょ?」
コロコロと表情が変わるボウとホウにやんわりと話をする。
今は私の事で気を揉むよりも、他に相手がいて、伝えたいものがあるというのに。
すると、二人とも私の言った事に気付いたようで、みんなに振り返る。
そして――
「カイもみんなも無事で良かったっ! わたしたちを逃がしてくれてありがとうっ!」
「ううう、みなさん、無事で良かったです……。わたしたちを守ってくれて……」
ボウは、無事を祝う言葉と感謝を伝えて、笑顔になる。
ホウは、泣きそうになりながらも、必死に笑顔を作り感謝を伝える。
『ふふ』
そう。
今この場に相応しいのは、みんなの無事を笑顔で迎える事。
それは待ち人だけではなく、待たせてた人たちも一緒だ。
だから――
「ボウとホウ、たくさん心配してくれてありがとなっ!」
カイも笑顔になって、ボウとホウにお礼を伝える。
更にカイは続けて、
「それと、ボウは危険を冒して姐さんを連れてきてくれてありがとうっ!」
「え?」
「ホウはビエ婆さんたちに、姐さんの事を必死に説明してくれたんだろっ!」
「へ?」
「俺たちは子供たちを助けたかもしれないけど、俺たちを助けたのはボウとホウ。お前たち姉妹だからなっ! ここにいるスミカの姐さんと同じくらいに、お前たちには感謝しているぞっ!」
カイは両手を広げ、面食らっている二人に抱きつく。
すると他のみんなもボウとホウに駆け寄り、三人まとめて抱きしめる。
「おおっ! 外が騒がしいと思ったら、みんな無事で帰ってきたんじゃなっ!」
「み、みんな無事だったのねっ!」
ビエ婆さんと、ニカさんも騒ぎを聞いて駆け付ける。
その後ろには子供たちもいて、真っ先にそれぞれの親元に駆けていく。
『ふぅ、これで虫の件は一件落着かな? 話をしたかったけどそんな空気じゃないね』
私は少し離れ、みんなの喜ぶ姿を眺めて頬が緩む。
家族や友人たちの無事を喜び合い、弾けそうな笑顔のみんなを見て。
そうして、一先ずの決着がついた今回の巨大な虫の魔物騒ぎ。
後はこの街の行く末が気になるところだ。
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