第290話姉妹の心配事と劣勢の英雄
※今回は双子の姉妹のボウとホウ視点のお話です。
終盤に澄香視点に戻ります。
「スミカ姉ちゃんが言ってたのって、この見えない壁の事だよな?」
「そうだよね、きっと。これが魔法の壁なんだ……」
わたしたち姉妹は、スミカ姉ちゃんを見送った後、
そのまま避難していた地下室を出て外に出ている。
それはスミカ姉ちゃんが言っていた事を確かめるためだ。
残りの討伐に出ていく前にスミカ姉ちゃんは
『それじゃ、今度はここが安全って言った訳だけど――――』
そう言って話をしてくれた。
その説明によると、避難している建物全部を魔法の壁で覆っているとの事。
地下室も、その下の地面、そして屋根の上に至るまで守られているらしい。
それは誰にも壊されない、絶対障壁と呼ばれるものだそうだ。
「これって、ホウとわたしたちが、虫たちに襲われた時に守ってくれたものと同じ種類だよな? それが建物を覆う程に出来るなんて、英雄さまはやっぱり凄いなっ!」
「うん、でも何だか別の世界の人みたい。だってわたしたちとは全然違うんだもん。あんなに固くて大きな虫たちを簡単に倒しちゃうし、魔法で何でも出せちゃうし」
「あ、そう言えばホウは見てないから知らないと思うけど、スミカ姉ちゃんは、わたしをここに連れてくる時に、空中を走ったりもしたんだぞっ! わたしを抱きながらさっ!」
「そ、そうなの? やっぱりスミカお姉さんは見た目通り――――」
「そうだな、やっぱりスミカ姉ちゃん見た目通りに――――」
「「蝶の英雄なんだっ!(ねっ!)」」
そんな可愛らしくて、カッコイイ蝶の英雄さまは、私たちに対価を求めなかった。
ここまでわたしを無事に連れ帰ってきてくれた事。
わたしたちの二人を助けて、尚且つ今は残りの虫を倒しに行った事。
報酬の話どころか、わたしたちに温かい食事まで振舞ってくれた。
「無事に帰ってきてくれるといいなっ! そしたら何か恩返ししたいなっ」
「そうだけど、でも帰って来ても、街の人たちが半分以上も……」
妹のホウは透明な壁に手を掛けたまま悲し気に目を伏せる。
80人以上いた街の人が、今は大人2人と、子供が30人弱。
ホウの心配通りに、虫たちがいなくなっても街は救われないだろう。
「う、うん、だけどスミカ姉ちゃん言ってたじゃないか『私の推測だけど、街の人は生きてると思う』て、だからきっと大丈夫だよっ!」
元気付けるように、俯いているホウの手を握る。
「そ、そうだよね、英雄さまが嘘つくわけないもんねっ、きっと大丈夫だよね」
「そうだぞっ! あの強くて優しい英雄さまが言ってくれたんだっ!」
わたしたちは思い出す。
あの人がそう言って、ビエばあちゃんも、ニカ姉ちゃんもホッとしてた事を。
他の子供たちも不安な顔から一転、笑顔が少なからず見え始めてた事を。
小さくて、変な格好した少女の言葉を聞いただけで希望が生まれた事を。
実行出来るだけの、実現されそうなほどの、実際に起こってしまいそうなほどの求心力が、あの蝶の少女にはあった。
「だから、きっとみんな元通りで帰ってくるぞっ!」
「うん、きっとそうだよねっ!」
手を取り合い、二人で見つめながら笑顔になる。
きっと大丈夫。
帰ってきたら全部元通り。
何の変哲も刺激もない、だけれども平和な生活が帰ってくる。
((ギギギギギギギギギギィ――――ッ!!!!))
「わっ!」
「きゃあっ!?」
辺り一面に響き渡る気味悪い絶叫にも似た、咆哮に耳を塞ぐ。
「こ、これって、虫の鳴き声かっ!?」
「こ、こんなに大きいのって、あっ! ボウお姉ちゃんっ!」
「あ、あれってっ! む、虫の魔物? なのかっ!?」
ホウが振り向く先には、あり得ない長さの大きな虫が立っていた。
ここからはまだ遠いけど、それでもその巨大さはわかる。
どの建物よりも大きく、10メートルの外壁よりも更に大きく見えたからだ。
「あ、あそこにいるのってっ!」
わたしは気味悪い色の、虫の魔物の近くに浮いているものを見付ける。
「あれスミカお姉さんだよっ! ボウ姉ちゃんっ!」
ホウの言う通りに、黒い人影と羽らしきものが見える。
間違いなくスミカ姉ちゃんの後ろ姿だ。
「あ、あ、あああ、あんなのに勝てっこないよっ…… ボウ姉ちゃん」
「う、ううう……」
「だ、だって、街の人を襲った魔物の10倍以上大きくて……」
「あ、あうううっ……」
ホウに言われなくても、そんなの一目見ただけでわかる。
突然現れたあれは、人間がどうこう出来る生き物ではない。
この国にいるどの魔物よりもきっと強い存在だ。
「う、ううう、スミカ姉ちゃん…… 頑張って……」
それでもわたしは祈りながら思い出す。
ここを出るときに、わたしとホウの頭を撫でて、言ってくれた事を。
※
『あ、最後に行っておくけど、私の心配はいらないからね。虫なんてさっさと駆除して戻ってくるから、心配するなら帰ってきた後の自分を心配しなよ。きっとボウは感謝されるから』
そう言って、笑顔でわたしを見つめる。
『か、感謝って、なんでわたしが感謝されるんだい?』
『そんなの決まってるじゃない。危険を冒してまで、この街の英雄を連れてきたボウがみんなから感謝されるんだよ?』
『な、なんでさ、街を救ったらスミカ姉ちゃんが感謝されるんだろっ!』
『う~ん、そうだけど、それは違うんだよね。私が虫たちを全滅させて救うってのと、私がここに来たことは同じ意味になるんだよ。むしろ、私をここまで連れてきたことに意味があるって話』
『え、あ、それって、わたしがスミカ姉ちゃんをここまで連れてきた事が凄く重要だったって事かい?』
スミカ姉ちゃんの謎かけの様な話に、しどろもどろに答える。
何となく言いたい事が見えてきた。
そんなわたしの答えに、少しだけ笑顔になって、
『そう。私がここにいるって事は、何があっても私が敵を殲滅させるからね。地下室でも言ったでしょ? 私にはその力があるんだって。だから自分の心配でもしてなよ。それじゃ』
そう言い残し、軽く手を振って屋根の上を駆けて見えなくなっていった。
戦いに行くスミカ姉ちゃんじゃなくて、わたしの心配をするようにって。
※
「だから、あんな化物に負けないで、 わたし、自分の事を心配するから……」
そんなスミカ姉ちゃんのやり取りを思い出して、自分を勇気づける。
『――――スミカ姉ちゃんは、ただのこの街だけの英雄さまじゃない。きっとこれからも色んな人を救ってくれる世界の英雄さまみたいな人なんだっ! だから絶対に負けないんだっ!』
ぎゅっとホウの手を握り、遠くに見える小さな背中に願いと声援を送る。
だからわたしは一番に自分の心配をする。
きっとこれがスミカ姉ちゃんへの応援になるから。
※※
その頃、澄香は――――
「一気呵成に行きたいけど、きっと特殊な何か持ってるはず。普通の個体とは明らかに違うし、それに身に着けているアイテムの効果もわからないから」
地中より姿を現した、20メートルを超えるハサミ虫の魔物を前に考える。
「それと、こんなのがここで暴れられたら、建物がめちゃくちゃになるよ。幸い透明壁スキルのレンジを超える訳ではないから、閉じ込めればいいけど」
巨大な虫の動きに警戒しながら、私ごと、スキルの中に閉じ込める。
最大で50メートルを覆えるので問題ない。
何かあれば、もう一機を連結して範囲を広げてもいい。
「よし、これで被害は最小限に抑えられる。後はどう戦うかだよね。ブツ切りにすれば倒せるかな? それとも圧し潰す? あ、それだと素材がもったいないのか? 気絶させてとかもいける?」
ヒョイと足場にしていた透明壁から飛び降りる。
『ギギギギギッ』
私の動きにすぐさま反応して、薙ぎ払うように私目掛けて胴体を振り払う。
それを見て、もう一度足場を作り時間差で地面に辿り着く。
横薙ぎに振られた首は、私を見下ろし、次なる攻撃を仕掛けてくる。
ブゥンッ!
それは地中から全身を出してのハサミを使っての攻撃だった。
サソリのように、私目掛けて巨大なハサミを頭上から振り下ろす。
「よっと」
トンッ
私はそれを意識して大袈裟に左側に避ける。
その巨大さゆえに、少しの方向転換で直撃する恐れがあったからだ。
ドゴォ――ンッ
巨大なハサミは地面を穿ち、人ひとり入れるぐらいの大穴を開ける。
そして、それと同時に、
ブゥン――――
「って、なんでもう1本っ! ま、間に合わないっ!? が、はぁっ!」
ドゴォ――――ンッ!
死角から現れた、もう1本のハサミの直撃を受けて地面に叩きつけられる。
「ま、まさか、2本の尻尾とハサミが武器だったの? う、うぐぅ」
巨大なハサミを体に突き立てられたまま、苦痛に声が漏れる。
この装備は頑丈だけれども、防御力はほぼ皆無だ。
だから攻撃を受けた衝撃は、そのままダイレクトに私の体に伝わる。
いくらアバターといえ、これ程の攻撃は私の存在維持に関わる。
「はぁ、はぁ、ぐ、マズッたね、もう少し様子見をするんだった……」
再度振り上げられた巨大なハサミを視線に映し後悔した。
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