第285話ボウとホウと巨大な虫




 ※前半は ボウの双子の妹の「ホウ」視点です。

 ※後半は スミカ視点です。




「お姉ちゃん遅いな。朝に出て行ったのに……」


 スミカと一緒にいるボウの双子の妹『ホウ』は、隠れている地下室を抜けて一人地上に出てきた。もちろん大人たちの目を盗んで。


「も、もしかして、虫の魔物に捕まってないよね? お姉ちゃんは色々な抜け道を知ってるから、大丈夫だと思うけど……」


 そう理由を付けて、自分の心を落ち着かせる。

 じゃないと姉の身が心配で、大声で探し周ってしまいそうで。



「うん、今はいないみたい……」


 地上に出て物陰からキョロキョロとあたりを見渡すが動く者はいない。

 建物の影にも屋根の上にも、通りにも。


「うう………………」


 でもそんな誰もいない光景でも思い出してしまう。


 数時間前におきた、非現実な出来事を。

 逃げ惑うみんなを襲った、あの恐ろしい虫の姿を。

 そして誰も彼も連れ去っていった、あの魔物を。



「そ、それよりもお姉ちゃんを探さないと」


 「ギュ」と拳を握り、建物の影に隠れながら移動する。

 街に助けを呼びに行った姉のボウを見付ける為に。


 

 そんな姉のボウは、逃げ延びた地下室での話し合いで自ら志願した。

 

 「わ、わたしが街に助けを呼びに行ってくるっ!」と。


 このままだと街が全滅の恐れがあるからだ。


 残った大人たちは、誘導してくれた長老のおばあちゃんと、孫娘のお姉さんの二人だけ。その腕には小さな子を抱いている。


 そんな中、姉のボウが冒険者ギルドと呼ばれるところを目指して出て行った。

 街の警備兵には正体を知られたくなかったからだ。


 それは一か八かの賭けに近いものだった。

 昔からある、この街との確執は理解しているから。





「ふう。もうスラムの外れに近いけど、ボウお姉ちゃんに会わなかった。まだコムケの街にいるのかな? それとも……」


 わたしは小休止とばかりに一つ溜息をし、石造りの小さな建屋に入る。


 その建屋には扉はなく間口は大きく開かれている小さな倉庫だった。

 中にあるのは少しの農機具と大きな麻袋。

 それがきれいに纏められている。


 積んでいる麻袋に座り「ふぅ」息を吐く。

 距離にしては対して歩いてないが、襲われる恐怖と心労で少し疲れていた。


 わたしは腰に結んである水袋をとり、一口口に含む。

 

「はぁ、みんな心配してるかな? 勝手に出てきちゃって…… でも心配なんだもん仕方ないよね? だって、たった一人のお姉ちゃんなんだもん……」


 薄暗い天井を見上げながら一人呟く。

 わたしと違っていつも元気で活発な姉を思い出して。

 いつも守ってくれた、カッコイイお姉ちゃんを思い出して。


 

 ズズズズ――――



「んっ? 何っ!?」


 後ろの物陰から、引き摺るような物音が聞こえる。

 わたしはすぐさま飛び降りて、薄暗い闇に目を凝らす。


『ギギギ、ギギ――――』


「あ、あ、あああっ! ――――」


 そこから出てきたものは、赤く光沢のある長い虫だった。


「む、虫のま、も、の? ――――」


 わたしは後ずさり、そのまま踵を返し走り出す。


「な、なんで、こんなところに…… きゃぁっ!?」


 わたしは数歩足を出したところで、背中に衝撃を感じる。

 そしてそのまま無数の足で絡めとられる。

 太腿まで抑え付けられて動けない。



「あ、あ、あ、こ、怖いよぉ、お、お姉ちゃ――んっ!」


 ギリギリと、虫の魔物が体を締め付ける。

 無数の足が、体中を掴みあげる。


「ううっ、も、もう……」


 ボウお姉ちゃんに会えないまま、きっとみんなと同じように……

 わたしも――――



「や、やめろぉ――――っ!!」


「え?」


 聞き覚えのある声と同時に、全身が後方に引っ張られる。

 誰かが引き剥がそうとしてくれてるのが分かる。


「ホ、ホウから離れろぉっ! このぉっ!」

「お姉ちゃんっ!!」


 それはボウお姉ちゃんだった。

 虫の固い体に手を掛けて引き剥がそうとしている。


「ホウっ! なんで出てきたんだよっ! 危ないのわかってただろうっ!」

「だ、だって、ボウお姉ちゃんなかなか帰って来ないんだもん、だから心配で」

「んんんんっ! は、離れろっ! このぉ、このぉ、このぉっ!」


 引き剥がすのを諦めて、拳を振り上げ虫の魔物を叩く。

 それでも固い殻に覆われて、怯む様子もない。



「ボウお姉ちゃんっ! 後ろにもっ!」

「え?」 


 必死なお姉ちゃんの後ろに、気付けば5匹の虫が現れていた。


「い、1匹でも、誰も敵わなかったのに、それが……」

「ううう、こ、こんなにどこから……」


『ギギギギギ』『ギギギギギ』『ギギギギギ』

『ギギギギギ』『ギギギギギ』『ギギギギギ』


「あ、あ、……」

「う、う、……」


 わたしたちは、その数を前に驚き言葉が出ない。



『せ、せっかくボウお姉ちゃんと会えたのに、わたしのせいで……』


 わたしは後悔した。


 わたしのせいで魔物が出てきてしまったかもしれない事に。

 そして勝手な行動で姉のボウを巻き込んでしまった事実に。


 だから――――


「ボウお姉ちゃん、逃げてっ! 今ならまだ――――」 

「あっ!」


 わたしは体を揺らして、ボウお姉ちゃんに体当たりをする。

 それを受けて、わたしとの距離が少し離れた。


 その瞬間、2メートルを超える5匹の虫は一斉に動き出した。


「は、早くお姉ちゃんっ!」

「ホウっ!!」


 わたしは叫びながら更に体当たりをする。

 ボウお姉ちゃんだけでも逃がしたくて。


 ただそうは思うがそれは恐らく不可能な事。

 街の大人たちでさえも誰も敵わなかったから。


 だからわたしに出来る事は時間稼ぎが精一杯。

 それでもわたしはお姉ちゃんが襲われるのを見たくなかった、


「お、お姉ちゃんっ! 早く逃げてってばっ!!」

「ホウを置いて逃げれる訳ないだろっ!」

 

 お姉ちゃんは必死に虫を剥がそうとするけど、

 たくさんの足がわたしを掴んで引き剥がせない。


「お願いお姉ちゃん、もう逃げてよ、じゃないと……」


 悔しくて、悲しくて、俯いて小さな声になってしまう。

 せっかく無事なお姉ちゃんに会えたのに……


 だ、誰か、お姉ちゃんだけでも、どうか――――



 スパンッ


「やっと見つけたよ。別に逃げなくてもいいからじっとしてて」


「え?」

「あっ!」


 そんな澄んだ声と共に、わたしを掴んでいた魔物がいなくなっていた。


 気が付くと目の前には、蝶の少女が一人立っていた。

 まるでわたしたちを魔物から守るように。



※※




「参ったね、子供の行動力と素早さを甘く見てたよ」


 広い通りを外れ、小さい石造りの建屋の脇に出る。

 さっきみた索敵の位置だと恐らくここで間違いない。


((ギギ、ギギギ――――))


「うん?」


 壁の向こうから、無数の悍ましい不快な音が聞こえる。


「これ、って?」


 私は急いで正面へと周り、中を覗き込む。


「うへぇっ!」


 そこには無数の、体表赤く、先端の顔だけが黒の、見た目ハサミ虫の魔物がいた。

 その全長は2メートルを超える。それが6匹。


 しかもその内の1匹は、ボウに似た少女に巻き付いている。

 そして近くにはボウ本人がいる。


『む、虫は正直苦手なんだけど、そんな事言ってられないな』


 タンッ


 私は一足飛びで飛び込み、四角柱を変化させた、短剣風を両手に装備する。

 そのまま胴体のつなぎ目を見つけ、2本のスキルで切断する。


 ザザンッ


「うげぇっ! まだ動いてるし」


 バラバラと別れて落ちた胴体は、ウネウネと地面で動いている。


 私はそれを蹴飛ばし、後ろの二人をすぐさま透明壁スキルで覆う。

 これで取り敢えずは二人の姉妹の安全は確保できた。


「やっと見つけたよ。別に逃げなくてもいいからじっとしてて」


 周囲を確認しながらスキルの中の姉妹に声を掛ける。

 虫たちは、私が来たことにより囲むように距離を取り始める。



「蝶のお姉ちゃんっ! あれ? 何かにぶつかってっ!?」


 ボウが私を見つけて喜び、声を上げ近づこうとする。

 だけど透明壁スキルにぶつかり、今度は驚く。


「二人はそこにいて。そこなら絶対安全だから。それとボウ、あなたがいきなり走り出すから心配したんだからね」


「ご、ごめんなさいっ! それよりも蝶のお姉ちゃん危ないよっ!」


「うん、わかってるよ。だってこんな巨大な虫見た事ないもん。恐らく表面の外皮も固いし、痛みも感じなさそう、それと生命力が半端じゃないだろうからね」


 それと巨大なハサミにも注意。後、かなりの素早さがある。

 ボウに言った他に分析をして、心の中でそう付け加える。



「さて、それじゃ数が少ないうちに、色々と試してみようか」


 威嚇するようにハサミを向ける、虫の魔物に向かって飛び込んでいった。


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