第284話スラムと呼ばれる場所とは




 ボウを抱えたまま、コムケの街とスラム街を分ける境界線に着いた。



「ボウ、この壁ってスラムの人たちが作ったの?」



 それは孤児院から北東に15分程進んだ、荒れた土地にあった。

 道中の途中から草木や雑草が生い茂るだけの景色となり、道などはなかった。


 それでも人や獣が通った跡らしい道と案内を頼りに辿り着いた。



「蝶のお姉ちゃん。これはわたしが生まれる前からあったみたいなんだ」

「それっぽいね、随分と古そうだし」


 街と街を分ける境界線っていうか、スラムと隔離するように伸びている壁。

 古いながらも、石造りの強固な壁がコムケの街とスラムを隔てていた。

 高さは5メートルを超えるものだ。


「う~ん、どちら側から作ったかは分からないけど、かなり大袈裟な壁だね。そこまでして街と街をわけたかったの? それか元々街の外壁だった可能性もあるわけか」


 かなり昔に、街を拡張した際の残された外壁の可能性もある。

 その向こう側にスラムの人たちが住み着いたのかもしれない。

 何らかの理由や、事件があって。



「あれ? それじゃボウはどっから街に入ってきたの?」

「あ、こっちからだよ、蝶のお姉ちゃんっ」


 そう言って、壁沿いに東側に走っていく。

 私はその後を小走りで付いていく。


 どんどんと木々が多くなり、足場も悪くなる。


『あれ? ここってナゴタたちの住んでる近くだよね』


 MAPを見て位置を確かめる。

 後方の小山を超えたあたりが、ナゴタたちが住むレストエリアに位置する。


 どうやらこの防壁は、林とスラムを跨いで立っているようだった。



「ここからだよ、蝶のお姉ちゃんっ!」

「ここって……」


 穴空いてるじゃん。


 案内された先には、子供が一人通れるほどの穴があった。

 地面から大体50センチくらいのところにポッカリと。


「こっちだよ」


 スルリと壁の中に消えていき、顔を出して手招きするボウ。


「いや、いや、大人の私は通れないよっ! 色々とつっかえちゃうし」

「え、大人? つっかえるの? 蝶のお姉ちゃん」


 一応私もボウの後に続いて挑戦する。

 入れなかったら上から行けばいいしね。


 スル


「………………あれ? 通れた――」

「………………」

 

 ストン


「じょ、冗談だよっ! 最初から通れるってわかってたから、あはは」 

「そ、そうだよね、蝶のお姉ちゃんはスタイルいいからな!っ あはは」


 乾いた笑いと、わざとらしい笑顔を浮かべる少女がここにいた。

 そんな中身が大人の、女性に気遣う幼女もここにいた。



※ 



「へぇ~、妹とは双子なんだ。名前も似てるね、そう言えば」

「うん、わたしが『ボウ』で妹が『ホウ』だからなっ!」


 何やら嬉しそうに話す。


「なになに? いい子の妹だったりするの?」

「うん、頭もいいし、優しいし、わたしとは正反対なんだっ!」


 林の中を歩きながら、自慢げに話すボウ。

 その笑顔を見ていると、妹が好きなんだってわかる。


「それで、ここを抜けると妹たちがいる街に出るんだよね?」

「う、うん。ホウもみんな無事だったらいいんだけど……」

「…………………」


 一転して、妹と仲間を憂いて俯くボウ。

 確かに大切な妹がそんな状況なら、姉の立場としては非常に心配だろう。 



 そんな状況になった、道中でボウから聞いた詳細はこうだった。


――――


 街の人間は凡そ80人。


 ボウが朝起きると、街の中を何かから逃げる人々がいた。

 悲鳴や絶叫をあげ、逃げ惑う人々には虫の魔物が襲い掛かかっていた。


 そんな状況下でも子供を逃がそうと、武器を手に戦った者もいたが、数の多さで劣勢になり次第に倒れて行った。その倒れた人々にさえも、虫は襲い掛かっていたそうだ。


 そしてボウたち姉妹は、残った大人たちの誘導の元、今はみんな固まって、地下に避難している。だが残ったのは殆どが子供だけだった。



「虫?」

「そ、それが見た事もない大きさだったんだよっ!」


 そう言って、ボウが両手を大きく広げる。


「そんなに大きいのっ!?」

「違う、この倍はある大きさなんだっ!」


 私はその大きさを目にして驚く。

 小さいボウの手でも1メートルくらいはある。その倍って……。


「そうなんだよっ! そいつらがみんなを捕まえてどこかに……」


 その光景を思い出したのか、ボウは言葉尻が小さくなる。


「その大きな虫の特徴とかわかる?」

「う、うん、長くて足がいっぱいあった。もの凄く速かった……」

「そう、ありがとう…… のど乾いたでしょう? これあげる」


 怯えるボウにドリンクレーション(練乳味)を差し出す。

 随分と怖い事、思い出させちゃったみたいだし。


「あ、ありがとう、蝶のお姉ちゃん―― んぐんぐ…… あ、甘くて凄くおいしいよっ! 一体これ何なのっ!? あ、体も軽く?」


 驚きと笑顔の混ざったような顔で喜ぶボウ。


「あははっ! 良かったね。おかわりあるから、のど乾いたら言ってね?」

「うんっ!」


 さっきの事を忘れてコロコロと表情の変わるボウを撫でる。


『さぁ、ここからは気を引締めて行こう。未知なる何かがいるからね』



※※



 ボウとふたり林を抜け、拓けた土地にでる。


 幸い、その大きな虫に襲われることはなかった。

 私の索敵にも、それらしい姿が見えなかった。



「うん? ここって街? 集落?」


 実際には集落に近い物だろう。


 街って言うほど人口も面積もないんだから。

 スラム街っていうのは通称みたいなものだろう。



「なんで、石の建物と木の建物が混ざってるの?」


 石でできた頑丈な建屋と、木材で作った簡素な家が混在している。


「わたしも知らないんだ。頑丈なのは昔からあったから。それよりもみんなはこっちにいるんだっ! 早く蝶のお姉ちゃんっ!」


「あ、ちょっと待って、危ないからっ」


 ボウは私の制止を振り切って、全力で建物の間を駆けていく。


「心配なのはわかるけど、不用心過ぎるってっ」


 ボウを追いながら、私もチグハグな種類の建物を抜けていく。


 タタタ――


「…………人っ子一人いないね。避難したところに大人しく集まってるのかな? って、見失ったしっ!」


 ボウが曲がったらしい、建屋を曲がるとその姿が見えない。


「もう、私を連れてきて、その私とはぐれてどうするの。 ふぅ、仕方ない。走りながらは邪魔だけど索敵モードで探そうか」


 小走りしながら索敵モードに切り替える。

 すると直線で50メートル先にマーカーを見付ける。


「あ、なんだ、この先にいるのか。でもMAPが出来てないから、建物の中か地下かわからないな。すぐ見付けられればいいけど」


 位置を確認して通常視界に戻す。


 障害物が無ければ、ものの数十秒で合流できるだろう。


「よし、ボウを見付けたら少し注意しないとダメだね」


 そう独り言ちて、通常視界に戻して走り出す。



――――――



 ただ、その時は気付けなかった。



 見つけた事に安堵して、マーカーの数を見落としていた。

 そこに浮かんでいたマーカーの数は2つ。

 恐らく一つはボウ。残りは不明。



 そして索敵を解除した直後に――――


 その二つ以外の周囲に、無数のマーカーが増えていた。


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