第283話英雄と出会う助けを請う少女




「強い大人がここには一杯いるんだろっ! だから妹やみんなを助けて欲しいんだっ! ここには英雄さまがいるって、だから――――」


 必死にクレハンに懇願する子供。


 麻袋を被って、手足を出しただけのような、みすぼらしい格好。

 見える素肌も髪も薄汚れていて、背丈は小さく手足も細かった。



「みんないないけど、もしかして街の外に行っちゃった?」


 私はフロアを見渡して、歩きながらクレハンに声を掛ける。

 冒険者らしき人影はなかった。


「あ、スミカさん。今の時間は依頼と、ナゴタさんたちとの訓練で出払っています。なのでわたしと職員だけになっています」


「そうなんだ。ルーギルも付いてたって事? あの男仕事してんの?」

「一応付き添いって名目らしいです。わたしもご一緒したかったんですがね」


「だ、だから眼鏡の人っ! 英雄さまを連れてきてよっ!」


 悠長に私と話すクレハンに向かって、面と向かって叫ぶ子供。



「あのですね、さっきも説明しましたが、ここは依頼を出して即日に承認はされないんですよ。色々と適正なランクを調査しなくてはならないので。緊急依頼なら別ですが」


「だったら、緊急ってやつを出すよっ! だから妹をっ!」


「あなたは依頼料をお支払い出来るのですか? 緊急ですと高ランクに値しますし、それなりにお金もかかりますよ?」


「だったら、アタシが働いて払うよっ! だから――――」


「う~ん、あなたはスラムの人間ですよね? 情報の真偽もですが、あまり干渉しない風潮になってるんですよ、あなたがたスラムの人間とは。それはわかりますね?」


 最後、クレハンはしゃがみ込んで、目線を合わせ諭すようにそう話す。


「そ、それならば、英雄さまならきっと助けてくれるよっ! だから呼んでくれよっ! だから呼んでください、英雄さまを―――― 呼んで、妹を――――うううっ」


 クレハンのいう事も理解したのだろう。

 最後の方は涙声になり、俯いてしまう。

 次第にポツポツと涙が流れ、床には黒くシミを作る。


「あ、あのぉ、あなたが言う英雄さまならさっきからいますよ? ずっと」


 さすがに幼い子供を泣かせて罪悪感を感じたのだろう。

 目線で私を見ながらそう話す。


「えっ?」


 子供はクレハンの言葉にすすり泣きを止め、周りを見渡す。

 その瞳は一瞬にして希望に満ちた目に変わる。


「ど、どうもっ」

「っ!?」


 職員以外の、たった一人の私を見つけて目が合う。

 私はヒラヒラと手を振る。


「う、うわぁぁぁ~~~~んっ!!」


「………………」

「………………」


 私を見て、クレハンに騙されたと思ったのか

 今度は夢も希望も無くしたかのように、号泣する子供。


「…………何があったの?」

「………………はい、お話します」



※※



「確かに信憑性が無さ過ぎるね? これではギルドも動けないんだ」


「はい、そうですね。一晩で50人以上がいなくなり、逃げ延びたのが子供を含む30人だけ。それと襲ってきたらしい敵が虫の類とは」


 今は2階の個室に移動してクレハンを含め話を聞いている。

 スラムの子供は隅の椅子に座って大人しく聞いている。

 

 そして時折チラチラとこちらを見ている。


「虫の魔物って実際いるの?」


 いたら嫌だな、と思いながら聞いてみる。


「いるのはいますが、数十人の人間をどうこうする程の魔物はいませんよ。もっと暖かい南の大陸には、巨大な魔物もいるかもしれませんが……」


「はぁ~~」


 やっぱりいるんだ、虫の魔物。


「あ、あのさぁ」


 今まで黙って聞いていた子供が口を開く。


「ほ、本当にその人が英雄さまなのかい? そ、そのぉ、そんなに小さいのに」


 ああ、そう言えばさっきからチラチラ見てたっけ。

 2階に上がる前に、職員も含めて私の事説明したからね。本物って。


「そうだよ。一応ね」

「だったら、証拠はっ!」

「証拠? ねぇ…… だったら一緒に行ってあげるよ。あなたのその街に」

「え?」

「ス、スミカさんいいのでしょうかっ!? 依頼料はきっと――――」


 ここまでのやり取りを聞いてクレハンが口を挟む。


「いいよそんなの。私の個人的な興味だし、気になる事もあるし、それにあなたは妹を助けたいんでしょ? もしかしてお姉ちゃんだったりするの?」


 みすぼらしい格好ながらも、女性らしい膨らみを見つけて尋ねる。


「そ、そうだよ、ですっ! わ、わたしは――――」

「いいよ、普通に話して。あなたが言う英雄さまって証拠もまだないし、それに決まったんならすぐに行こうか? 話は向かいながら聞くから」

「だ、だって誰も来てくれないと思ったから、わたしは――――」

「それも行きながら話そうよ。妹が危ないんでしょ?」

「は、はいっ!」


 私は女の子に近付き胸元に抱き上げる。

 ユーアよりも幾分軽い。


「え? へ?」


「それじゃクレハン。私ちょっと行ってくるよ。ナゴタたちには心配かけるから伝えなくていいからね、それとルーギルにもね」


 窓枠に足を掛けながらクレハンにそう伝える。


「はぁ、本当にあなたは英雄と呼ばれるものを持ってますね。わかりました。こちらは何もなかったことにしておきます。スミカさんが戻るまでは」


 ため息をつきながら、笑顔で答えるクレハン。


「うん、帰ったら報告するから、それでよろしく」


 タンッ


 私は窓枠から飛び降りて、透明壁スキルで足場を作る。


「わ、わわわっ!」


 そして腕の中の驚く女の子をよそに、屋根の上に出て駆けていく。

 目指すは初めてのスラム街。



「そう言えば、名前は?」


 タタタタ―――― 


 腕の中でキョロキョロと落ち着きない女の子に声を掛ける。


「ボ、『ボウ』だ、ですっ!」

「だから普通でいいよ」

「だ、だってわたしのこんな話に来てくれるなんて……」

「でも、ボウはそのつもりで来たんでしょ? 冒険者を頼りに」

「そ、そうだけど、無理だと思ったからっ」

「その理由は、やっはりクレハンが言ってた事?」

「そ、そう。信じる信じない以前に、わたしの街はあまり良く思われてないから」

 

 そう腕の中で目を伏せて話すボウ。


 確かに商業ギルドのマスメアも、ナジメも似たような事を言っていた。

 それを理解しているからこそ、無理だと思ったのだろう。


 ダメかもしれない、無理かもしれない、追い出されるかもしれない。

 それでも守りたいものがあって、こんな子供一人で街へやってきた。

 


 こんな小さな子供が、大きな不安を抱えたままで――――



『本当に、この世界の子供たちは強いし、苦労してるよ。こんな子供たちが作る街や未来を見てみたいよ。今よりずっといい世界になるんじゃないの?』


 

 そうしてボウに話を聞きながら、この街とスラムとを分ける境界線に着いた。


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