第12蝶 スラム復興編
第282話変態兄妹と因果応報
「ニスマジじゃ」
「えっ?」
「マスメアはニスマジの妹じゃっ!」
「な、なるほど…………」
「だから諦めるのじゃ」
「ってそんな事で納得したくないよっ!」
私はソファーに押し倒せられながら、天井のシミを数えている。
「う、くぅっ!」
「むふぅ、むふぅ」
じゃなくて、覆い被さってくるマスメアを手四つで防いでいる。
意外と力が強く、手加減が難しい。なので思いっきり返せない。
後、鼻息がうるさい。
「つ、強いです。さすが英雄さまですね……」
スッと腕の力が抜けて立ち上がるマスメア。
「ほっ」
どうやら諦めてくれたみたいだ。
「昔は私も冒険者でならしたものですが、さすがこの街を救って下さった英雄さまです。お聞きによると、ナジメちゃんとも、悪名高いナゴタ姉妹にも勝っていますし、当然なのでしょうね」
ニコと微笑み、眼鏡と襟元を正しながら手を差し出してくる。
中々気遣いの出来る大人の女性って感じだ。
それに対し、私も笑顔で手を伸ばす。
「それにしても、ニスマジとは、見た目似てない…… って、わあっ!」
ぐい
ガシィ!
マスメアは差し出した手を引き寄せ、そのまま私に抱きついてきた。
「油断大敵ですよ? 蝶々の妖精スミカちゃ~んっ!」
「~~っ!」
力強く抱きつかれ、耳元で勝ち誇ったように呟くマスメア。
ガッシリとホールドされて引き剥がせない。
「クンカクンカ」
「って、なに首筋の匂い嗅いでいるのよぉっ!」
「美少女の臭いは格別ですね。これでまた仕事に身が入りますよ」
「こ、今度はどこ触ってっ!?」
「ふむ。見た目よりも、もっと細いのですね、服装のせいでしょうか? 腰回りなんか折れそうですよ。お尻は小ぶりの割には形がいいですね。ん、胸はわずかに膨らんでいる程度ですか、これはこれで、ナジメちゃんよりも……」
「っ!!!!」
両手でロックした状態で、私の身体の分析を始めるマスメア。
「じゃから諦めろと言ったじゃろ? ねぇね」
「くっ!」
その隣ではナジメが同乗するような目で見ていた。
『ま、まさか私がユーアにしてる事をされるとは……』
私は諦めて天井を仰ぐ。
もちろんそこにシミは見当たらない。
『ユーアもこんな気持ちだったのかな? 実は嫌がってたのかな?』
同じ情景を思い出ししんみりする。
もしかしたらユーアも諦めてたのかもしれないと……
それでもユーアの温もりは私に必要なもの。
精神が疲れた時は癒しになる、私だけの魔法のアイテム。
『それに、私とユーアは相思相愛なんだから別にいいよね?』
「クンクン」
「………………」
もうどうでもよくなって、脱力して身を任せる。
その抱き付き行為は、マスメアが満足するまで続けられた。
それとこの人物はユーアには会わせられないな、とも思った。
ユーアの美幼女ぶりを目にしたら発狂しそうだし。
私の妹に何するかわからないし。
※※
「初めまして、スミカさん。わたしはここのギルド長のマスメアですっ!」
コホンと一つ咳払いした後で、マスメアが自己紹介する。
その顔は晴れやかで、肌が艶々してるように見える。
「今更遅いしっ! それにギルド長なのっ!?」
「はいそうです。兄のニスマジとは仲は良くありません」
正直その情報は今はどうでもいい。
「でもなんで、仲悪いの?」
それでも一応聞いてみる。
私も中身は大人なのだ。
コミュニケーションの大事さは知っている。
「それは変態だからです。格好も話し方も」
「………………うん、わかるよ」
いきなりトーンが下がり端的に答えるマスメア。
でも微妙に納得できない。ニスマジと同類を見ているようで。
「も、もういいじゃろうか。マスメアよ。離れてくれなのじゃ」
ナジメが堪らずと言った様子で口を開く。
私の次はナジメが、その標的になってたからだ。
「ありがとうナジメちゃんっ! あ、ナジメさま」
パッと離れてナジメの名前を言い直す。
きっとマスメアの中の何かのスイッチが切り替わったのだろう。
通常モードに戻る為の。
よく知らないけど。
そうしてようやく話の続きが始まることとなった。
とんだ災難だった。
※
「それで結局孤児院の林は全部買うの?」
マスメアから解放されたナジメに聞いてみる。
「うむ。買う分には問題ないのじゃが、ちと気になる輩たちがおるのでな」
「気になる輩?」
「そうですね、小山の向こうの林の部分にはスラム街が含まれてますからね」
マスメアはそう言って、広げたままの地図の一部を指で示す。
「ここって、さっき言ってたスラムって場所?」
孤児院から貴族街と逆に、前の道りを追っていくと空白の区画がある。
ほぼ街の外壁に近いあたりだ。
それと孤児院裏の雑木林を目で追っていくと、小高い山の向こう側の林と、空白の部分が繋がっているように見える。
要は、そのスラムの場所と、雑木林の一部が繋がっているって事だろう。
「なら全部買わないで、ナゴタたちまでの土地を買えばいいんじゃない?」
「そうじゃな。関わる必要がないならそれに越したことはないからのぅ」
ナジメが私の提案に了承する。
それにしても……
「なに? そんなに面倒な奴らなの? 対処出来ないくらいに?」
ナジメの言い方が気になり聞いてみる。
『藪をつついて蛇を出す』
みたいに、かなり厄介に聞こえたから。
「面倒くさいというか、奴らは勝手に自分たちの住処にしているだけなのじゃが、それでも街と呼ばれるものを形成しておるのじゃよ、不当にだがのぅ」
「うん」
「それに、奴らの規模も人数も把握しておらぬし、聞くところによると、何らかの戦う手段を持ち合わせているらしい。なのでこちらの被害も甚大になるものと思うのじゃ」
「う~ん」
それと、過去に封鎖して住人を追い出した事もあったらしいが、それでもそこかしこから入り込んで、一向にいなくなる気配がないらしい。人数も規模も不明な状態らしい。
「なので、他の街でもそうですけど、実害がないところは基本そのまま放置です。下手につついて街を危険にさらす訳にはいかないので」
最後にマスメアが注釈を入れて、スラムの話は終わりになった。
※
「それでは土地の件は承りました。数日でナジメさまが所有者になります」
「うむ、よろしく頼むのじゃ」
書類にサインをして、土地の件は一応片付いた。
私の意見通りに土地の購入はナゴタたちの住むエリアまで。
「スミカちゃんは登録なさらないのですか?」
一息ついたところで、笑顔でマスメアが聞いてくる。
「今は別に必要ないかな? 欲しかった土地もナジメが買ってくれたし」
「そうですか…… 今後機会がありましたらぜひっ」
「そうだね、考えておくよ」
考えるも何も入る気はないけど。
それに入ったらここに来る機会が増えるし。
マスメアと顔を合わせる回数も増えるし。
会うたびに匂い嗅がれるのも嫌だ。
それだけは遠慮したい。
『それと、私の中の大事な何かが減りそうだし、世界観が変わっても嫌だし』
先ほどのマスメアの行為を思い出して身震いした。
「それじゃ話は終わったなら帰ろうか? ナゴタたちの様子見たいから」
用意されていたカップの紅茶を飲みほして席を立つ。
今、ナゴタたちは冒険者ギルドにいる予定だから。
「あ、わしは工事の打ち合わせもあるから、もう少し時間かかるのじゃ」
立ち上がった私を見上げてナジメが口を開く。
「そうなの? う~ん」
「じゃから先に帰ってても大丈夫じゃよ」
「うん、わかったよ。それじゃお願いね」
「また来てくださいねっ! スミカちゃんっ!」
「う、うん、その内ね」
ナジメとマスメアに見送られ、商業ギルドを後にする。
「ナゴタたちはキチンと教えられてるかな? ナゴタは大丈夫だけど、ゴナタは苦手そうだよね、人に教えるのは」
今日の予定では、ナゴタとゴナタは冒険者への指導に行っている。
だから帰りがてらに様子を見て行こうと思った。
パーティーメンバーの仕事をぶりを見るのもリーダーの務めなのだ。
一人歩く事5分。
冒険者ギルドの前に来る。
「隣の練習場にはいなかったから、中で座学とかしてるのかな?」
一人呟き扉に手を掛ける。
練習場には人っ子一人いなかったから。
「うん? なんかやけに中が盛り上がってるね? 余程面白い講義してんの? …………じゃないね、これは子供の声だ」
中からクレハンと子供の声が聞こえてくる。
私は手を掛けたままの扉を開ける。
「考えるより、見たほうが早いしね」
するとそこには――――
「助けてくれよっ! ここは強い大人が集まるところだろっ!」
クレハンに食って掛かる子供がいた。
身に付けてるものは、初めて会った時のユーアよりみすぼらしいものだった。
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