第272話待ちくたびれた激おこ幼女




 小高い丘の上のロアジムの屋敷を超えると、その下った先にナジメのお屋敷があった。森を背に、ロアジムの屋敷に勝るとも劣らない豪邸ぶりだった。 


 レンガ造りの洋風な数々の屋敷とは違い、ナジメのお屋敷は木材が主で、屋敷というよりは、まるで巨大なロッジ風。その形状は3階建ての「塔」のような変な形だった。



 そして、その屋敷の玄関の前には、幼女が仁王立ちしている。


 深緑の髪のショートカットにクルリと真ん丸な瞳。

 口元には八重歯が覗き、頬っぺたはツンツンしたくなるほど膨らんでいる。


 なぜか着ている服は旧スクール水着。

 そこから覗く手足は短く小さい。そしてお腹がポッコリしている。


「何やら、随分と遅かったではないかっ! もう昼をとうに過ぎておるのじゃっ! みんな待ちきれずにお昼寝してしまったのじゃっ!」


 そんな怒鳴り声を上げ、私たちを出迎えたのは、この屋敷の主のナジメ。

 幼女に見えても、実年齢は106歳。


 一応この街の、現領主さまだ。



「ロアジムのところで色々あったんだよっ、だから忘れてたとかじゃないから」

「ナジメちゃん、ボクもハラミの事でねっ、だから忘れてないんだよぉ?」

「ア、アタシだってもちろん忘れてないわよっ! ただバサのやつがさっ!」


 何やらご立腹の様子のナジメ領主さま。

 頬っぺたが破裂限界のモチみたいに膨張している。

 そんなナジメに平身低頭する私たち。


「なるほど。何やらロアジムのところで大変じゃったようじゃな?」


「そ、そうなんだよっ! だから遅くなっちゃったんだよっ」

「「うん、うんっ!」」


 どうやら、これだけでナジメも察してくれたようだ。

 元々ロアジムとも付き合いが長いのが理由だろう。



「それで、なぜねぇねも含めて、みな忘れたと連呼するのじゃ?」


「「「えっ!?」」」


 妙なところで細かい幼女。

 それを聞いて、お互いの顔を見渡す私たち。


「い、いやだなぁ、ナジメっ。それは口癖って言うか、たまに私が冗談で使うよねっ! 『手紙を出すのを忘レター』なんちゃって」


 何とかこの場をやり過ごすために、渾身のダジャレを披露する。

 さすがにこれを聞いては、平常心ではいられないだろう。

 きっと爆笑と共に、細かい事なんて忘れるに決まっている。



「何を言っているのじゃ、ねぇね」


「へっ?」


「何を言っているの? スミカお姉ちゃん?」


「え?」


「スミ姉、はぁ~」


「………………」


 何コレ?


 もしかしてダジャレが高度過ぎて、まだ幼女には伝わらなかった?

 だったら、もっと低レベルを披露すればよかった?

 何て少しだけ後悔する。


 ならナジメに理解できなかったのは仕方ない。

 幼女うんぬんより、種族も文化も違う恐れがあるからね?


 でも、何で私の陣営のユーアとラブナも呆れた顔してるの?

 そこは私をフォローするところだよね?

 それと、ため息だけって一番傷つくんだけど、ラブナめっ!


「それに、ねぇねだけじゃなく、ユーアたちも忘れたと――――」


「あっ! そう言えば、この前屋台で美味しい串焼き買ったんだよっ! 珍しく海鮮物の串焼きなんだけど食べる?」


 まだ何かを言いかけたナジメの前に、熱々のエビらしいのやら、サザエっぽいのや、白身魚風な素材を使った串焼きを差し出す。


 ダジャレが無理なら、食欲に訴えてやる。


「う、うむっ。いただくのじゃっ!」


 すかさず受け取り、速攻でかぶりつくナジメ。


「むぐむぐ。美味いのじゃぁっ!」


「それでさっきの話なんだけど、遅くなってごめんねっ」

「ボクもごめんなさいっ! ナジメちゃんっ!」

「アタシも一応謝っておくわっ! ごめんねっ」


 ご機嫌のちんちくりんのスク水幼女に、頭を下げる私たち。

 どうやら、領主も三大欲求には逆らえなかったようだ。


 でも、正直こんな姿は誰にも見られたくなかった。

 幼女相手に、揃って頭を下げるなんて真似は。


 だけど――



「くすくすっ」

「うふふっ」

「あらぁん、面白い光景だわねぇっ」


 だがそれは手遅れだった。


 メイド服に着飾った若い女性二人に失笑される。

 恐らく、ナジメのところのお手伝いさんだろう。


 その中の二人で気になるのが、フリフリヒラヒラした本物メイド服を着用している。

 本物っていうか、それ系の喫茶店でよく見る衣装。

 要は、コスプレってやつだ。


『ま、まぁ、コスプレはどうせまたナジメが仕入れてたとして、それよりも……』


 そんな二人よりも違和感バリバリな人物がここにいた。



「な、なんでニスマジがここにいるのよぉ――――っ!!」


 その変態を指さし絶叫を上げる。


「なんでって、ボクもいていいでしょ、スミカお姉ちゃんっ!」 

「もういい加減、その服脱ぎなよっ! あとその口調もやめてっ!」


 何故か、ナジメの屋敷で会ったニスマジはコスプレをしていた。

 それは私がユーアに買ってあげた白いワンピースだった。


 相変わらず、サイズの小さいワンピースを無理やり着ている。

 ピチTならぬ、ピチワンピース。


 ゴツゴツした手足が袖やらスカートから覗いて気持ち悪い。



「あらぁ? だってスミカちゃんある程度なら、好きにしていいって言ってたじゃない? Bシスターズの売り込みは任せるともぉ」


「そ、それは言ったけど、だからってこんなとこまで着てこないでよっ! 宣伝したって仕方ないでしょっ! ここは貴族の住む街なんだからっ!」


「意味なくないわよぉ。わたしは貴族の方々に売り込みにきたんだからぁ」


「貴族に? なんでまた?」


「それはロアジムさんに呼ばれたからに決まってるじゃない」


 人差し指を立てて満面の笑みで答える。


「いや、いや、もっと意味が分からないよっ! なんでここでロアジムが出てくるの? それにナジメの屋敷にいる理由は?」


 ナジメのお手伝いさんの衣装と事と言い、ニスマジがここにいる理由といい、どこから聞いていいのか分からない。


「別に難しい事ではないわよぉ。元々わたしのお店は、貴族街と言われる、このあたりのお店に商品を卸しているしねぇ。前にも言ったわよね。販売よりそっちが主だって話は」


「う、うん、まぁ、確かにそう聞いたかも」


 それはナゴタとゴナタを、ニスマジのお店に案内した時に聞いた。


「それでナジメ領主さまには、注文されていた商品を届けに。その帰りにロアジムさんのところへお邪魔するつもりよぉ」


「う~ん。なるほど。 なのかなぁ?」


 何となく納得いかないので、もう少し細かく聞いてみる。


 その話によると――



 ナジメのところに来た理由。


 それは孤児院の子供たちに必要なものを届けに来たって事。

 新しい寝具や家具。それに肌着や衣服。などの生活用品を。


 それらをマジックバッグに入れて持ってきてるらしい。

 依頼主のナジメに届けるために。



 ロアジムの件。


 それは、元々ロアジムとは付き合いがあったって話だった。

 この貴族の住む街でも、ニスマジのお店のお客さんとしても。

 

 それで今日呼ばれた理由は、Bシスターズの関連商品を見たかった。

 色々と私たちの衣装や、それに流行らせるための新しい衣装を。


 なのでニスマジはその為の売り込みにきた。

 だからムツアカたちがいる今日が都合が良かったのだろう。


『いや、私がお邪魔する件と、ニスマジが来るのを合わせたってのが普通かな? そうすれば、おじ様たちの招集も一回ですむからね』


 聡明なロアジムならば、そうすると思う。

 それじゃないと、二度手間になるからね。



『ま、まぁ、向こうで会うよりはここで会った方がましだったのかな? あっちで会ったら、いい見世物になってそうだし……新衣装なんて言ってるし……』


 ナジメの串焼きを物欲しそうに見ている、ユーアを見てそう思った。

 ファッションショーを回避できたことに安堵しながら。


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