第256話ラブナの想いと実感する実力差



「ユーア、アタシがバサの動きを少しだけ止めるから、その隙にアイツを撃ってっ! いいわねっ?」


「うん、わかったよラブナちゃんっ!」


「土よ、水よ、我が敵を飲み込む地面となれ『泥沼』!」


 アタシはユーアに指示を出して魔法を唱える。

 うまく行けばバサに一撃与えられるかもしれない。


「な、なによっ? 足元を沼に変えたのっ!」


 バサは急速に沈む自身の足元の変化に驚く。 


 シュン  


 それを見てすぐさまユーアが光る矢を放つ。


「って、今度は短弓っ!?」


 バサは足をぬかるみに取られながらも体を捻り、難なくこれを回避する。

 さすがの身体能力の高さだ。

 

「もうっ! 何であのタイミングで躱すのよっ!?」


 アタシは直撃はしなくとも、多少なりとも慄くバサの姿を思い浮かべていた。

 なのに、バサは十分に引き付けてから目で見て簡単に躱していた。


 バサはナジメとの対戦の時、襲い来るナジメゴレムの10本もの触腕を、

捌き、躱し、見極め、中心の本体のナジメまで辿り着いた。


 恐らくアマジファミリーの中では、一番に体の扱いに長けている。

 バサは身体能力に関しては、あの中で一番優れているのだろう。



「まだだよっ!」

「えっ!?」


 だがアタシたちの攻撃は終わっていなかった。

 目の前のユーアが第二射を放ったからだ。


 小さい指で引かれた引き金は1度に5本の光の矢を放つ。


「なあっ!?」


 それはバサを中心に扇形の様に広がり

 正面、頭上、そして左右から襲い掛かる。


「よ、よし、これなら直撃よっ!」


 ユーアの放った光の矢の5本全てが、バサを直撃する。


「よっしゃーっ!」

「やったーっ!」


 そしてそのまま、驚愕の表情のまま、固まったバサを


「うへ? 通過したのぉっ!?」

「にゃぁっ! ああっ!」


 その光景を目の当たりにし、二人そろって気の抜けた声を上げてしまう。


 だってそれって――――


「ちょっとっ! 魔法は使わないんじゃなかったのっ!」


 アタシは堪らず、ユーアの肩に手を置き、身を乗り出してそう叫ぶ。

 あの幻惑魔法を使うのはルール違反だから。



「はぁん、何言ってるのぉ? 俺は『身体魔法関連』の使用は制限されてるけどぉ、それ以外は特に言われてないわぁ。それにこの『投影幻視』は魔法でもないけどねぇ」


 バサはぬかるんだ脇の、平坦な地面に立ちながら正論で切り返す。


 ユーアとハラミは、バサの登場にいち早く反応してた。

 それでも些か遅かった。


「ぐぬぬ~~っ!!」

「むむむ~~っ!!」


 両手を広げて、おどけた口調で話すバサに、ますます腹が立つ。


「それよりも、本当に驚いたわぁ。ハラミの獣魔の扱いもそうだけど、ラブナちゃんの属性魔法の数々。そしてユーアちゃんの腕前も凄かったわぁ」


 どこかうっとりとした表情でそう語るバサ。

 そこに含みは感じられない。



 だがしかし――――


「でもぉ、やっぱり未熟過ぎだし、伸びしろなさそうだし、その年で魔力も少ないし、体も貧相だし、そんなのパーティーに加えたリーダは、やっぱりダメよねぇ」


 「ふぅ」と短く溜息をつきながら、何気なく辛辣な言葉を吐く。

 含みうんぬんの話より、ハッキリと言われた事で心が騒めく。


『………………コク』 

『………………こく』 


 アタシとユーアは顔を見合わせ、お互いの心情を理解して頷き合う。


 コイツには絶対に負けたくない。

 リーダーのスミ姉への暴言を全て撤回させてやる。


 そう再度心に誓ってバサを鋭く睨む。



「あらぁ、色々図星だったみたいねぇ。でもそんなに落ち込む事でもないわよ? 悪いのはあなたたちではなくて、仲間に加えた変な格好のリーダーなんだからねぇ」


「………………」 

「………………」 


「それと、このままじゃ時間切れで終わっちゃうから、俺と取引しない?」


 黙ったままのアタシたちを、落胆したと勘違いしたバサが提案する。


「何よ? 取引って」


 アタシはチラと、砂時計を確認しながら返事をする。


「………………」


 大丈夫。

 砂時計が落ちきるまでは、まだ半分以上残っている。


 何のつもりかわからないけど、聞いてみる価値もある。

 この間に何か作戦を考える時間も稼げる。



「簡単な事よぉ。俺がわざと負けるから、その代わりハラミを――」


「ダメっ! ボクはハラミとラブナちゃんと協力して、絶対に勝つんだもんっ! そして謝ってもらうんだもんっ!」


「え? ユーア、謝ってもらうって?」


 アタシはバサの話を聞こうと耳を傾けていた。

 何か益な取引があるかもしれないからだ。


 なのに内容を全く聞かずに、即座に反対するユーアに少し驚く。


「ラブナちゃんっ! この人がわざと負けたって、スミカお姉ちゃんの悪口を言ったことを謝ってくれないんだよっ! ボクたちで勝たないとダメなんだよっ!」


「………………そう、だね」


 ユーアはたどたどしいながらも、声を張り真摯な目でアタシを見つめる。

 「ギュッ」と小さな拳を強く握りながら。


「そうよねユーア、それじゃ悔しいわよねっ! アタシたちが舐められたままってのもあるし、シスターズ一員としても、入れてくれたスミ姉の為にも、実力で勝ってそれを証明するわよっ! じゃないと気が済まないわっ!」


「うんっ! ラブナちゃんっ!」


 ユーアは強く握っていた手をほどき、アタシの手を取る。

 そして胸の前で強く握りしめる。


『たく、何やってんのよアタシはっ! 敵の言葉に耳を貸すなんてっ!』


 アタシはなんで、バサの話を聞こうと思ったんだろう。

 作戦なんて、ハラミと戦場を駆け回りながらだって出来るのに。



 それなのにそう思ってしまったのは、心の弱さが原因だと思う。

 勝とうと決めたのに、勝てないと悟った、弱いアタシがいたからだ。


 そんな弱い心が何かを期待してしまった。

 敵であるバサの言葉に心が揺れ動いた。


『アタシがこんなでも、ユーアは諦めてなかったわっ! まるでスミ姉のように何があっても揺れないし、惑わされない強い心を持ってるわっ!』


 だったらアタシもユーアに負けてられない。

 アタシも強いスミ姉の妹だと思っているから。


 だからアタシも見習わなければならない。

 一番の妹と、一番の姉を。


 何者にも曲げられない、スミ姉の魔法のような絶対障壁の心を。



「ユーア、ハラミっ! 少しだけバサの動きを何でもいいから牽制してっ!」


「うん、わかったよラブナちゃんっ! ハラミもお願いっ!」

『がうっ!』


 アタシはユーアに声を掛けて、次なる魔法の準備に入る。

 もう魔力の残量なんて関係ない。


 そもそも最初から最後まで、全力で掛からないと敵わない相手だった。

 細かい戦略や奇策なんて最初から必要なかった。


 そんなものは実力が拮抗したもの同士の事。

 圧倒的格下のアタシたちが、何を企んでも通じない。


 だから最初からやる事は決まっていた。



「あらぁ? どうやら交渉は出来ないみたいねぇ。ならもう少し遊ぼうかしらぁ?」


「水よ、風よ、我が敵を切り裂く大渦と――――」


 バサは相変わらず、締まりのない事を言っている。

 が、アタシはそれを無視して詠唱を続ける。


「火よ、火よ、火よ 土よ――――」


「ハラミっ! 行くよっ!」

『がうっ!』


 ユーアはアタシを一度見てからハラミにお願いする。

 その手には2本のボーガンが握られていた。


『ぐうっ、一度に2つの混合魔法はさすがにきついわっ! でもこうでもしないとアイツには届かないわっ! 限界を超えたくらいでも足りないくらいよっ!』


 アタシは急激に消費する魔力を感じながら、バサを視界に収めた。


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