第255話ラブナの想いとユーアの憤り
「それじゃアタシたちは準備出来たけど、どうやって始めるのよ?」
ハラミの背中の先頭にはユーア。
その後ろにはアタシが座っている。
子供とはいえ、二人を乗せてもハラミは平然としている。
太い前足や後ろ脚もそうだけど、乗っただけで何の不安も感じない。
ハラミの背中の上は、それ程の大きさと安定と安心感があった。
「特に開始の合図は決めてないわよぉ。あ、でも時間は決めてあるわよ。動き出したらムツアカさんが砂時計を動かすから。だから好きに攻撃してきなさいなぁ」
バサは手を頭の後ろに回したままそう答える。
その砂時計はスミ姉と話してた色黒ムキムキのおじさんの前にある。
ちょうどここから見ると中央のテーブルにそれが置いてある。
さすがに無制限ってわけにはいかないからだろう。
それにしても――――
「………………」
「………………」
腕を組み、足まで絡ませたバサの出で立ちは余裕
だが実際バサからしたらそうなんだろう。
対人戦も、恐らく魔物との戦闘経験も豊富なんだと予想できる。
『たかがシルバーウルフと新人冒険者』
になんて、後れを取ることはない。
なんてタカをくくってるんだろうか?
アタシが逆だったら、確かにそう思うかもしれない。
だけど、その驕りにこそ付け入る隙がある。
そこに光明を見いだせる。
『そして、そこをこじ開けるのがアタシの役目って訳ねっ!』
※
「それじゃユーアとハラミお願いっ! 魔法を放ってアイツに当てるからっ!」
「うん、わかったよっ! ラブナちゃんっ! ハラミぐるぐる回ってっ!」
『わうっ!』
タッ
「早速ハラミがくるわねぇ!」
ハラミはユーアのお願い通りに、バサの周りをかなりの速さで回る。
ユーアは時折ハラミの毛を引いて舵を取ってるみたいだ。
「ラブナちゃんっ! 立っても大丈夫だよっ!」
「へ? 立つって? 本当に大丈夫なの?」
もの凄い速さで景色が過ぎ去っていく。
その中をユーアは立てと言う。
『い、いくらハラミの上が安定してるからって、そんな事したら吹っ飛ばされるわよっ! そこんとこユーアはわかってるのっ!』
なんてユーアの提案に躊躇していると、
「ラブナちゃんっ! ボクとハラミを信じてよっ! 絶対大丈夫っ!」
『がうっ!』
「……………うううっ!」
戸惑っているアタシにユーアが信じてと言ってきた。
絶対大丈夫って言ってくれた。
いつも自分に自信がない、あのユーアがだ。
「わ、わかったわよっ! ユーアとハラミを信じるわっ!」
意を決して「スク」と立ち上がる。
「わぁっ!」
立って視界が良くなったせいか、景色がさっきより早く流れる。
それでも不思議と振り落とされる事もない。
普通に地面に立っているのと同じような感覚だ。
『ハ、ハラミの上は安定してるって知ってたけど、これは変よっ! 物理的におかしいわよっ! あ、あれ? これってもしかして、せいれい、魔法? なの?』
アタシはハラミの全身から、ふと魔力の波を感じた。
膨大な量の魔力がユーアとアタシを包み込んでいる。
「た、確かにこれならいけるわっ!」
小さくガッツポーズをして、相手のバサを視界に映す。
そんなバサは、相変わらず頭の上に腕を組んでいる。
「氷よ、わが敵を貫く矢となれっ!『氷矢』」
アタシは氷の矢を二つ出現させて、時間差で放っていく。
ヒュンッ ヒュンッ
「おっとぉ。ちょっとだけ早いわねぇ。でも大したことないわぁ」
バサは軽口を叩きながら、その態勢のまま二つの矢を避ける。
「『水槍』『炎弾』そして『風刃』っ!」
それぞれ速度の違う魔法を同時に放つ。
「おっ、ほっ! とぉっ!」
「もうっ!」
それでも難なくバサは避ける。
さすがに組んでいた腕は解いて、回避に専念していた。
『簡単になんて当たるとは思ってなかったけど、余裕で避けるわねっ!』
少しだけへこみながら、次の魔法の準備に入る。
「え? 今のもしかしなくても『水』と『火』と『風』の魔法よねっ」
軽々と避けながら、直ぐに気が付きそんな事を言う。
「だから何よっ! 土よ、敵を捕らえる檻となれ『土檻』」
「って、今度は『土』魔法までぇっ!?」
バサは数々の属性の違う魔法を見て、驚嘆の声をあげてはいたが、アタシが土で作成した囲いを難なく突破する。発動した瞬間には身を翻し、範囲から逃れていた。
「本当に当たらないわねっ! ある程度わかってた事だけど、実際自分がやられるとへこむわねっ!」
一見すると、手数と速度が上回っているアタシたちが優勢に見える。
だが、バサには届く気配がない。
優勢に見えても埋められない差がかなりある。
それもナジメとの戦いでわかっていた事だ。
『もうっ! イライラするわねっ! バサは最小限の動きで避け続けてるのに、こっちは魔法を使うたびに魔力が減っていくって言うのにさっ!』
時間を掛ければ掛けるほど、こちらがジリ貧。
魔法を放つたびに賭けるのは、アタシの少ない魔力。
これは今まで魔法の訓練をまともにしたことがなかった弊害。
ハラミの体力は恐らく問題ないにしても、先にアタシが尽きてしまう。
『……それだけは絶対できないわっ! ユーアの前で情けないところ見せたくないものっ! だから考えるのよ、バサを捉える魔法と作戦をっ!』
高速で周回しながら何かないと思案する。
アタシの魔法を生かせる作戦を。
「ラブナちゃんっ! ボクも手伝うから一人で悩まないでっ!」
『がうっ!』
細かい魔法を放ちながら、一人思案しているアタシにユーアが叫ぶ。
ハラミも合わせて一鳴き吠える。
「ボクだって戦えるんだよっ! だから頼ってよっ!」
「そ、そうよねっ! ユーア」
「ボクは悔しいんだっ! だからねっ、バサって人をねっ!」
「わ、わかったわっ! ユーアっ! わかったからねっ!」
たどたどしくも、強い気持ちを表すユーアを宥める。
『そうよね、アタシは一人じゃないのに、なにカッコつけようとしてたんだろっ! アタシの活躍よりユーアが望む事を叶えるのがお姉さんじゃないのっ!』
とんだ思い違いをしていた。
アタシの想いよりも、ユーアの悔しさの方が上だ。
スミ姉を馬鹿にされて一番怒っているのはユーアだ。
「ユーアは痺れる光の矢を撃てるんだよね?」
「うん、そうだよっ!」
「わかったわっ! それじゃ姉妹で協力して勝ちに行くわよっ!」
「うん、ラブナちゃんっ!」
そうして仕切り直しとばかりに、アタシは混合魔法を唱えた。
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