第254話ラブナの想いとユーアの逆鱗



 思いがけない流れでバサとの模擬戦に参加することが出来た。


 あくまでユーアとハラミの引き立て役。

 だけど、アタシだっていいところを見せたい。


 ユーアにも頼もしいお姉さんだって知ってもらいたいし、


 それに――――


『アタシだって何かの結果を残したいのよっ! スミ姉率いるBシスターズの一員なんだからっ! お荷物だなんて思われたくないのよねっ!』


 そんな想いで臨んだ対戦だけど―――



 まさか、あんな事になるなんて……



※※




 ハラミに乗ったアタシとユーアは、広い裏庭の中央に移動する。


 その広場の脇にはテラスがあり、ロアジムさんを含む貴族の人たちが、数か所に分かれて設置してあるテーブルセットに座ってこちらの様子を伺っている。


 そして、その各テーブルにはメイドさんが一人ずつ待機しており、豪華なティーセットなどが用意してあった。


 

「バサだっけ? あんた。それでアタシたちはどうすればいいのよっ? ルールとか聞いてないからわかんないんだけどっ」


「よ、よろしくお願いしますっ! バサさんっ!」


 ひたすら準備運動をしているバサに声を掛ける。

 ユーアは少しだけおどおどしている。


「あらぁん、相変わらずツンツンしてんのね? あなた。それに比べてユーアたんは小動物みたいで可愛いわねぇ。まぁ、俺はツンツンも嫌いじゃないけどねぇ」


 相変わらず容姿に似合わない声で話すバサ。

 アタシとユーアより声が高い。


「ユ、ユーアが可愛いのは当たり前じゃないっ! それよりもルールは? 聞いてるんでしょう、ロアジムさんに」


 そんなバサを若干気持ち悪いと思いながら聞いてみる。


「ルールは簡単よぉ。ユーアたんがハラミを操って、俺に攻撃を直撃させるか、この広場から出たら負けよぉ。もちろんラブナちゃんも好きに攻撃していいわよぉ。魔法使いって聞いてるから」


「な、なんだそんなの簡単じゃないのっ!」


「まぁ、俺は身体魔法関連の使用を控えろって言われてるけど、でもあなたが言うほど簡単じゃないと思うけどぉ。それにハラミは無しにして、冒険者で言うと低ランクでしょう? あなたたちは」


 意気揚々と事の容易さを叫んだアタシを訝し気な目で見る。


「だ、だから何よっ! 仕方ないでしょアタシはなってまだ数日なのよっ!」

「ボ、ボクは半年で、Dランクです……」


「ほら。そんなんで俺に敵うわけないでしょ? 俺はナジメ、さんともいい勝負をした実力者なのよ? 実戦経験も殆どない低ランクに、どうにかできるわけないでしょぉ?」


 「はぁ」とわざとらしくおどけた様子で両手を上げる。


 バサはさらに続けて、


「それに、いくらあの英雄さまが強いって言ったって、あなたたちを見ればわかるけど、人を見る目はあまりなかったみたいね? ただ単に強いだけで、中身はただの子供だわ。俺から見たら何の価値もないリーダーだわねぇ」


「………………」

「………………」


 バサは、何か目的があってアタシたちをわざと煽って言ってるのか、それとも本音を言っているのかは、その表情から読み取れない。


 ただそれがどんな理由があろうとも許される事ではない。


 アタシたちを馬鹿にするという事に関しては

 それはそれで仕方ないと思う。


 事実。冒険者になって数日の、スミ姉のこれまでの活躍に比べたら、アタシたちが霞んで見えるのは至極当然だと思う。


 特にアタシに関しては、目立った実力もないし、何の役にもたってないし、何の実績を残していない。


 それでもスミ姉はアタシを仲間にしてくれた。

 きっとアタシを必要としてくれたんだと思う。


『それは自惚れかもしれないけどさ、スミ姉のやる事には必ず意味がある。だからアタシにも何かしらの意味があるんだからっ!』


 そうアタシはスミ姉を信じている。

 そしてそんな自分も信じている。

 恐らくそれは事実だから。


 もしこの場に、ナゴ師匠たちやナジメがいたならば、すぐさまバサは標的にして、顔の原型が無くなるまでボコボコにしただろう。スミ姉をコケにした罰として。


 だが、その頼もしい仲間たちはここにはいない。

 バサを叩きのめせる実力者は現れない。



『……だったら決まってるでしょっ! アタシが頑張んないとスミ姉が馬鹿にされたままになるっ! そんな事はスミ姉本人が許しても、アタシが納得できないわっ!』


 そのバサの言葉に憤り、アタシは思わず魔法を放ちたくなる。

 感情のままに盛大にぶっ放してやろうと、心が逸る。


 だけど――


「ねぇ、バサって言う人。ボクも少し戦えるから参加してもいいかなぁ?」



 アタシが噛みつく前に、ユーアがバサに向かい提案する。


「え? ユ、ユーア?」


 ただその顔は、今まで見た事もないような笑顔だった。


『ぞくっ!?』


 アタシはそれを見て身震いがした。


 ユーアは目も口も頬も緩んで、満面の笑顔のままだ。

 どこからどう見ても、ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべている。


「………………ゴクッ」


 ただアタシにはわかる。

 それがただの笑顔の訳が無いと。


 そもそもユーアは誰にでも人当たりがいいし、話す言葉にも何の含みも感じない。

 嫌味とか、皮肉とか、妬みとか、それらしい事を聞いたこともない。


 それを念頭に置いて、今のユーアのセリフはおかしかった。


『………………』


 最初の挨拶の時、ユーアはバサの事を『バサさん』て呼んでいた。


 だと言うのに、さっきユーアはハッキリとこう言った。


 『バサって言う人』 と。



 これはユーアの中で知人から「見た事ある人」に格下げされたんだろう。

 そうして距離を取って牽制したんだろう。



『い、いやこれは牽制ではなくって、ユーアなりの威嚇だと思うわ……』



 アタシは極上の笑みを浮かべてるユーアを見てそう思った。



『これはアタシも負けてらんないわっ! 覚悟しなさいよバサっ!』



 アタシもユーアと同じように笑顔を浮かべて相手を強く睨んだ。


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