第253話ラブナの想いと降って湧いた好機



 ※今話はラブナ視点でのお話になっています。




 スミ姉はロアジムさんのメイドさんに連れられて、お屋敷の中に入って行っちゃった。わざわざ余所行きの服を着てきたのに、また着替えるために。



『はぁ、相変わらずスミ姉は色々と絡まれるわよねっ。先日まではゴマチの父親とだったのに、今度は貴族の人たちと手合わせなんてね』


 アタシは溜息をつきながらも、連れられて行った扉を見て頬が緩む。

 また面白いものが見れるんだって、楽しみになってきたから。


『スミ姉に会ってから、まだ1週間も経ってないけど、本当に退屈しないわよねっ! 父が貴族を抜けて、孤児院に入った時はこんな事想像してなかったわっ!』


 毎日の朝日が昇るのが待ち遠しい。

 太陽が夕日になるのがもったいない。


 こんな風に毎日が楽しく思える事なんてないと思ってた。

 あんなボロボロな孤児院にいた時には想像も出来なかった。


 孤児院と同じように朽ちていくだけの生涯を送るんだと思ってた。


『それでもユーアに会えて救われたんだけどねっ! 孤児院の子たちとも仲良くなれたし。少しずつ毎日が楽しくなってきたしっ!』


 それでもアタシには何かが足りなかった。


 ユーアといて、みんなのお世話をして、お腹いっぱいになる事はなかったけど、それでも生きてると感じていた。それでも何かが物足りなかった。


 それは――――



 『刺激』 だった。



 ただ生きて実感するだけの毎日だけでは嫌だった。


 ユーアが孤児院を抜けて冒険者になると聞いた時は悲しかった。

 でも心のどこかで期待してしまった自分がいた。


 ユーアといれば面白いことが出来るんじゃないかって。

 今よりもユーアと仲良くなれて、それで二人で頑張って有名に。

 そしてお世話になった子供たちの孤児院を盛り返してやるんだって。


『なんて、考えてたわねっ! アタシは。それが今や、この街で一番有名なパーティー、バタフライシスターズのメンバーの一員。自慢するつもりもないけど、少し前から考えたら鼻が高いわよっ!』


 ユーアとも会えて、いい家に住まわせてもらい、師匠の二人も有名で強い。

 ナジメは元Aランク冒険者で、今は領主さまだ。

 魔物のハラミも普段あんなだけど、乗っていて強いのは分かる。


 そしてパーティーのリーダーはこの街の英雄さま。

 

『そう思うと、アタシだけ何にもないんだよね……』


 貴重な魔法使いだって言われても、まだ未熟。

 特殊能力だって、今のところは活躍する場も機会もない。


『それに、ユーアだって、この街を救うのに活躍したって話だし……』



 そんな悲観的な事を考えてたら、アタシにもチャンスが回ってきた。

 寝耳に水とはこういう事だろう。


 アタシはその絶好の機会に飛びついたのであった。

 初めての活躍の場と、ユーアへお姉ちゃんの凄さを見せる為に。

 


※※



「ユーアちゃんやラブナちゃんも、ごたごたして挨拶が遅れてすまんかったなぁ。それと驚かせてしまって」


 ロアジムさんはスミ姉が着替えに行ったのを見計らって声を掛けてきた。

 他の貴族の人たちは裏庭の方に移動を開始していた。


「うん、大丈夫だよっ! おじちゃんこんにちはっ!」

「ロアジムさん、こんにちは」


 ユーアはいつもの調子で、アタシは少しだけおしとやかに。

 こういったところでもお姉さんを見せつけないとね。


「それでユーアちゃんにもお願いがあるんだけど、いいかな? ちょうどワシの友人も呼んでおるし、この機会に獣魔の有用性と危害を加えないってところを見せたくてね」


 ロアジムさんはいきなりそう切り出してきた。


「ゆうようせい? じゅうまはハラミの事だよね?」


 ユーアは良く分からなかったようで「コテン」と首を傾げている。


「ユーア、ロアジムさんは要するに、ハラミが凄いって事と、危険がないって事を他の貴族の方に見せたいのよっ」


 アタシは簡単に言い直して説明する。

 だってお姉さんだから。


「そうじゃ、ラブナちゃんの言う通りじゃ。どうか見せてくれんかな?」

「う~ん、でもスミカお姉ちゃんが……」


 どうやらロアジムさんの提案にユーアは乗る気じゃないようだ。


「ユーアはさっき、ハラミにだけみんなが寄って行かなかったの見てたでしょ?」


 アタシはお座りをしているハラミを見てそう伝える。

 なぜかその後ろにバサって男の人がいるけど。


「う、うん、知ってるよ?」

「それは、みんな大きくて強そうなハラミが怖いって事だと思わない?」

「ハラミは怖くないよ?」

「それはアタシだって知ってるわよ。お利口だし、毛もふわふわだし」

「そうでしょ? ハラミはボクの自慢だもんっ!」

「だったら、それを他の人に知ってもらえる機会をくれたのよ。ロアジムさんは」

「あ、ああっ! なるほどねっ!」

「それにスミ姉だって喜ぶと思うわよ? メンバーのハラミが有名になったら」

「………………」


 アタシはここまで説明して、下を向いたユーアの顔を覗き込む。


『うん、どうやら納得してくれたわねっ!』


 それはユーアがにんまりとした笑顔になっていたからだ。

 やはりスミ姉の存在は偉大なんだって思ったけど。


 アタシもユーアの為に頑張んないとねっ!

 スミ姉がいない時はアタシが長女なんだから。



※※



「ありがとうなっ! ユーアちゃんとラブナちゃんっ! 了承してくれてなっ! それとハラミもよろしくなっ!」


 広い裏庭に案内されて直ぐに、ロアジムさんが笑顔でそう話す。



「それはいいんですけど、何でバサって人が準備運動を……?」


 「してるのよっ!」と言いたいのをグッと抑える。

 

 何故かナジメとこの前戦ったバサが念入りに体を伸ばしているんだもん。

 そしてその目は、ハラミを格好の獲物の様に睨んでいた。


「ああ、それはなバサの奴がハラミに興味があるらしくてな。そうしたらハラミの評判を上げるのを、手伝うって言ってくれたんだよっ」


「え? だったらアタシもいい、ですか?」


 それを聞いて思わず出た言葉がそれだった。


 バサって人の強さはもちろん知っている。

 でもユーアとハラミの凄さはわからない。


 それでもこの機会を逃したくなかった。

 願っても無いチャンスだった。


 ユーアにお姉ちゃんの偉大さを教えるってのもそうだけど、


『強者に対して、アタシがどこまでできるか試すいい機会なんだからっ!』


 そうして、アタシとユーアはバサと試合をすることになった。

 もちろん向こうは攻撃しないで回避だけってルールだけど。


『せっかくの降って湧いた好機っ! アタシはこれをものにして見せるわっ!』


 そう、心に決めてバサと対峙するアタシだった。


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