第233話またねっ!




 薄暗い森の中、ぞろぞろと私たちはコムケの街に歩みを進める。


 帰りは別々でもいいんだけど、生憎街へ向かうのにはこの道が近いらしい。



『………………』


 後ろを見るとナゴタとゴナタの姉妹と、アオとウオ兄弟。

 そこにラブナも混ざって何やらヒートアップしている。


 双子の戦略がどうとか、兄弟の絆がどうとか聞こえるから

 きっと反省会の続きだろう。


『………………』


 ユーアとナジメとゴマチの3人はハラミの背中に乗っていた。

 その脇をロアジムとバサが物欲しそうな顔で見ていた。

 そしてナジメは二人の幼女の間で眠っていた。


『……………ふふ。ユーアももうお眠かな?』


 きっとユーアもお腹が一杯で眠くなったんだろう。

 先頭に座って、しきりに目をこすっている。



 私はそんなみんなの様子を見ながらちょっとだけ笑顔になる。

 昨日までは敵対していた者たちも見て。



「お前は――――」

「ん?」

 

 後ろを見ながら歩いている私にアマジが声を掛けてくる。

 それに気づいて短く返事をする。


 なんでこの男は私の隣にいるんだろうと不思議に思いながら。


「お前は強いのだな」


 ポツリと森の先を見ながら独り言のように呟く。


「何それ? 乙女の私がそんな事言われても全然嬉しくないんだけど。それに強いに関しては元々自覚してるし」


「は、はははっ!確かにそうだなお前は強い。俺との戦いの時も本気ではなかったのだろう?まだ手の内を隠していたのだろう?」


 前を向いていた視線を私に向け「ニヤリ」と口元を緩める。


「一応本気だったんだよあの時は。私が決めた制約の中でだったけど」


「制約だと?」


「そう制約。まぁ制限みたいなものかな? 例えば得意な武器や魔法を使わないとか、ある程度力を抑えて戦うとか、そんな感じ。そういった自分の中の取り決めみたいなもの」


「………………」


「最初はそう決めて戦ってたんだけど、予想外にアマジも強くて制約を破ってはいるんだけどね。あれには正直参ったよ」


「………………」


「うん?どうしたの」


 私は口をポカンと開けているアマジに問い掛ける。

 微妙に口元が引き攣っているようにも見える。


「あ、ああ、その話はもう分かった。正直聞きたくはなかった。それでお前はこれからどうするつもりなんだ?」


 真顔に戻り私を見てそう話すアマジ。


「何それ、ナンパ?」

「なんぱ?とは」

「ナンパって、暇な男が美少女を食事とか遊びに誘う言葉だよ?」


 私は怪訝そうな顔で見ているアマジにそう説明する。


「なぁっ!?なぜ俺がお前みたいなこども――――」

「冗談だよ。これからって先の話の事だよね?」

「そ、そうだな。ゴマチも随分とお前の妹と仲がいいのでな」

「ふーん」


 要するにゴマチの為にユーアと会わせたいんだろう。

 これから先の日程を聞いて。


『……極端に子煩悩になったよね?この男も。まぁ悪い事ではないけど、逆に今までの反動が恐いね。ゴマチを今まで以上に甘やかせてきそうで』


 なんて、ユーアとゴマチを眺めているアマジを見てそう思った。


「うーん、詳しくは言えないけど暫くは街にいると思う。まだメンバーと話はしてないけど多分そうだと思う。それでアマジはどうするの?冒険者の事とか」


 私は答えるついでに、今一番気になっていたことを聞いてみる。


 今まで憎悪の対象としてた冒険者が、実は正義の味方だった事実に。



「……実は親父の話を聞いて思い出した事もあった」

「思い出した事?」


 オウム返しの様に聞き返す。


「ああ、そうだ。あの時、馬車の中で俺がゴマチを抱いたまま気を失った時、俺はまだ魔物が残っていた事を知っていた。馬車の外からアイツらのおぞましい声が聞こえてきたからな」


「うん」


「それで、俺はゴマチを守ろうと剣を手にしたが、力尽き気を失った」


「…………うん」


「だから俺はあの時にゴマチもろとも死んでいたんだ。アイツらに妻を殺されたみたいに。俺もゴマチもな」


「…………」


「だが実際は俺もゴマチも助かった。いや、助けられた。それは瀕死で助けを呼びに行った冒険者、そしてゴブリン共を根絶やしにしてくれた冒険者。俺たちの今があるのは冒険者たちのお陰だった」


「そう、だね」


「だから俺は過去にケジメを付けようと思う。護衛だった冒険者と、今も生きている冒険者ギルドのルーギルと、その当時の仲間に礼と謝罪に行くつもりだ」


「そうだね、その方が良いよ。色々吹っ切れるだろうし」


「ああ。お前の言う通りだ」


 そう言ってアマジは薄暗い森の先を見つめる。

 その目には今までにない緩やかな意志を感じられる。


『………………』


 その先にはこれからのアマジを照らす柔らかな光、そして今までよりも幸せな世界が広がって見えるだろう。アマジもそう信じて前を向き進みだそうとしている。


 過去の悲しみと決別しようと進んでいく。

 それは自分自身の為に、そして娘のゴマチの為に。


『……何だか今の方が強く感じるよ。憎しみに満ちたさっきよりも』


 私は真っすぐに前を見るアマジの横顔を眺めてそう思う。

 守るものを手に入れたアマジは私と同じ目をしているから。


『……だって、私も守るためにここまで強くなったからね』



「でだ」

「うん?」


「俺は自分自身にケジメを付けたら、ゴマチと生活しながらあいつを教育していこうと思う。何やら随分と淑女らしからぬ態度や言動が目に付くからな」


「い、いやだってそれは今まであなたが――――」


「だが俺はお前のところの妹みたいに、何でもかんでも与えて甘やかしたりはしない。それではゴマチの為にはならないからな。将来の為にもそうするつもりだ」


 私の言葉を遮って矢継ぎ早にそう説明をするアマジ。

 きっと突っ込まれる事に気付いたんだろう。


「別に私はユーアを甘やかしてないよ? そもそも甘やかしてもユーアは調子に乗る子でもないから。しっかりしてるから。礼儀も言葉使いもあなたの子供より上だから」


 すぐさま私はアマジに応戦する。

 なんてたって、ユーアは世界一のできた妹だからだ。


「う、ぐぅ、それをこれから直そうとだな……」


「まぁ、でもほどほどにしなよ。ゴマチも父親と一緒にいれて嬉しいだろうし。それとユーアとも遊ばせてあげて、息抜きしないと逆効果だから」


「あ、ああそうする。だからその時はお前の妹を頼む」


 軽く頭を下げるアマジ。

 その目は少しだけ真剣みを帯びていた。


「頼むって、そんな大袈裟な事でもないでしょ。どうせ子供同士の遊びなんだから」


「だが、お前の妹の身に何かあると死人が――」


「出ないよそんなの。出ても私とユーアを見たら、即座に土下座するぐらいだよ。それにいい加減呼び方なんとかしてよ?いつまで『お前』とか『蝶の英雄』とか呼んでるの」


 私はおかしなことを言うアマジを鋭く睨む。

 何だよ。死人って。


 私だってゲーム内とこの世界の区別くらいつけてるよ。

 とも思いながら。



「あ、ああそうだな。『スミカ』これならいいだろう」

「うん、それでいいよ。私もあなたを呼び捨てだしね」


 何て言いながらお互いに顔を合わせ笑顔を浮かべる。



 そうして私たちは森を抜け街に戻る。

 濃密な体験や経験をした一日ももうすぐ終わる。


 ユーアにも新しい友達が出来た。

 ゴマチの想いも傷も癒せた。

 アマジの本来の姿も取り戻せた。

 ロアジムの正体を知れた。


 明日からはまたお互いの生活に戻る。


 それでも同じ世界の空の下。

 それだったらいつでも会える。


 だってこの世界は繋がってるんだから。


――――――――――――――――――――



「それじゃみんな今日はお疲れさまねっ!」


「ああ、な。スミカ」

「スミカ姉ちゃんなっ!」


 こちらはアマジ親子。


「スミカちゃん、ユーアちゃん遊ぼうなっ!」


 こっちはアマジの実の父にして、ゴマチの祖父のロアジム。


「ナゴタとゴナタも――」

会おう」


 で、この二人はアオとウオ兄弟。


「うう、ハラミと遊びたいわぁっ!」


 最後にナジメと戦った、女児声のバサ。



 昨日出会ったみんながそう返事を返してくれる。

 私はそれを見て笑顔で手を振り返す。


「うん、ねっ!」 ってね。



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