第231話過去の真実と消えない傷




「我が息子のアマジよ。今のお前ならワシの話を聞いてくれそうだな。あの時の冒険者の事。そして襲われたその後の話の続きをな……」


「………………」


 ロアジムはそう切り出し、沈鬱な表情のアマジに向けて話し出す。

 その続きの話とは一体。



「お前はあの時の後の事を覚えてはいまい。イータを失ってゴマチを抱いたまま気を失った、その後に起こった出来事を」


「……何を言っているんだ親父? 俺はあの直後、旅の行商人に拾ってもらい、数日後に親父の家で目が覚めたはず。あらかた治療も終えた後で。と、そう聞いているっ」


「……それは誰から聞いたんだ?」


 鋭い目でアマジを見るロアジム。


「誰って、親父本人だろ?何を今更」


「それは違う…………お前はその時期。傷を癒しながら、まるで呪詛のように冒険者の事を口汚く罵っておったのだよ。ワシは傷ついた体とイータを失った心の傷が癒えたタイミングで真実を話そうとした。だがお前は途中でワシを突き飛ばしそのまま数年帰ってこなかったんだ。一人娘のゴマチを残してお前は……」


「どういう事だっ!俺は――――」


「だから当時。お前は全ては知らん。それから数か月に一度帰ってきても、ワシにもゴマチにも避ける様に訓練や外出を繰り返してたしな。そのワシから聞いたって話もお前が勝手に思い込んでるだけだろう?自分の中で辻褄を合わせるために。ワシの話を最後まで聞いておらぬのだからな」


「なっ…………」


「それであの後。お前は冒険者に助けられたんだよ、再度ゴブリンに襲われてるところを。馬車の中でゴマチと共に気を失っているお前は」


「なっ!?何を言ってるんだっ!俺は全てのゴブリン共をっ!」


「ああ、倒しただろうな。冒険者の話だと。馬車の外に8体、中に2体の死体があったそうだ。だがお前たちはまた襲われてたんだよ」


「また襲われただとっ!?」


 冒険者に救われた事、そして倒したはずのゴブリンの存在に驚くアマジ。

 その驚愕の表情の息子をおいて話を続けるロアジム。


「お前たちの馬車が転倒したのは、街道を外れた森の目の前だったんだ。その森にもゴブリンが潜んでいたんだよ。何処からか逃げてきた他の集団のゴブリンがな」


「っ!?」


「でだ、お前たちは護衛を雇ってたそうだな」


「あ、ああそうだっ」


「その冒険者さんたちはどうなったか知っておるか?」


「……全員あの時に死んだんだろう?それぐらいは俺も調べた」


「ああ、お前の言う通りだ。だがあの時の一人の冒険者が、ゴブリン20体以上を相手に囮となって助けを呼びに行った事までは知りはしまい。それも体に数か所の矢が突き刺さった重症の体のままでだ。そしてお前たちの馬車から遠ざかる様にな」


「そ、そんな事あるわけが、あ、あいつらは逃げたんだっ!依頼主の俺やイータやゴマチを置いてっ!自分たちだけ助かろうとしてっ!」


 アマジは信じられないといった表情で、目を見開き唾を飛ばしながら反論する。そんな事があるわけないと。あってはならないと。


 そんな取り乱した息子を見ても、ロアジムの説明はさらに続く。


「確かに逃げてはいただろう。その時のゴブリンの数は50体以上だったと聞く。あとの死体の数からそう聞いておる。だがお前が同じ立場ならどうする?50対4の戦力差を。あの冒険者たちはそれぞれが逃げたんだよ。散り散りになって、なっ」


「そ、そんな話を俺は信じないっ!あいつらは俺たちを置いてっ!」


「…………なら、コムケの街の冒険者ギルドの長のルーギルに聞いてみるといい。当時はそのルーギルとパーティーを組んでいた者たちがお前たち家族を助けたのだからな」


「ギルド長。ルーギル……」



「あ、ちょっと待って!それってあのルーギルだよね?」


 私は急に知った名前が出てきた事に驚いて口を挟む。



「うむ、そうだなスミカちゃん。そのルーギルで間違いないな」


「じゃ、じゃあパーティー組んでたのってっ、もしかしてトロの精肉店のログマさんとカジカさん? それに元ノコアシ商店のニスマジと街の外の集落にいるスバって人たちっ?」


 私は矢継ぎ早にそう捲し立て、ロアジムの返事を待つ。


「おおっ良く知ってるなっ!さすが英雄さまだっ!その通りだが最後のスバって男はいなかったと思うな。ルーギルを入れて4人だったと聞くからなっ」


「やっぱりそうなんだっ!へぇ~」


 それを聞いて私はポンと手を叩く。


 確かにあの男は、ルーギルはあちこちに関わってきそうだ。


『集落のスバもそうだし、ナゴタとゴナタにも最初目を付けられてたらしいし、ナジメとも仲いいみたいだし、確かAランクのフーナって子とも昔にパーティー組んでたって言ってたしね』


 私はうんうんと頷きながら一人納得する。


「ならアマジ。ロアジムの話も冒険者ギルドも信用できないなら、私が他のメンバーに聞いてあげるよ、ユーアも私も知ってる人たちだから。それにもう冒険者じゃないしね、今は」


 ロアジムの話を聞いてそう提案する。

 項垂れているた為に今のアマジの表情は見えない。


 ここまでの話を聞いてどう思っているのかが。

 長年憎んでいたものに救われたと知ってどう思ったのか。



「……いやいい。親父が昔から嘘を言わないのは知っている、だからそれが真実なのだろう。それに調べれば分かりそうな事を、今のこの場で言う必要はあるまい……」


 私の提案を受け入れることなく項垂れたまま返答する。


「でもさ、最初に家を出て行ったのって何で?冒険者に復讐したかったの?それとも過去に守れなかった自分が嫌だったとか?」


 私はアマジの根底にあるだろう想いを聞いてみる。

 元々この男はそう言った心を持っていたはずだからだ。


 それはゴマチを守ろうとしたさっきの行動で証明された。


「そうだ俺は弱かった己が許せなかった。イータを死なせて、ゴマチにも消えない傷を残してしまったあの時の弱い自分が。本当は全ての冒険者が悪だとも思っていなかった。だが何かを憎まないと心が折れそうだった。だから俺は冒険者に憎悪を燃やして力にしたんだ……」


「だけど最初はゴマチを守る為だったんでしょ?強くなりたかったのは」


「ああ、きっとそうだ。最初はきっとそうだったんだ。だが俺はゴマチの傷と、そしてこの憎しみだけを纏った姿を見せたくなかった……」


「…………親父」


「そんな俺に気付いたのか、ゴマチは次第に近づかなくなった。俺はそれが都合のいいものだと錯覚していた。守るべきものに煙たがられる自分がなっ!」


「ち、違うっ!俺はじいちゃんから聞いていたんだっ!俺を守る為に強くなるんだってっ!でも親父の恐い目が、俺を嫌いになったんだって思って、それで声も掛けなくなったんだ。親父の姿を見ても逃げ出すようになったんだ……だから信じられなかった俺も悪いんだよ……ごめんな、親父――――」


 ここで堪らずといった様子で割って入るゴマチ。

 その目はしっかりと自分の父親に向けられていた。


「……いいや悪いのは俺の方だっ!俺は途中から目的を見失っていた。守るべきものを蔑ろにした。お前は俺の一人娘だというのに、イータが命を賭けて守った娘だというのに、俺はただ強くなろうと、そして強さに自惚れてしまった……だから謝るのは俺の方だ。許してくれゴマチっ!」


 声高にそう言い、アマジは勢いよく頭を下げて平身低頭する。

 実の娘にまるで懇願するように、泣いて許しを請うように。


「ゴマチ俺を――――」

「お、親父、何もそこまで……」



 そんな父親の悲痛な姿を見たゴマチの返事は――――



「う、うん分かった。お、俺も親父の本音をきけ――」

「そ、そうか!俺は大事なものをまた守れるんだっ!」


 言い切る前に父親に抱きしめられていた。


「お、親父苦しいってっ!放せよぉっ!」


 唐突に抱きしめられたゴマチは腕の中でジタバタと暴れる。

 でもその顔は言葉とは裏腹に、どこか照れたようにも見える。


「……でも、お前のこの傷は一生――――」


 暴れるゴマチの背中に回していた手が止まり優しく撫でる。

 そしてゴマチを少し離してその顔を見る。



『………………ああ』


 そこは私とユーアも見た大きな古傷が残っているところだった。



「あ、これか?俺は全然気にしないぞ?だって母さんが俺を守ってくれた時の傷だろ? だったら強かった母さんの思い出にしようよ。その方が喜ぶってっ」


「だ、だがしかし……」


 そのアマジの表情に気付いたゴマチは取り繕うように笑顔を向ける。

 だが誰の目から見ても強がっているのだとわかる。


 ゴマチだって一応は女の子だ。

 それに将来を考えると、婚約するのにも影響が出るだろう。

 ゴマチが恋をするしない以前に、政略的にもそういった可能性もある。


 だからそんなゴマチの話を聞いて、私は「はぁ」と短い溜息をつく。

 今はまだ子供なのに、自分も出さず実の親にも気遣うその姿を見て。



「あのさ、いくら思い出って言ったって、それはお母さんも喜ばないでしょ。娘の将来がかかってるんだから。だったらそんなものはない方がいいに決まっている。だって悲しむだけでしょ?そんなものは」


 私はハッキリとそう伝えゴマチの顔を見る。


「な、何だってそんな事言うんだっ!だってこれは俺の――」

「ちょっと待ってゴマチ。ねぇ、アマジはどう思う?」


 血相を変えて私に反論しそうなゴマチを制止し

 父親のアマジに問い掛ける。


「俺もお前と同じ意見だ。その傷は誇れるものではない……」

「な、親父までっ!?」


「ねっ?だから言ったでしょ。それは父親のアマジにとってもゴマチを守れなかった記憶が残る苦い古傷なんだよ。それを見て喜ぶ人はいないよ。だからない方がいいに決まっている。だって嫌な事を思い出す傷なんて誰だって嫌でしょう?」



 私はそう言い切って、アイテムボックスから

 『Rポーション』を出す。


「何だそれは回復薬か?見た事もない形だが」


「スミカお姉ちゃんそれって?ボクも見た事ないお薬?」

「え、お姉さまそれって?」

「ねぇね?何じゃそれは」


「それはいいから、アマジはそのままゴマチの背中の衣服を捲ってみて。それとユーアたちもごめんね。説明は後でするから」


 アマジと膝の上のユーアとそれを見ていたシスターズが、私が出したポーションに気付き何か言いたげだった。


 が、今はそれを後にしてゴマチの背中を見せる様に促す。



「あ、ああ。そんなもの今更何の役に……」

「いいからっ」

「………………」


 ファサ


 疑惑の眼差しを向けながらアマジはゴマチの衣服を捲る。

 私はそれを見てアイテムを使用する。


 すると――――



「っ!」


 サワサワ

 アマジは顔色を変えて娘の背中を撫でる。


「く、くすぐったいんだよ親父っ!」


 そして抱かれたままのゴマチがまた暴れだす。

 それでもアマジは背中を撫でるのを止めない。



「な、無くなってるっ!?」

「へ、何が?」

「ゴマチ、お前の傷がだっ!」

「う、うそっ!?う、うぐっ、見えないっ!」


 ゴマチは首を捻って自分の背中の確認をするが無理だった。

 そこまで首が回ったら逆に恐い事になる。


「ユーア手鏡出してゴマチに見せてっ」

「はいっ!スミカお姉ちゃんっ!」


 ユーアは腰のマジックポーチから直ぐに鏡を出してくれる。


「ゴマチちゃん。これで見えるかな?」


 そうしてユーアはゴマチの後ろに鏡を当てる。


「えっ!?」

「な、何だとっ!本当に……」



 そこには真っ白な肌をしたゴマチの背中が映っていた。

 もちろん傷なんて何もない子供らしいきれいな背中だった。


『ふぅ良かった。さすがに古傷は直せないと思ったけど、効果が高いこの世界の住人にはやはり効き目が異常だよね』


 私はこの世界で初めて使ったリワインドポーションを見てそう思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る