第230話質問とアマジの根底にあるもの




「それで聞きたいことなんだけど」


「ああ。好きに聞け」


 今私が言った『聞きたいこと』とは、この戦いが始まる前に私が追加で提案した3連勝した時のボーナスの事。


 で、冒険者チームが3連勝した時はアマジに色々と聞ける権利。

 逆に向こうが勝ったらナジメの領主の退陣。そんな約束だった。



「そうだね、先ずは何でナジメを嫌いなの?」

「ねぇね、一体何を……」


 一発目はジャブとしてそんな事を聞いてみる。


「…………そんな事は聞くまでもなかろう。元高ランク冒険者だか知らんが、まともに領主の仕事をしてないだろう。そんな奴がその地位にいる事が気にくわないだけだ。しかもその地位に上がった経歴を聞いて尚更不快になっただけだ」


「うっ、むぅ」


 と、ナジメを一瞬だけ睨んでそう答える。

 そんなナジメの肩が一瞬ビクって動いた。


「なるほどね」


 これは嘘は言ってないみたいだ。

 ナジメは涙目になってるけど。


「次。冒険者を毛嫌いしている理由は?」


「それは双子に会った時に言った事だ。俺は――――」


「教養も礼儀もないとか、野蛮とかそんな話だよね?そうじゃなくて、もっと根本的な話。憎んでいるみたいな事も言ってたし」


「それは……」


 そう。アマジは言っていた。

 私との戦いの終盤で憎むとか、権利がどうとか。

 そう言った負の感情が溢れていた。


 憎しみよりも呪いに近い程に。

 


「あ―っ、もうっ!まどろっこしいっ。ゴマチもこっち来て、ハラミに乗ったままでいいから。それと質問を変えるから」


「わっ!」

『がうっ』


 ハラミの毛皮からチラチラ様子を見ていたゴマチも近くに呼ぶ。

 どうせゴマチ自身も、自分が話に出てくることは分かっている。


「変えるだと?」


「そう。で、もう面倒になったからまとめて聞くよ。ゴマチの過去に何かあったよね?背中の傷と、ゴマチの母親の事。それと父子の肉親関係が希薄になった経緯。全て話して」


 と、怪訝な表情のままのアマジに直球で聞く。


 ハラミの上のゴマチは、私と父親のアマジを交互に見てすぐさま目を逸らす。アマジは私の目を鋭い目で直視している。


「そんな目で睨んだってダメだよ。聞く事に答えるのは約束だし。それにあなたたちの関係が変わるかもしれない。そんな重要な話なんだよ」



 私が思うに、この親子はどこかでお互いを勘違いしている。

 それに気づかず、長年に渡って関係が悪化していると。


『……多分この考えは、ほぼ合っている。いや確信に近い』


 それはアマジがゴマチを救おうとした事。


 ボロボロな体を引きずり、ゴマチを目指し辿り着いた事。

 目を覚まし、真っ先にゴマチを抱いて逃げた事。


 これを目の当たりにして私はそう確信を持った。

 元々の推測に自信が持てた。


 そして何に対してアマジは強くなろうとしていたかも。

 これからの話に全てが集約されているだろう事も。



「スミカちゃん。ワシも隣に行っていいかな?」


「うん?別にいいよ。ロアジムにも関係あるんだから」


 と、少し横に詰めてロアジムの座る場所を作る。


「ああ、スマンな。今の愚息を見ていると長年聞かなかったワシの話にも耳を傾けると思ったんでな。それじゃ失礼するな」


「話?……うん。よろしくね」


 そう言いながら、ゴマチとユーアをひと撫でして隣に腰を下ろす。


「お、親父?」

「じいちゃん?」


 そんなロアジムを見て不思議そうな表情を浮かべる父娘。


「それじゃアマジ。さっき言った事に答えて」


「………………ああ」


 私、ロアジム、そして最後にゴマチの順に視界に入れ、アマジが語り始める。


 過去のアマジと今のゴマチの現状を。



※※※※




「「「………………」」」

「「「………………」」」



 その話の重さにみんな一様に下を向き黙り込む。

 言葉一つ、物音一つ発せずに目を伏せる。


 正直私もその中の一人だ。


『掛ける言葉が見つからない……。それどころか私もアマジの気持ちが分かる。ナゴタとゴナタの父親と母親のように、その冒険者に。いや、冒険者の存在そのものに疑念を抱く』


 アマジが情報を得た冒険者。

 護衛を依頼し、魔物を前に逃走した冒険者。


 その両方だけ恨んでも、アマジの憎しみは消えやしないだろう。

 冒険者の制度そのものを疑いたくなるだろう。



 ただその重苦しい空気の中でも

 語った本人とゴマチとロアジムは別だった。



 その視線は彷徨いながらもお互いを盗み見ている。

 それは何処か、時機を図ってるようにも見える。


『…………何かの切っ掛けがあれば、話し出しそうだけど。って感じかな? でもそれを待ってるのもあれだしね』


 私はその一歩を用意しようと口を開く。


「その時のケガがゴマチの背中の傷だって事なんだ。ゴマチのお母さんが命がけで救った時に、ゴブリンに傷つけられた」


「ああ、そうだ…………」

「っ!?」


 と、チラリとゴマチに視線を動かすが、すぐさまゴマチはハラミの毛皮に顔を埋めてしまう。それでもアマジはこの返答の速さだと、私の質問は予想出来ていたと思う。


 それはアマジと会った時にゴマチの無事を聞かれた時に


 『ゴマチの事をお風呂に入れて寝ている』

 と伝えた事。


 その時にアマジは私に『風呂に?』とわざわざ聞き返していた。

 だから私が知っていてもおかしくないと。



「そして、依頼を放棄した冒険者も、家族を守れなかった許せなくて放浪の旅に出たって訳だね。強くなるために」


「なっ!」


「その顔はそれで間違いないね。武勲で偉くなるってのも本当は方便なんでしょ?うん、これは違うのかな?その方面の力も欲しいって事だから」


「ち、違うっ!お、俺は――――」


「いいや違くないよ。過去にゴマチのお母さんを救えなかった事を後悔している。ゴマチが傷つけられた事も含めて、その原因が自分が弱かった事のせいにもしている。だから――」


「お、俺は冒険者がっ!」


「――だからあなたはゴマチを守るために強さを求めたんだ」


「えっ? 親父が?」

「くっ!」


「あなたが愛した妻のイータが守った、その一人娘の命を守るためにね」


 私はアマジの言葉を遮り最後までそう言い切った。


「………………」

「えっ?えっ」



 恐らくこれが真実。


 ただ自分の守るべきものを残して、強くなろうとしたのは大間違い。

 だからここまでの不仲にまで発展した。


 お互いに交わろうとしないままアマジは自分を責め続けて。

 ゴマチはそれを見て嫌われてると勘違いして。


 そうしてそれぞれが明後日を向いたままここまでに至った。

 その結果が今の状況だろう。



「…………ス、スミカちゃん、それは本当なのかっ?」


 と、ここで堪らずといった様子で、隣のロアジムが割って入る。


「ううん。実際は本当かどうかは分からない。でも限りなく近い話だと私は思う。だってあなたも見たでしょ?今まで自分の娘に興味のなかった息子が、自分の限界に近いのに最優先で娘を救おうとしたその姿を」


「くっ…………」

「………………」


「う、うむ。あれにはワシも正直驚いた。あの事件があってから冒険者を憎み、ゴマチを放棄して家にも寄り付かなかった、あのアマジがな」


「………………」

「お、親父……」


「そうだね。でもアマジがあそこまで心身ともに追い詰められてなかったら、今回のようにはならなかったかもね」


 と、ロアジムの返答に付け足す。


「えっ?それってどういう事なのスミ姉っ?真っ先に娘が潰されそうになったら動くのが当たり前でしょ?それが元気な時は助けないって、そう聞こえるんだけどっ?」


 と、ここで後ろからラブナが口を挟む。

 それは恐らく今の私の話に矛盾を感じたからだ。


「うん、多分そう。だって今までも、そして私に誘拐された時もアマジは動かなかった。なのに私の魔法で潰されそうになった時は二度もゴマチの為に動いたんだよ?恐らく自分の命を賭けてまでも。あの時のアマジはそんな感じだった」


「なるほどねっ!あまりにも驚いて本性が出ちゃったってやつ?」


「まぁ、そうだね。極限まで追い詰められて、本能っていうか深層心理に眠っていた強い想いが体を動かしたんだと思う。意識のないあの状況下で」


 「これは全部私の憶測だけどね」と付け加え話を終える。


 

 そうは言うがこの考えでほぼ間違いないと思う。

 本人に聞くのが一番話が早いが、多分アマジは認めない。



 と、言うかアマジ本人でさえ無意識下での行動だっただろうから、正確に言うと返答が出来ない可能性が高い。


 それでもそういった状況下の行動だったからこそ、その想いは本物だろうともわかる。それがアマジの根底にあった一番の望みだったのだろうとも。


 その私たちのやり取りを神妙な顔つきで聞いていたアマジは


「お、俺は冒険者と自分が憎かった、そして娘を――――」


 と、低い唸り声を発しながらアマジは頭を抱える。


「アマジ、やはりお前は………………」


 そんな息子の苦しそうな姿を目の当たりにしロアジムが口を開く。


「アマジよ。今のお前の心中なら、このワシの話でも聞いてくれそうだな。スミカちゃんここからはワシも話そう。アマジが娘を抱いたまま気を失った。その後の話を」


「その後の話?」


 そうしてロアジムから語られた話にアマジ、そして私たちも驚愕するのであった。


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