第223話音速武器と最後の褒め言葉
今回のお話は
※前半 澄香とアマジの最終戦のお話。
後半 アマジの過去(最終)のお話。
となっています。
※※※
『ムチと短剣ってまた変わった組み合わせだね?』
対峙するアマジは右手にムチ、左手に数本の短剣を握っている。
『まぁそれでも厄介ではあるんだよね。短剣は中距離でも近距離でもどちらでも使えるし、それにムチの速度もかなり怖いしね?銃弾と同じように』
そう。ムチは人力で音速を超える武器になるのだ。
ムチを振った時に「パンッ」と破裂音が出た時、
それは物体が音の速度を超えた音。
一般の人間でも訓練次第で音速を超える武器を、身体能力を格上げしたアマジが使えばその速度を予想できない。
そこに威力といった物を考慮しなければ、
恐らくこの世界最速の武器だ。
『……それに、殺傷力が無くっても相手の武器を奪ったり動きを封じるのにも適してるしね。さすがにこれ以上避けるのは無理かぁ』
私はそう考察を終えて「ふぅ」と短く溜息を吐く。
銃弾なら超至近距離でない限り、ある程度避けることも出来る。
ただムチの軌道は手元で変化できる。
私の動きを見て後出しも可能なのだ。
なので避け続けるのは実質不可能だろう。とも思う。
『はぁ、もう少し勘を取り戻したかったけどそれは自惚れだったね』
なんて思いながらでも私は楽しくなる。
それでも出来るとこまではやってみようと思いながら。
だってあらゆる経験を積んでいきたいんだもん。
その絶好の相手が目の前の男かもしれないしね。
※
「では遠慮などせずこちらからいくっ」
シュッ ×2
アマジは最小限の腕の動きでナイフを投擲する。それも2本。
その狙う先は私の足元と左足。
その投擲は、一度もまともに攻撃を当てられなかった事から、私の動きを封じにきたのだろうとわかる。
『でも今更そんな単純な攻撃なんて仕掛けてこないよね?』
私はそう疑問に思い、さっきまでのギリギリではなく大きく右に避ける。
ところが、
ヒュンッ
「っと!?」
と私の行く手をムチが遮る。
私はそれを急停止してやり過ごす。
恐らくナイフで私の動きを誘導し、ムチで捉えるつもりだったようだ。
ただそのムチの攻撃の狙いはそれだけではなかった。
突如ムチはその軌道を変え、そのまま投擲したナイフ2本を弾く。
「ん?」
ムチ特有の音速を超える「パンッ」という破裂音をさせて。
ギュンッ ×2
「えっ!?」
その弾かれたナイフは2本とも音速の壁を超えていた。
その向かう先はアマジが最初に狙った私の右足。
「って間に合えっ!!」
私は即座にスキルを展開した。
◆◆◆◆
※ここからはアマジの過去のお話になります。
本編の約10年前のお話です(過去編最終話)
「うがあぁぁぁっ!!」
1匹また1匹とゴブリンの体に剣を突き立てていく。
ゴブリンの反撃を幾度も受けるが俺は倒れない。
痛みを超える覚悟と信念が俺を動かしてくれていた。
『グギャァッ!!』
「よしっ!今行くっ!」
俺は外に出ているゴブリンをすべて倒し、馬車をよじ登り中に入る。
「はぁはぁはぁ、イータ、ゴマチっ!」
中にはゴブリン2匹が重ねる様に倒れており、
その背中から鋭いものが飛び出していた。
「はぁはぁはぁはぁっ」
その突き出したものは俺が馬車に忘れた剣だった。
恐らく2匹ともその剣で心臓を貫かれて絶命したのだろう。
「イータ、ゴマチっ!!」
俺は中に入りゴブリンの死体を脇にどかす。
そこ意外に妻や娘がいる場所がないからだ。
「はぁはぁ、あ、あなた?…………」
「う、ううう…………」
確かにそこに二人はいた。
「イータ、ゴマチっ!」
ただ妻のイータもゴマチも衣服を真っ赤に染めていた。
「くっ!い、今治療する待ってろっ!!」
イータに守られるように腕に抱かれるゴマチは、背中を赤く濡らしてはいるが、血止めをすれば恐らく死ぬことはないだろう。それでも傷は残るかもしれないが。
ただし妻のイータに限っては
「あ、あなたゴマチは無事なの?私とあなたの大事な――――」
虚ろな目で、俺の声を頼りにフラフラと手を伸ばしている。
もしかしなくともイータの目には俺が映ってないのだろう。
「あ、ああ無事だっ!それよりもお前がっ!!」
俺はイータに声を掛けながら腰のポーチを探すが、
そこには何もなかった。
馬車から振り落とされた時か、外での戦いで紛失したのだろう。
「ま、待ってろ俺の荷物の中にまだ残ってるはずだっ!!」
俺はイータの手を握りながら荒れた馬車を見渡しながら荷物を探す。
「クッ、!!ど、どこだっ!」
ただ見つかってもイータの傷は治せる程効果の高いものではない。
イータの全身の傷はそれ程に酷く見える。
娘を守るために身を盾にしてゴブリンの攻撃の殆どを受けたのだろう。
そのイータはまるで真っ赤なドレスを着ているようだったのだから。
そんな中でもゴブリンを返り討ちにしたイータを誇りに思う。
「はぁはぁ、あ、あなた、薬はゴマチに使ってあげて……」
息も絶え絶えで俺の手に力を入れるイータ。
「しゃ、喋るなっ!俺が絶対に二人を治してやるっ!」
「も、もう分かってるでしょ?あなた、私が助からないって……」
「な、なにを言ってる!俺が何とかっ!!」
俺はイータを元気づける為に強く手を握り返す。
「はぁ、はぁ、今、私の傷が治っても、もう長くないのも知っているの。も、元々体が弱い事が原因で、あなたがその為に薬や治療法を探し回っている事も前々から知っていたの。だから……」
「も、もういいって、俺が必ず――」
「だから今はゴマチを救ってあげて、きっと私はもう助からない……」
「イ、イータっ!!」
俺は急速に力の抜けていくイータの手を頬に引き寄せる。
し、死ぬなっ!俺はまだお前とゴマチと共に生き――――
「も、もうあなたの、いつも不機嫌な顔の、でも時折見せる優しい顔も表情も、小さなゴマチの温もりも何も感じない。わ、私はここでいなくなるけど、あなたとの大切な物を守れたことを誇りに思うわ。だから最後は――――」
イータは震えながらもう一方の手を伸ばし俺の頬を両手で包み込む。
「――――だから最後は私を抱きしめて褒めて欲しいな。娘の立派な姿は見れないけど、その未来を守った一人の母親として」
俺は動かない筈の片腕と、握っていた手を離し、
イータとその腕の中の小さなゴマチを抱きしめる。
「あ、ああわかったっ!お前は今までよく頑張ったっ!ゴマチを生んで一年、俺とお前の宝物を守ってきた、その身を削ってまでもっ!そして最後に命までをも救ってくれたっ!」
「う、うん。うん……」
「――だからイータお前は最高の俺のお…ん……」
途端、イータの体の力が抜けていくのを感じた。
急速に、熱が温もりがイータから逃げていくのを感じた。
「イータ?…………」
俺は腕を緩めイータの顔を見る。
「…………イータ」
妻のイータは目を閉じ微笑んでいた。
元々の白い肌を自身の血で赤に染めて笑っていた。
そして目尻に濡れ光るものもあった。
「イータ?」
だがその涙の意味は分からない。
最後に娘を守り切って幸せに逝ったのか、
それとも生に対して無念が残っていたのかは。
それでもハッキリと分かっていることがある。
「俺は無力だ――――」
だから家族を守れなかった。
「そして憎い――――」
誤情報を流した冒険者と逃走した冒険者が。
「…………う、ううう」
もっと俺が強かったなら。
「…………ああああっ」
きっと妻も守れた。
娘も消えない傷を負わずに済んだ。
「うわぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
イータをもう一度抱きしめ天を仰ぎ激しく嗚咽を漏らす。
それと同時に外からは――――
『グギャァッ!!』『グギャァッ!!』
『グギャァッ!!』『グギャァッ!!』
と、憎いあの下卑た声が聞こえてきた。
「く、は、あぁっ、ま、まだだっ!ゴ、ゴマチを守るんだ――――」
俺は剣を握りそのまま意識を失った。
その後に聞こえる数多の剣戟を聞くこともなく。
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