第209話姉妹の想いと双子の違い



 シュ タ タタタッ――――



 ナゴタはゴナタを背負いながら、アオとウオの周りを高速で周回する。


「ウオ、俺たちもっ!」

「アオ、わかった!全力で行くっ!」


 二人の掛け声とともに、気配が6体現れ、

 同時に兄弟の姿が気配の中に紛れていく。


 その数は本体も合わせて8体。


 具現化した姿全てに、濃密な殺気を纏っている。


 どれが本物でどれが偽物かなんて区別よりも、どこから仕掛けてくるかさえ分からない。その全てがグググッと弓を構え引き絞ったまま、照準をこちらに合わせているのだから。いつ射殺されてもおかしくない、それほどのプレッシャーを姉妹は感じていた。


「………………」

「ナゴ姉ちゃんっ?」


 ゴナタは周回しながらも、いつの間にか目を閉じている姉に声をかける。


「ダメ、ね。全てに存在感がある。目に見える者も気配も本物……」

「うん、ワタシにも全然わからないんだよっ!」

「そうよね、ならここで行くしかないわね」

「うん?何かあるのかナゴ姉ちゃんっ?」

「まあ、ね。でもあまり持たないかもね。あの時のゴナちゃんみたいに」

「ワタシみたいに?……あ、もしかしてそれってっ!」


 ゴナタはナゴタの言葉にふと思い出す。

 それは澄香との戦いで発動した無意識下での限界突破。



「何をやっても無駄だっ!お前たちが」

「俺たちのどれかを攻撃した時が最後だっ!」


 悠々と話す姉妹に我慢出来ず、割って入る兄弟。


「ねえ。あなたたちはずっとそうなの?」


 ナゴタは二人の剣幕に押される様子もなく若干速度を落とし、

 兄弟に向かって口を開く。


「「何がだっ!」」


「双子である事に拘って、今まで兄弟である事を犠牲にして進んできたの?」


「犠牲?だと。一体何のことだっ!」

「犠牲?そんなもの端から存在せぬっ!」

 

 と、ナゴタに向かい声を荒げ吐き捨てるように叫ぶ。


「兄と弟として、誰かに褒めてもらったり、気にかけてもらったりした事ある?双子でも姉が妹を守るんだって真剣に怒られた事ある?」


「兄、弟だとっ? お前は何を言っている!」

「俺たちは二人で一人だっ!お互いなどない。話し合うのも無駄だっ!」


「そうよね、私たちも最近まで似たようなものだったし」

「そうだなっ!今はもうわかってるけどなっ!」


「何が言いたいっ!」

「何が分かってるというのだっ!」


「双子なんて意味がないって事よ。ただ単に一緒に生まれてきただけでしょ?」

「そこに誇りを持つなんて意味が分からないよなっ!」


「「出来損ないが俺たちを愚弄するかッ!」」


 侮辱とも取れる姉妹の言葉に激高するアオとウオ。

 それを目の当たりにしてもなお、姉妹の言葉は続く。


「また出来損ない?私たちから見れば、あなたたちの方が出来損ないよ」

「そうだな、お前たちは双子以前に兄弟としては出来損ないだっ!」


「お前らが双子を語るなっ!」

「兄弟の前に、俺たちは双子だっ!」


「私たちは双子以前に姉妹なのよ。姉と妹って個人なのよっ!」

「そうだぞ、二人で一人じゃないんだっ!別々だワタシたちはっ!」


「「い、いつまでもグダグダと戯言をッ!!」」


 そんな姉妹と双子の主張が真っ向から衝突する。


 双子としても姉妹としての存在が優先。

 兄弟としても双子としての存在が優先。


 そんな価値観の違いと想いの違いが、姉妹と兄弟を大きく別ける。


「姉妹の言葉に耳を貸すなっ!ウオ一気に潰すぞっ!」

「分かったアオ、一瞬でケリをつけるっ!」

 

 アオとウオの兄弟は、全ての魔力を全身に循環させ、一足飛びでナゴタとゴナタに襲い掛かる。その周りにはドス黒い殺気を纏った気配が6体。


「ゴナちゃんっ!」

「うん、あとは任せろっ!」


 ナゴタとゴナタの姉妹は、高速で迫りくる数多の殺気を前に、ナゴタの全身から光が溢れ出す。その色は眩い程の群青。


「いけぇっ!ナゴ姉ちゃんっ!」

「んんんっ――――!!」


 そして、


 シュ   ン ――


 音さえも置き去りにして、その姿が掻き消える。

 消える予兆や予備動作など何一つなく刹那の時間で。


 スン  ×6


 と、殺気を纏った気配が瞬く間に消滅する。


「なっ!!け、消されたっ!」

「い、一瞬で俺たちの能力がっ!!」


 アオとウオの気配が本体の二つだけになる。

 ナゴタの姿が消えたと同時に全てが消されていた。


「っ――ぐぐ、う、運がなかったわ、本体だけが残るなんてっ」


 ナゴタの声だけが兄弟の元に届く。

 その声には、僅かに苦痛が含まれていた。


「くっ、ウオもう一度だっ!」

「わ、わかったっ!」


「――さ、させるわけないでしょっ!ゴナちゃん、もう一度っ!」

「わ、わかったっ!ナゴ姉ちゃんっ!」


 シュ   ン ――


「「後ろだっ!!」」


 アオとウオの兄弟は、ナゴタたちの姿と気配を認識する事なく二人の位置を即座に捉える。そしてすぐさま双剣を前面に構える。


 見える見えない、感じる感じない以前にほぼ勘に近い動きだった。

 これは数多の経験則からくる双子の、未来予測に近いものだろう。


 そこへゴナタがハンマーを横薙ぎに払う。


「い、いっくぞぉぉっ!!」


 ブォンッ!!


「「来るぞっ!!」」


 ガガッ


 ゴナタのハンマーの一撃が双剣4本を打ち付ける。

 その強烈な一撃を受けてもなお、兄弟は残りの魔力を絞って踏み止まる。


「「ぐぐぐっ!な、なんて力だっ!!」」


「はぁはぁ、あ、あなたたち本当に強いですねっ」


 ナゴタは踏ん張りながらもそう口を開く。

 体から発していた青い光は既に辺りに散っていた。


「あ、当り前だっ!俺たちは今まで双子の、特性にのみ研鑽、してきたっ!」

「で、出来損ないの双子に負けるわけが、な、かろうがっ!!」


「はぁはぁ、た、確かに私たちは双子としてあなたたちには適わないっ!でもっ!」

「ぐぐぐ、で、でもワタシたちは姉妹として戦ってるんだっ!お前たちとは違うっ!」


「こ、こいつらの戯言に惑わされるなウオっ!」

「わ、分かっているっ!俺たちは俺だっ!!」


 お互いの隔絶する想い同士が激突しそこで数舜硬直する。


 だが、お互いが求める力も信念もそこに優劣はない。

 どちらの想いが強いか正しいかなんて、誰にも決められない。


 なので、この答えは誰にも出せない。

 他人の誰かが口なんて挟めない。


『はぁはぁ、でも私たちは――――』

『ぐぐぐっ!、でもワタシたちは――――』


 だけど姉妹は知ってしまった。


 一人の少女との邂逅で二人は知った。


 それは双子ではなく姉妹である意味を――――

 姉と妹は、別々に存在しているのだと。


「はぁはぁ、わ、私の能力はゴナタという可愛い妹の、目の前の敵を即座に屠る為の能力、でもそれが合わせれば――」


 『――双子?その単語は自分個人を誤魔化すためのただの方便っ!』


「う、ぐぐ、ワ、ワタシの能力は、ナゴタという頼りになる姉の、背後の敵を粉砕する為の能力、でもそれが一緒になれば――」


 『――二人一緒?それは居心地がいいだけのただの逃げの言葉だっ!』


 二人の体から、群青と真紅の強い光が溢れ出し混ざり合う。

 そして濃紫コムラサキとなって二人を包み込む。


「「別々だからこそっ!!――――」」


 姉妹はその光を纏ったまま兄弟に向かい叫ぶ。

 そこに全ての力と想いを乗せて全力で咆哮する――――


「「――――それがお互いを守り困難に打ち勝つ力になるんだぁっ!!」」


 ドッ ゴォォォォッ――――――ンッ!!!!


「「ぐ、はぁっっ!!!!」」


 アオとウオに放たれた、ナゴタとゴナタの二人の力は、

 兄弟を気絶させ、その体を激しく吹っ飛ばす。


 その向かう先には森の木々と大木が立っている。


 気絶した二人はこのままだと―――――



※※※



「ナジメ、ハラミっ!兄弟はお願いっ!」


「うぬっ!」

『わうっ!』


 私はそれを見て透かさず声を張り上げる。

 そして自分はすぐさま広場に向けて走り出す。


 スタタッ


「よっと」


 ガシィ!


「お疲れさま、ナゴタとゴナタ」

 私は倒れる寸前の姉妹を抱きしめ優しく声をかける。


「お、お姉さま私たち――――」

「お、お姉ぇワタシたち――――」


「いいから今は話さないで。ユーアのとこまで運んだら回復してあげるから」

「は、はい、ありがとうございます、お姉さまっ」

「う、うん、ありがとうな、お姉ぇっ」


 私は脱力しているナゴタをスキルで背中に、ゴナタを腕に抱いて、ユーアとラブナの元へゆっくりと歩いていく。


「ねぇねっ!こっちは大丈夫じゃぞっ!」

『わうっ!』


 広場脇を見るとナジメとハラミがアオとウオを地面に寝かせていた。

 どうやら木に激突する前に二人を助け出せたようだ。



 そうして2戦目も私たちの勝利で幕を閉じたのだった。


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