第197話涙目幼女と対戦相手




「一番手はわしじゃっ!誰でもかかってこいなのじゃっ!何なら4人一度でも一向に構わぬぞっ!」



 と、小さな体に見合わぬ大声で、アマジたち4人に啖呵を切るナジメがそこにいた。その立ち姿は胸の前で腕を組み、両足を広げ「ふんっ」と鼻息荒くふんぞり返っている。旧スク水姿で。


 何やら随分と気合が入っているようだったが、


「ちょっと待ってナジメ。そう言えばルールとか細かい事聞いてないよっ!」


 私はふと思い出し広場中央で、ふんぞり返るナジメに大声を上げる。


「んなっ!ねぇね、そんな必要ないのじゃ、わ、わしが一網打尽にっ!」

「いやいや、ダメでしょ。勝敗の条件聞いてから出ないと」

「うむむぅ。ならわしはここで説明を聞くのじゃ。戻りたくないのじゃ」

「ごめん、私が行って来いって言ったからだよね?うっかりしてたよ」

「い、いや、わしも逸り過ぎたとも思っとるし、気にせずともよいのじゃ」

「それじゃ今聞くからそこで待ってて」

「わかったのじゃ」


 と誰もいない広場の中央でしゃがみ込み、何やら地面に描き始めた。

 またお世辞にも上手とは言えないお絵かきだろうか?


「っていう事だから、早くルールとか教えてよ。ナジメが待ってるから」


 と、何やら険しい顔のアマジたちに声を掛ける。


「「キ、キサマいい加減にッ!!」」


「……まぁいい。それでルールだったな」


 それを聞いて、取り巻きの3人はいきり立っていたが、アマジはそれを気にすることなく私の質問に答えていく。


「武器は模擬戦用のを適当に見繕ってきたから好きに使え。それと勝敗のルールは簡単だ。相手が気を失うか、戦闘不能なケガをした時。それと――――」


 そこで一旦言葉を止めるアマジ。


「?」


 そして私の目を見て、


「それと―――― 地べたに頭を付けて相手に許しを請うかだ!」


 と挑戦的な、いや、挑発的な笑みでそう言い放った。


「ふーん、よっぽど私に頭を下げさせたいんだね?」

「まぁ、な。 お前が英雄で女の冒険者なら尚更だ」

「…………わかった。ナジメっ!ちゃんと聞いてたぁっ!」


 ルールを聞き終わった私は、まだしゃがみ込んで

 何かを描いているナジメに声を掛ける。


 何かずっと集中してたけど、きちんと聞いていたのだろうか?



「うむ、ちゃんと聞こえておったぞっ!心配するな、ねぇねっ!」

「それじゃよろしくねナジメっ!それとあまり大ケガさせないでね!」


 顔を上げてそう返事が返ってきたので問題ないだろう。

 そのついでにナジメに応援のエールを送る。


「わかったのじゃ。でも保証は出来ないのじゃ、何やらあまり手加減が出来る相手じゃなさそうだしのぅ」


 と、ナジメに向かって歩いて行く一人の男を見て、そう返してくる。

 その声質は少しだけ低かった事から、警戒をしているのだと分かる。



「……うん、わかった。それならケガしないよう……に、はないか。それじゃ………………頑張ってねっ!」


 戦うナジメに気の利いた事を言いたかったが、相手がケガすることはあっても、ナジメはその能力故にケガなんて負いそうにない。なので私は当たり障りにない声援を送った。


「うぬ。わしに任せておくのじゃっ!ねぇねたちは大船に乗ったつもりでいるのじゃっ!それと今日は新技を披露するのじゃっ!」


「………………」


 私たちを見て、ナジメがそう声を張り上げる中、その対戦相手は無言だった。


 それに不気味さを感じながら、私はユーアたちの集まる場所まで駆けていく。


「ねぇスミカお姉ちゃん、ナジメちゃんは大丈夫だよねっ?」


 ユーアたちの前に着く早々、ユーアが心配そうに聞いてくる。


「そう、だね。ナジメは絶対に大丈夫だよ。ユーアもナジメが強いの知ってるでしょ?だからきっと勝って戻ってくるから安心しなよっ」


 私はそんなユーアを撫でながらそう答える。

 少しだけ気になることがあるけど、それは些細な事だし。


「そうですよユーアちゃん。相手の能力は不明ですが、ナジメはお姉さま相手にも善戦した強さなのですよ?」


「心配するなユーアちゃんっ!ナジメは見た目幼女でも中身は100歳超えてるからなっ!それこそだっ!!」


「そうよユーア、ナジメはこの中で一番小っちゃくて、一番ドジっ子で、一番世話がかかって、領主の仕事も満足に出来なかったけど、一番の年寄りなのよっ!!」


『わうっ!!』


 私に続いてシスターズたちもナジメの強さを信じ、それぞれに盛り上がる。

 それを聞いて、ナジメの戦闘力には何の不安もないようだと分かる。


 だけど実際にナジメを立てていたのは、私とナゴタだけのような……


『ゴ、ゴナタの百錬磨って何?百戦でしょ? それにラブナは褒めてる様で、何気に貶してる言葉ばっかりだよねっ!?応援も何も無いよね!?』


 私はちょっとだけ背中を丸めて、こっちを見ているナジメと目が合う。


「………………ぅぅ」

「………………」

 何か言いたそうにしている。 気がする……


『ナ、ナジメ?……』


 私と目が合ったその目はわずかに潤んでいた。

 きっとラブナの声が聞こえたんだろう。


 どうやら体は鉄より頑丈でも、心は薄氷のようにもろかった。



「俺たちの1戦目の代表は、今ナジメと向かい合ってる男だ。お前の所はナジメでいいのだろう?ならさっさと始めるぞ」


 そんな傷心気味のナジメを他所に、アマジが先を進める。

 うる目のナジメに全く興味がないようだった。

 幼女が泣きそうなのに。



「よ、よし、わしはもう大丈夫じゃ。それでお主、名は何と言う?」

「…………………」


 ナジメは軽く目元を拭いながらスクっと立ち、目の前の男に問いかける。

 どうやら泣きそうではなく、既に泣いた後だった。ちょっとだけ。


「あ、わしが先に名乗らねば失礼じゃな。わしはナジメじゃ。で、お主は?」


 返事がない男にナジメは再度問いかける。


「………………よ」

「なぬ?良く聞こえぬぞ?何と言った?」

「………………」

「はぁ、お主は男じゃろ?もう少しハッキリと言わぬと女子も口説けぬぞ?」

「………………」

「どうした、名も名乗れぬほどの無作法者がアマジとおるのか?」

「っ!?」

「わかった、ならお主のリーダーに一言言っておくのじゃ」

「ぁっ」


 返事のない男に業を煮やしたナジメは「ニヤァ」とアマジの方を向き、


「アマジよ。お主のメンバーは名も名乗れぬ無礼者じゃ。そんな者をおいておるお主もタカが知れ――」


「い、いちいちうっさいわねお前はオレの母ちゃんかよっ!名前はバサよっ!これで文句ないでしょうっ?」


 ナジメがアマジに言い終わる前に、目の前の男から甲高い声が聞こえた。


「な、なによっ!」


 甲高いというか、どっちかというと……


「お、お主、女の子じゃったのか?そんな無精ひげや、立派な体格なのに?」


 そう、そんな感じ。


「お、女じゃないわよっ!別に何だっていいじゃないっ!」

「う、うむ、確かにどうでもいいが、ただびっくりしただけじゃ」

「ならそれでいいじゃないっ!」

「う、うむ、お主はそれが地声でいいのじゃよな?」

「わ、悪いっ?だから今まで喋らなかったのよっ!舐められるし!」

「い、いや、わしはそんな風に思っていないのじゃっ!」



 ナジメは予想外の男の女児声とお姉言葉に、何やら驚いてる様子だった。


 私はそれを見て「あっ」と手を鳴らす。


『だ、だからあの男だけ、今まで何もしゃべらなかったんだっ!気になる事ってこれだったんだ。何か違和感があったんだよねっ?』


 アマジの取り巻きと出会ってから、今まで一人だけ言葉を発してなかった。

 

 悪役部下テンプレセリフの「キサマッ!」にも加わってなかった。

 ただ怒りを表すような時の動きはあったけど。


「まぁ、ただそれだけなんだけどね。でもスッキリしたかも」


 私は一人「うんうん」と納得して小さく頷く。


「どうしたんですか?スミカお姉ちゃん」


 そんな私にユーアが気付き声を掛けて来る。


「何でもないよユーア。ただ胸のつかえが取れただけだから」


「そうなの?」

 と首を横に傾げながら不思議そうに私を見ていた。


「そう、だから今はナジメの応援に集中しようか」

「はい、スミカお姉ちゃん!」


 私はユーアを撫でながら広場に視線を戻す。


 そこには、


「んなっ!お、お主いったい何人おるのじゃっ!?」


 目を見開きバサを凝視し、そして声を上げ驚愕するナジメがいた。


 そんなナジメはバサと呼ばれる目の前の男1人を視界に収めている。


 その男は模擬戦用の大剣を両手で構え、ナジメに鋭い視線を向けている。

 もちろん、その数は1人だ。


 ナジメの言う、何人とはいったい?

 そしてナジメの目には何が映っているのだろうか?


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