第196話決戦の森そしてナジメの覚悟




 私たちはユーアの案内でゴマチの父親、アマジの待つゴシキの森に到着した。



 ゴシキの森は入り口から木々や蔦などが鬱蒼とし、その為湿気が多く陽の光も入りずらいようだ。どこか空気も重いそんな薄暗い森だった。


 そんな森はビワの森と違い、あまり利用される森ではないとの事。

 

 魔物もそうだが、採取できる素材の種類も少なく、その取れる殆ども菌糸類が主で、魔物も寄り付かず。それにいずれの種類も限られる物ばかり。


 そう言った理由で、ベテランの冒険者はもちろん、低ランク冒険者にもあまり人気のない森だった。それでも全く需要がないわけではないが。



 そんな人気のない筈の森の入口にも、今日は数人の男が立っていた。


「どうやら、ナジメもゴマチも連れて来たようだな」


 そう声を掛けてきたのはゴマチの父のアマジ。

 私たちより先に到着して待っていたようだ。


「まぁ、ね。そういう話だったし」


 それとその後ろにはアマジの取り巻きの3人もいる。

 いずれも私たちを鋭い目で見ている。


「――――それと、私たちのパーティーメンバーも連れて来たんだけど、参加するわけじゃないから別にいいでしょう?」


 私はアマジに声を掛けながら、その視線の先を追う。


「別に構わん。今日の俺はお前にしか興味がないからな」


 アマジはパーティーメンバーを見渡し、最後に私を見てそう話す。


 確かにアマジの言う通り、その視線は私の視線とぶつかっていた。


 誘拐された実の娘には目もくれず。――にだ。



「冗談やめてよね?私に惚れるのは。あなたは本心から趣味じゃないし」


 私はそれを見届けてアマジに軽口で答える。


「…………相変わらず物怖じしない奴だなお前は。クククッ、まぁいい。そうじゃなければ面白くないからな。お前が地べたに頭を擦り付けるところを更に見たくなったぞ」


 そう言いながらアマジは口元を緩める。


「それじゃ俺たちに着いてこい。ある程度広い場所があるから、そこで戦ってやろう。そこでお前たちを跪かせてやろう。ナジメも一緒にな」


 アマジはそう言い残し、男たちと踵を返し森の奥に進んで行く。


「わかったよ。それじゃみんな行こうか。ナジメは――ってもう降りてたんだね」


 私はゴナタの肩からいつの間にか降りていたナジメに声を掛ける。

 さすがに領主の立場上、肩車されてる領主ってどうなのって思ったから。


「当たり前じゃ。街の人たちとは違い、あ奴から何か言われても嫌じゃからのう」


 ナジメは先に行ったアマジを目で追いながらそう答える。


「あはは、確かにそうだよね」


 私はナジメ、そしてハラミの上のゴマチを見るが、ゴマチは無表情で下を向いているのでその心中は分からなかった。


『………………』


 ただハラミの毛を握る小さな手には、少し力が入っているように見えた。



※※※※



 そうしてアマジの案内で私たちは森を進み、少し拓けた場所までやって来た。


 そこはアマジたちが、コムケの街にいる間の鍛錬の場所らしい。

 広場の脇には、小さな休憩所らしい小屋もある。


 少し拓けたその場所には、太い木にロープを巻き付けた物や、人の形に似せた木の人形、ボロボロの地面、あちこち穿かれた岩や大木。


 確かにアマジたちはここで訓練をしているようだった。

 そして、そのどれもがかなり使い込まれている物だった。



「さあ、それじゃ始めようか。そっちは誰からくるんだ?」


 私たちが到着したのを確認し、早々と始めようとするアマジに、


「あのさ、ちょっといい?」

 と声を掛ける。


「何だ」と不機嫌に返事を返すアマジ。


「もし、私たちが3連勝したら色々と聞きたいことがあるんだけど」


 と苛つく様子のアマジにそう提案してみる。


「聞きたい事だと?……よかろう。だが俺たちが3連勝したらどうするんだ?」

「あ」


 そうだった。


 私は最初から全勝のつもりだったけど、相手にしてみればおかしな話だ。

 自分たちだけ何かのリスクを負うのだから。


「うーん、そうだね……」

「………………」


『う~、別にそこまで重要ってわけじゃないんだけど、ユーアと仲のいいゴマチを見てると色々とね……なら私たちが街を――――』


 私は何も考えてなかった事に慌てて思考を巡らす。


「えーとね」

「クッお前っいい加減にアマジさんの事をっ!!」


 首を傾げる私に、取り巻きの一人が声を荒げる。


「なら、わしがコムケの街の領主を降りよう。その方がアマジもいいじゃろ?」


 と、悩む私の隣にやって来たナジメが唐突にそう言いだす。


「はぁっ!?ナジメあなた何を言ってっ!」

「ほう」


 それを聞いて私は驚いてナジメの顔を凝視し、アマジは興味深く喉を鳴らし視線をナジメに向ける。


「ナ、ナジメそれじゃあなたの村はどうするの?それに――」


「ねぇね、慌てるでないぞ。もちろん直ぐにとはいかぬが、わしも色々と思うところがあったのじゃよ。昨日、ゴマチの祖父のロアジムと話をしてからも、それとユーアたちの孤児院にも迷惑をかけてしまっていた事も含んでな」


 そう言いナジメはアマジに視線を向ける。


「その方が、お主も気持ちがいいじゃろう? どうやらわしが領主なのを気に入らなかったようじゃし、ロアジムや娘に会うのも似たようなものじゃったし。何やら冒険者という者を毛嫌いしているお主にはな」


「…………それでいいだろう。俺たちは特に異論はない」


「うむ………………」

「………………」


 アマジはそう答えたあとで、無言で頷き合いそれでこの話が終わる。



「ナジメいいの? 別にそこまでする必要はないんだよ」


 私はナジメの耳元で、先ほどのやり取りに対して口を挟む。


「うむ。ねぇねたちにも昨日話した通り、わしは願いが一つ叶ったら辞めるつもりじゃっただろ?冒険者に戻るとな。じゃから大して未練もないのじゃよ。クロの村も落ち着いて来ておるし。それとねぇねが率いるわしたちシスターズが負けるとも思わぬし――――」


 ナジメはそこまで言い終わり、私の顔を見上げる。


「――――それにねぇねのやりたい事には何か意味があるのじゃろ?」


 と意味深に私の目を見てそう問いかけて来る。


「まぁ、ね」

「じゃったら、わしたちはそれに協力するだけの事じゃ!」


 と、八重歯を見せながら笑顔で答えるナジメだった。


「……ふふ、ありがとうね。ナジメ」


 私はそんなナジメの頭に軽く手を置き気持ちを伝える。


「う、うむ。わ、わしは一応年長者なのじゃ、これからも、もっと頼っていいのじゃよ?わ、わしに期待してもらっていいのじゃよ?」


 と、何故か上ずった声で答えるナジメに、


「うん、わかった。これからも頼りにするよ」

「う、うむ」

「それじゃ早速ナジメにお願いするかな?」

「な、なんじゃっ!」

「一番手はナジメが派手に勝ってきちゃってよ」

「…………よし、わかったのじゃっ!」


 そう快活に返事をしたナジメは、トコトコと一人広場の中央に歩きだす。


 そして胸の前で腕を組み、


「一番手はわしじゃっ!誰でもかかってこいなのじゃっ!何なら4人一度でも一向に構わぬぞっ!」


 と、小さな体に見合わぬ大声で、アマジたち4人に啖呵を切るのであった。


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