第166話クロの願いとユーアの覚悟




このお話はナジメの幼少の頃のお話です。

時間軸では本編の100年近く前のお話です。


※残酷な表現や人権に関わるお話があります。

 苦手な方はご遠慮ください。


※過去の話と、現在とが交互に進んでいきます。

 予めご了承ください。






 次の日もあの子供たちがわち達を見つけてはちょっかいを出してきた。


「どうじゃっ!もう降参したら方がいいぞ?わちは強いからなっ!」



「はぁ、はぁ、何なんだコイツ、痛くないのかよ……」

「もう、手頃な木の棒がないぞ……はぁはぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……チクショウ」 


 わちは攻撃に疲れ切って、各々に息を荒げている子供たちにそう宣言する。

これで逃げたり、諦めてくれればわちは追わないし、こちらからも仕掛けない。


『ナーちゃん、もし痛い事をされても仕返ししないでね?仕返しは仕返しを、争いは争いを連鎖させるだけだから絶対に我慢してね。私たちの立場は余計に状況を悪くするだけだからね……』


 わちの大好きなねぇねが教えてくれたことを思い出す。

だからわちは降参を勧める。どうか矛を収めて欲しいと。


『それに、私たち以外の同じ境遇の人たちにも迷惑になるから、混血は危険だって、異端児は存在しちゃダメだって。てね。だから悔しくても怖くても我慢しようね。今はこんなだけどきっと――――』



「わちたちはもう帰るのじゃっ!これに懲りたらもう手出しするななのじゃっ」



『――――きっと、私たちが安心して暮らせる村を街を国を私が造るから。私は生きてそれを叶えたい。ナーちゃんと、そしてお墓のお父さんお母さんも安心して暮らせるそんな世界を――――』



 わちは子供たちを見下ろし腕を組んで胸を張る。

 わちの大好きなねぇねの想いを守る為に。



 ガンッ!


「んがっ!?」

「ナーちゃんっ!!」


 わちは頭に衝撃を感じて、そのまま吹っ飛びゴロゴロと転がる。


 見た目は派手に転がったが、わちは頑丈なのでこんなのは痛くない。

 両親に授かったこの体は、ねぇねを守る為にあるのだから……


 そう思っていた筈だった。


「いっ痛いっ!痛いっ!!」

「ナ、ナーちゃんっ!?」


 この時までは――――



「子供達の話を聞いて来てみれば本当に混血のガキがいるじゃねえかっ!」


「と、父ちゃんっ!」


 そう、わちを殴り飛ばし姿を現したのは背丈はそれほどでもないが、ガッシリとした体格の髭を生やした屈強な冒険者風のドワーフだった。


 子供たちの誰かの父親だろうか?


 そしてその手には棍棒のようなものが握られていた。



「ナーちゃんっ!ナーちゃんっ!!」

「痛いっ!痛いのじゃぁっっ!!」


 ねぇねがわちを見て悲痛な声を上げる。

 わちは初めての激痛に我を忘れて絶叫を上げる。



「ハァッ?まだ意識があるってのか? どうやら大袈裟な話じゃねぇんだな頑丈ってのはよっ!それじゃもう一発いっとくかァッ!!」


「ひ、ひぃっ!や、やめてくれっ!!」


 わちは目前に迫る男に混乱しながらも、情けない声を上げる。

 生まれて初めての激痛に我を忘れて。


 ブゥンッ

 ゴッ!


「きゃあっ!!」

「ね、ねぇねっ!?」


 その一撃はわちに当たることはなく、わちの上に覆い被さっているねぇねの背中を強く殴打していた。

ねぇねはわちの危険に見かねて自分を盾にして守ってくれていた。


「うん?何だコイツは? こいつも混血なのかっ!?」

「うん父ちゃん、そうなんだよっ!こいつらは姉妹なんだよっ!」

「ああ、そうだったなっ!なら一緒にボコっても誰も文句は言えねぇ、なっ!」


 ブゥンッ

 ゴッ!


「ぐっ!」

「ねぇねっ!!」


 そうして何度も振るわれる一撃は確実にねぇねの命を削っていく。


「ど、どいてくれなのじゃっ!わちが、わちがねぇねを守るんじゃっ!」


 そう覆い被さるねぇねに懇願する。


 わちがねぇねを守る役目なんだと。

 その為に授かった体があるんだと。


 ねぇねの軽い体はわちでも簡単にどかせる。


 だが、恐怖でガチガチと鳴らす歯とブルブルと震える体がいう事を聞かない。


『~~~~~~ぅぁ』 


 それでもし、わちを庇うねぇねがいなくなったら?


『~~~~~~ぅあぁぁ』 


 痛い痛い痛い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だっ!!


 そんな痛みと恐怖が蘇ってくる、初めての激痛がまた襲ってくる。

 もう二度と感じたくないし、一生体験したくない。


 それでも、


「ね、ねぇ、ね、ど、どいて、くれっ」


 わちは必死にねぇねに呼びかける。

じゃないと、わちと違い体の弱い姉のクロは、ねぇねは――――


「ナ、ナーちゃん、もし私がいなくなっても誰も恨まないでね……そして私の夢を、想いをきっと繋げてね……ナーちゃんは強い、だからきっと大丈夫。お父さんお母さん、そして私の願いの――――」


「も、もう、逃げてっねぇねっ!」



 『みんなの希望が詰まった世界を造ってね――――』 



 優しくわちの頭をいつものように撫でながら笑顔でそう告げた。


「ね、ねぇねっ?」


 そしてねぇねの体が重くなる。

 完全にわちに覆いかぶさる形で。

 力が抜けたようにわちに身を任せるように。


「ねぇねっ!!」



 それが最後に聞いたねぇねの言葉だった。



 そしてねぇねは姿を消した――――




※※※※



『………………』

「ナ、ナジメちゃん…………」

「………………」

「………………酷すぎますねっこれはっ!」

「……ううう、ナジメぇっ!ねぇねっ!」

『くぅ~~ん』


 私たち5人と1匹は、ナジメの話が一旦途切れたところで各々感想を漏らす。


 ナジメの過去に何かあったのは、何となく察してはいたが、まさかここまでの事があったなんて思いもよらなかった。


 慰めや、同情の言葉なんて簡単に掛けられない。

 どの言葉を選んでも陳腐で安易で安っぽく聞こえるだけだ。



「それで、お姉さんはどこに行ったかわからないの? それとナジメの『小さな守護者』だっけ?あれはいつ発動したの?」


 語り部のナジメを抜いて、沈痛な面持ちの皆を気にしながら声を掛けた。



「う、うむ、それよりもこんな空気にして悪かったのじゃ。この話はもう100年近く前の話じゃから、わしはある程度吹っ切れている、だからみんなそんな顔するでないぞ?じゃないと――」


 「――逆にこちらが気を使う側になってるのじゃぁっ!」

 と何とか場を和ませようとナジメは皆に声を掛けるが、



「「「「…………………」」」」


 皆一様に下を向き黙り込んでしまう。

ユーアなんて、ぎゅっと膝の上で拳を握り涙が零れるのを堪えている様だ。


 軽口をたたくナジメに気を使われているのがわかっているんだろう。



「さ、さあっ!今日はここまでにするのじゃっ!ユーアたちも早く子供たちに会いたいじゃろっ?」

「さ、さあっ!今日はここまでにしようよっ!ユーアたちもナジメの付き添いで屋敷に行くんでしょ?」


 そんなみんなを見かねて、空気を換えようと声を掛けたが、偶然ナジメと被って似たような事を言ってしまう。


「え、何ですか?スミカお姉ちゃんとナジメちゃん」


 二人でハモってしまった為、ユーアも含めてあまり伝わっていなかったようだ。


 なので再度言い直す事になるのだが、


 それも、


「ねぇねが先に伝えてくれなのじゃっ!」

「ナジメから最初に言ってくれていいよっ!」


 と、更にナジメと被った事に驚きながら、


「そ、それじゃ、わしから―――――っ!?」

「うん、それじゃ私から――――っ!?」


 と三度目も同じことを繰り返してしまう。


「ぷぷぷっ…………な、何してるのふたりともっ!」

「あっはははっ! スミ姉たちったら何言ってんのっ!」

「ふふふ、さすがはお姉さまですねっ!」

「わははははっ!何だいそれはっ!!」


 そんな寸劇みたいなやり取りを見た皆に、何とか笑顔が戻った。

そして私とナジメはお互いの顔を見て頷き合う。


 ナジメは意外にも空気の読める幼女だった。

沈んでしまった皆を明るくするのに一芝居付き合ってくれた。

 


「それじゃ、この話はこれまでにするのじゃ」


 そう言ってナジメは一先ずはこの話は締めようと席を立つ。が、


「ううん。ちゃんとナジメちゃんのお話最後まで聞かせて?」

「そうね……もうここまで聞いたんだから、今更後悔なんてしないわよっ!」

「私たちもユーアちゃんたちと同じ意見です」

「うんうん、ナジメ気にしないでいいんだぞっ!」


 ユーアを始めとして、シスターズの皆もナジメの過去の話を続けて聞きたいと同意する。


「ユーア、本当にいいの?興味本位で聞いていい話じゃないよ?きっと」


 と私は一応釘を刺すようにユーアの目を見て話す。


「きょうみほんい? よくわからないけど、ナジメちゃんの力になりたいってボクは思ったから、きちんと聞かないとダメだと思うんだ?スミカお姉ちゃん」


 ユーアは私の目を真っ直ぐに見てそう返事をする。

 ユーアなりに色々思って、覚悟を決めていたようだった。


「…………わかったよユーア。それじゃ続きをお願いね。ナジメ」

 

 私はユーアの頭を撫でながらナジメに先を促す。


「う、うむ。わかったのじゃ」


 ナジメはもう一度飲み物で喉を潤しながら話を再開する。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る