第143話お絵かきと口撃合戦




 しゃがみ込み、地面に何かを書いているナジメに近寄っていく。

 暇潰しなのはわかるけど、これ程お絵かきが似合う大人も珍しい。


『こんななりでも昔は冒険者なんだよね? しかも元とは言えAランク。年齢と見た目に関しては私も言えた義理ではないけど、さすがにこの幼女には敵わないよ』


 見た目は6歳くらいの女の子。

 もちろん実年齢より幼く見えるユーアよりも小さい。



「おっ? 話はもう終わったのじゃなっ?」

「うん、終わったよ」


 近付いてくることに気付いたナジメが、顔を上げて話しかけてくる。


「ねえ、一体何書いてたの?」


 しゃがみ込んで、何かを描いていたのが気になり聞いてみる。

 ルーギルと私たちが話している間に地面に描いていた絵だ。


「うむ?」


 何やら途中から、暇つぶしじゃなく、夢中になってたようだけど。


「うん、これって…………何?」


「おお、これはな、わしがこの街の英雄を負かした絵じゃ」


「えっ!?」


「わしの得意な魔法で、英雄のお主を『参った』と言わせてる絵なのじゃっ!」


「………………はぁ?」


「こんな風に両脇から「ギュッ」と挟み込んでのう。それで動けなくなって『ごめんねっ! 許してっ!』とお主が言ってるのじゃ。そんな未来の絵を描いてただけなのじゃっ!」


 ナジメをそう言い「スクッ」と立ち上がる。


 私を見る目と雰囲気は、さっきまでの子供らしい無邪気さは抜けていた。

 威嚇するように目尻を上げ、僅かに口角が上がっていた。

 

『……ふぅん、中々良い威圧と殺気じゃん。何がこの幼女をここまでやる気にさせたのかは分からないけど、これで私も遠慮しなくてすむよ。うん面白いよ。それにしても……』



 私はもう一度地面の絵をよく見てみる。

 ナジメ説明していた事を確かめる為に。


「?」


 どれがナジメで、どれが私か正直わからない。


 幼児がお絵かきで描くような、ふにゃりと手足の関節がない軟体生物らしい何かが1匹と、それと壁らしき線が2本だけ書いてある。


 あれ?

 一人しかいないように見える。

 挟み込んでどうとか言ってたけど。



「ねえ、この絵って私はどこにいるの? 見当たらないんだけど」


「えっ!?」


 結構集中して描いてたよね? それとも見方が違う?

 わかる事は壊滅的に絵のセンスがない事だけだ。



「ど、どこじゃ、とっ?…… な、何を言っておるのじゃっ! お、お主は壁に挟まれて見える訳がないのじゃっ! 壁の中におるのだからなっ? きっとそうなのじゃっ! そうじゃよな?」


「いや、私に聞かれても書いたのはあなただし。そもそも何で壁の中にいるのに私が『ごめんねっ! 許してっ!』とか言えるの? これ、絶対書き忘れてたよね?」


 微妙に落ち着きのないナジメに突っ込んでみる。

 目もなんか泳いでるし。ちょこちょこと歩き回ってるし。



「ううっ、こ、これはお主が叫んだ後で閉じ込めたのじゃっ! だからお主の姿は見えないのじゃっ! どうだ、これでいいじゃろっ! うんうんっ!」


 今度は言い訳がましく喚きたて、最後はない胸を逸らし満足げに頷いている。

 これで無理やり通すつもりだろうか。



「もうそれはいいや。あなたが悩んでいる間に私が書き直してあげたから。ほら、これがあなたの結末だよ? 私のじゃなくてね」


 私はそう言って地面を指差す。


「うなっ、お主絵がうまいのっ! ところで、この大きな■の脇に立っておる、乳の大きな人物はわしかのう?」


 そうナジメが言った通りに、巨大な■が積み重なった脇に、胸を強調している人物が描いてある。

 そんなものは勿論ナジメな訳がない。


 だったら真実は一つ。


「それ、私だから」

「えええっ! お主となっ!?」


 豊満な胸を逸らして当たり前のように言い切る。

 そんなナジメはジロジロと私と絵を見比べて見ていた。

 

 少しだけ大袈裟に書き過ぎたかも。



「それとね、ナジメはこっちでしょ?」


 ■が積み重なっている物体を指差す。


「私が作った魔法壁の中で身動きが取れず、ベソ描いているのがナジメなんだよ。まあ、壁の中だからナジメの絵と同じように見えないけどね」


 白々しく、ナジメの顔を見ながら言ってみる。


「どう、わかった? ナ・ジ・メ・ちゃん」


 ついでにちゃん付けして挑発してみる。


「むかっ! わしは長かった冒険者時代でもここまでコケにされたことはなかったのじゃっ! お主、覚悟はできておるのだろうなっ!」


「いやいや、最初にあなたが挑発してきたんでしょ? 私はただお返ししただけだよ、やられっぱなしは性に合わないしね。それに覚悟っていうけど、ナジメこそ覚悟はできてるの?」


 更にナジメを煽ってみる。


「はんっ! わしに何を覚悟しろというのだ! 言うてみろっ!」


「そんなの私と戦うんだから決まってるじゃない――――」


 私は踵を返して、ナジメから距離を取り振り返る。


「――――もちろん、あなたの心が折られる覚悟だよ」


「んなっ!?」


 指をナジメに突きつけそう宣言する。


「うぬうっ、たがが小さいこの街の英雄風情がっ調子に乗り折ってからにっ! その減らず口をきけなくしてやるのじゃっ! 『土団子』」


 余程プライドを抉られらのだろう。

 小さい体を震わせ、歯を剥き出しにして先制攻撃を仕掛けてきた。


『うは、自分の治めている街なのに小さいって言ってるよ。にしても、ここの世界の冒険者はやたら挑発に乗って来るよね? しかもみんな戦闘好きだし』


 私の周囲の地面から、拳大の鉄球のような黒の塊が飛び出し浮遊している。

 前後左右、それと空中にも浮遊している。その数は凡そ100以上。



「って思ったよりも多いっ!?」


「まずは小手調べじゃっ! このくらいでやられる出ないぞっ! 『土合戦』っ!!」


 そしてナジメの掛け声とともに一斉に動き出す。


『土合戦って、雪合戦を真似た感じなのかな? でもこの数はさすがにある程度スキルを使わないと無理だね? それにゴナタの時みたく、観客に危険が及ばないようにするのには』


 この状況でそう判断しスキルの封印を解く事にした。

 今回の戦いでは、ある程度、能力を見せても仕方がないと結論付けた。


『……でもこの感じも懐かしいかも』


 それ程の相手だと認め、少しだけ高揚感を感じる。

 過去最強の相手を前にして、今まで以上に鼓動が高鳴る。


 そんな中、


「ってオイッ! 勝手に始めるなッ! 俺もまだここにいるんだぞッ! よしッそれじゃ前置き話せなかったが試合開始だッ!!」


 その存在を忘れ去られたルーギルは、慌てて訓練場から出て行った。


「なんだかんだ言って嬢ちゃんも血の気が多いよなァッ」


 そんな事を呟きながら、脱兎のごとく走り去った。

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