第135話無邪気で無垢な幼女




「この壁って………… 」



 突然地面から出現した、5メートル程の真っ黒な壁。

 私たちがいる訓練場と観客を分け隔てるように直立している。


 その謎の壁のお陰で助かったのはいいが、あまりにも私の透明壁スキルと酷似していて、一瞬言葉を失う。


 素直にケガ人が出なかった事に喜んでいいのか、

 はたまた、これを出現させた何者かを警戒しなけばいけないのか。



「本当に似てる…… けど誰が? もしかして魔法なの?」


 黒い壁の表面は、何の凹凸もなく、あり得ないくらい鏡面の平面に見える。

 そんな物を一瞬で出現させるのは、この世界では魔法くらいしか思いつかない。


 けど、この世界の者ではない、何者かが魔法以外で出現させていたら…………



「ふむ、どうやらギリギリ間に合ったようじゃな?」

「え?」


 上から聞こえた声に即座に反応する。

 その甲高い声と特徴的な話し方には聞き覚えがある。



「…………………」


「しかし、周りを考えなしにあんな攻撃をするとは感心せんのぉ? わしが防いでなかったら危なかったのじゃ。この試合自体が中止になっていたのじゃ」


 そう話しながら、壁の上に現れたのはとても小柄な少女だった。

 私が今最も警戒している、スク水幼女の「ナジメ」の姿だった。



「…………これは、あなたが出現させたんだよね?」


 鋭い視線を幼女に向けながら問いかける。


 誰がこの壁を出現させたかなんて、もちろんそんな事は分かっている。

 この壁の上に現れた幼女しかいないのは、さっきのセリフで確定している。



『ん~、話に乗って来るかな? 乗ってくれば、もう少し状況を確認する時間が出来る。 もし乗ってこなかったら、すぐさま私の透明壁スキルの中に閉じ込める。さあ、どう出る?』


 壁の上にちょこんと立っている幼女を注意深く見る。


「う、うむ、もちろんわしじゃ。ルーギルとの話が終わって試合を見ておれば、危ない場面に直面したのでの。それでつい手を出してしまったのじゃ。し、試合中に割って入って悪かったのじゃ。は、反省しておるのじゃ……」


 なぜか私の質問にビクビクしながら答えるナジメ。

 しかもどこかバツが悪そうに、涙目でペコと軽く頭を下げている。



『へっ? もしかして、私の言い方と強く睨みつけてたから悪い事をしたとか思ってるの? それで泣きべそ書いて謝ってるの?』


 ただでさえ小さい体が更に縮こまってしまい、私の方が悪者だと錯覚する。



「わ、わしが悪かったのじゃ。邪魔してごめんなのじゃ」 

 

「うん、いいよ。助かったのはこっちだし、悪いだなんて思ってないから」


「そ、そうか?」


「そうだよ。だからそこから降りてきなよ。キチンとお礼したいからさ。それとも高くて降りられないなら受け止めてげるよ?」

 

 ナジメの真下に移動して、両腕を挙げる。



『………………ふふっ敵ではないね、どうやら』


 このナジメはきっと、今のところは大丈夫だと判断した。


 そもそも何か仕掛けてくるのであれば、最初から声など掛けてこない。

 模擬戦中という、私たちの隙を見逃すはずもない。


 そう言った理由も含めて、少しだけ警戒を解いた。



「どう? 降りれる?」


「うむ、それは問題ないのじゃ。わしはこれでも冒険者じゃったからな」


「え?」


 ナジメは「トン」と立っていた壁からスッと飛び降りる。

 


「え、冒険者だった?」

「うむ、冒険者じゃったのじゃ。昔は」


 着地も難なく決めて、近づいてきたナジメはそう答えた。


「昔って、どのくらい前の話なの?」

「うむ、そうじゃな、確か――――」


 タタタタッ


「お姉ぇ――――っ! ご、ごめんよぉ! ワタシ良く考えないでさぁ―― ってあれ? この子供ナジメじゃん、一体どうしてこの中にいるんだい?」


 慌てて駆けてきたのは、私と試合最中のゴナタだ。



「本当だよゴナタ。このナジメが防いでくれなかったら、冒険者や街の人たちが危なかったんだからさ。あの攻撃は凄かったけど、今度からは周囲の事も確認しようよ」


「あ、ははっ、ごめんなお姉ぇ………… ん? あれ? それじゃこの壁はお姉ぇの魔法じゃなくナジメがやったって言うのかい? このデカい壁をこの幼女が、あの一瞬でっ!?」


 巨大な壁とは対照的に、小さい体のナジメを見て驚くゴナタ。



「うん、そうだよ。だからゴナタはお礼を言ってね? この子のお陰でケガ人も出なかったし、試合も中止にならなかったんだから」


「う、うん、お姉ぇが言うなら本当なんだなっ! ありがとうなナジメっ! みんなを守ってくれてさっ!」


 私からの説明を聞いたゴナタは、素直にナジメに頭を下げる。


「うむ、気にするな。ただし今度からはこの英雄の言う通りに周りを見るのじゃ。それとわしはこの街をまも――――」


「そうか、こんな小さいのに心は大きいんだなっ! お姉ぇみたいだっ!」


 くい


「わわっ!?」


 ゴナタは笑顔でナジメに近付き、小さい体を軽々と持ち上げる。

 そして幼い子供にするように、高い高いしていた。

 


「や、やめるのじゃっ! わしは子供ではないのじゃっ!」

「あはは、いやどう見ても子供だろうっ! ユーアちゃんより小さいしさ!」

「だ、だから、わしはっ!」


「ほら、もう降ろしてあげなよ、ゴナタ。それにまだ試合終わってないよ」


 持ち上げられて、小さい足をジタバタしているナジメを見てそう声を掛ける。


「うん、そうだな。もう忘れてたよっ!」

「いやいやっ、忘れないでよっ! みんなにも悪いでしょっ!」

「あはは、冗談だよお姉ぇ! それは覚えてるよ大事なことだからさっ!」

「…………なら、いいんだけど」


「う、うむ、すまぬのじゃ、恥ずかしかったのじゃ」


 ゴナタに解放されたナジメは私に向かって頭を下げる。


「うん別にいいよ。それよりも本当にありがとね。お礼にこれ上げるから」


 アイテムボックスから、スティックタイプレーション(イチゴ味)とドリンクタイプレーション(スイカ味)を渡す。きっと子供は甘いものが好きだろうと思って。



「うむ、礼を言うのじゃ。それでこれはなんじゃ? 見たことない物じゃが?」

「ああ、それは甘いお菓子みたいなのと、果物のジュースみたいなものだよ」


 渡されたレーション類を、珍し気に見ているナジメに説明する。


「ううむ、受け取っておいてあれじゃが、何かハッキリせぬ食べ物だのう? 菓子みたいな物とジュースみたいな物とはのぉ」


 珍し気を通り越して、今度は訝し気な視線に変わる。


「ああ、ナジメっ! それとっても美味しいやつだぞっ! ワタシもお姉ぇにたくさん貰って、いつも持ってるし」


 訝しげにレーションを見ているナジメを見て、手持ちのスティックタイプレーションを口に運ぶゴナタ。


「うん、やっぱり美味しいぞっ! 食べてみろよっ!」


 なんて感想を言ってナジメに勧める。

 そしてナジメもそれを見て、レーションを開封し小さい口でかぶりつく。



「う、うむ、どれ………… う、うまいのじゃっ! な、何なんじゃこれはっ! 甘くてサクサクして美味しいのじゃっ! それに―――――― か、回復するだとぉっ!」


 そしてその味と効果にショックを受けていた。



 まぁ、この世界では効果が高いからね。



※※※※



「それじゃ本当にありがとね」

「うん、助かったぞっ!」


「うむ、わしが邪魔をしたわけではなかったなら良かったのじゃ。それとこんな効果の高い回復アイテムを貰って良かったのかの?」


「うん、それは気にしないでいいよ。ナジメはそれほどの事をしてくれたんだし、お礼だと思って受け取ってくれた方が私も嬉しいんだよ」


「わははっ! 相変わらずお姉ぇは太っ腹だなっ!」


「それじゃ遠慮なく貰うとするかの。それでは『また』なのじゃ」


「うん、ありがとね」

「ああ、またなっ!」


 そう言って、ナジメは壁の向こうに消えて行った。

 その身のこなしを見ると、魔法もそうだが冒険者の話も信じられる。



「さて、試合の続きをやるよ? ゴナタ」

「ああ、力一杯ぶつかってやるぞっ!」


 ナジメを見送った後で、再度気合を入れ直しゴナタと対峙する。



 ナゴタの試合の時も、そして今も、大事な何かに気付かないままに。


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