第134話策に溺れちゃう





『さて、ゴナタにしては頭を使ったみたいだけど、でもある意味墓穴を掘ったよね? 私だけじゃなく、自分も戦いにくくしちゃって――――』


 ゴナタが開けたデコボコの穴を見て、

「またうまい事穴と穴をかけていい事言ったんじゃない私?」


 なんて心の中で自画自賛していると、



「さ、さあっ! 行くぞお姉ぇっ!」


 ゴナタが巨大なハンマーを振り上げて突進してくる。

 ダダダッと、足場の悪い地面を気にすることなく駆けてくる。



 それを見て、観客から驚きの歓声が上がる。


「おおっ! あの走りずらい地面でも何ともなく走ってるぞっ!!」

「あ、ああっ、大したものだっ! あの巨大な武器を持っても平然としてるぞっ」

「さすがはBランク冒険者だっ! あのくらいじゃ気にならないらしいなっ!」



 一方、スミカとゴナタの試合を見つめるシスターズの反応は。


「はぁ~~、全くゴナタは何をやってるんでしょう? 折角のお姉さまとの模擬戦だというのに…… 策に溺れるとはこういう事なんでしょうね?」


「えっ、なんでよっ! ナゴ師匠。全然問題なさそうじゃないの? ゴナ師匠は」


 そんな街の人たちの歓声とは裏腹に、こちらは溜息交じりで話す姉のナゴタ。

 そして、その発言に異を唱える弟子になり立てのラブナ。



「ラブナ、見てれば分かりますよ。お姉さまぐらいの人になれば、その浅はかな策なんて無意味だって事を。余計にお姉さまにはゴナタの攻撃が届かなくなったんだって」


「へっ、そうなの? だ、だって条件は一緒でしょ! スミ姉も避けずらい足場になってるんだからっ!」


「一緒?やはりそう見えるのねラブナには。これで明日からの鍛錬にも気合が入りますよ。あまりにもわかってない、あなたのその思い違いを正すのに」


「うげっ!? スパルタは勘弁してよねっ! アタシは褒められて伸びるタイプなんだからねっ! そこんとこ間違えないでっ!」


「ふふ、面白い事言うのね? 褒めたら逆に調子に乗って自滅するタイプに見えるけど…… まあ、今はそれよりもお姉さまたちの試合に集中しましょう? これも一種の見取り稽古になるのだから」


「ふん、わかったわよっ! しっかりと目に焼き付ければいいんでしょ?」


「そうですよ。どこまで為になるか分からないけど、きっと何かの糧にはなるわ。ただあまりにもお姉さまの戦いが高等すぎて、逆に混乱するかもだけど……」



※※※



「スミ姉ぇっ! これでもくら―――― えっ? ぐあっ!」

「そこだよっ!」


 私はゴナタがハンマーを振り下ろす前に軽く跳躍して、ゴナタの脇腹に拳打を入れ、すぐさま距離を取る。


「んなっ? 何だってアタシが振り下ろす前に、いいっ!? うがっ!」


 私は再度、ゴナタに攻撃をして距離を取る。


「いつつっ、お、お姉ぇ、ってまたっ!? うわっ!」


 ブウンッ!


 ゴナタは、私が三度跳躍してきたのを見て慌ててハンマーを振り下ろす。


 でも、


「いでっ!!」


 と悲痛の声を上げたのは攻撃を仕掛けたゴナタだった。


「んぎぎっ、こ、このおっ!」


 ブンッ! ブンッ!


 今度は振り払うようにハンマーを振り回すが、私はもうそこにはいない。

 ゴナタの攻撃範囲から離脱しているからだ。


「今度こそっ! わっ!」


 武器を戻す時に「クラッ」と一瞬だけバランスを崩す。



 私はそんな隙を見逃すはずもなく、


「今度はそこっ!」

「うあっ! またっ!? ぐうっ!」


 ゴナタの鳩尾に一発入れて再度後ろに下がる。



「はぁ、はぁ、はぁ、いつつっ、な、なんで、アタシが攻撃できないんだよっ! なんでアタシの攻撃は一瞬遅れるんだよっ、はぁ、はぁっ」


 ゴナタは私の攻撃を、防ぐ事も躱すことも出来ずその全てを受けている。



「なんでって、本当に分からないの? ゴナタ」

「う、うん、教えてくれよお姉ぇっ! はぁはぁっ」

「わかった。それじゃゴナタ、武器を下ろして気を付けの姿勢になって」

「気を付けの姿勢? う、うんわかったよ、お姉ぇ」


 ゴナタは、私の言った通りに武器を地面に降ろして「ピン」と気を付けの姿勢を取る。

 その際にこれでもかと強調する、たわわな部分を無視する。



「うん、やっぱりゴナタは思った通りにいい体幹してるよ」

「体幹? それって、バランスの事かい?」


 自分の足元を見た後で、私と視線を合わす。


「そう、バランスの事だよ。ゴナタは前にも思ったけど、その超重武器を振り回しても殆どバランスを崩さないでしょ? それと森の中でもそうだったもんね。それはナゴタにも言えた事だけど」


「褒めてくれてるのかい? それってナゴ姉ちゃんもワタシも」


「うん、褒めているよ二人とも。足腰が強いんだってね。それとバランス感覚も非常に優れているって」


「ふふっ、なんか照れちゃうなっ! お姉ぇにそんな褒められるとっ!」


 なんて、頭の後ろに両手を組んで嬉しそうに微笑んでいる。

 またまた巨大なスイカが強調されるがそれは気にしない。



「それはわかったけどさぁ、なんで気を付けの姿勢と関係あるんだい?」

「え、もう殆ど教えたんだけど…… それじゃ私が踏み込むから避けてみて?」


 私はそう伝えて「トンッ」とゴナタの間合いに接近する。

 そしてそれに反応して、ゴナタが動き出す。


 が、


「はい、タッチね」

「あっ!」


 ゴナタの左脇腹に軽く触れる。


「ね? 何となくわかったでしょ? これで」


「う、うん、わかったよお姉ぇ。でもさぁ、なんでそんな事がわかるんだい? 一体お姉ぇは何を見てるんだい? 何が見えるんだい?」


 今の実演で答えが分かったゴナタが更に問いかけて来る。


「う~~ん、それは説明が難しいなぁ。経験としか言いようがないし。数千、数万以上の戦いの経験が成せる感じかなぁ?」


「うへえっ! 数万って…………」


「そうだよ、そこだけ聞くと単純な事だよね? 戦ってれば身に付くんだもん」


「た、単純って、それだけお姉ぇは戦いを…………」



 そう今話した通りに、実はもの凄く単純な事。

 ゴナタの重心を見て、攻撃をしていただけ。


 ゴナタとナゴタもそうだが、二人ともバランスを崩す事がほぼない。


 姉のナゴタは、その俊敏性の為、ゴナタは超重武器を軽々と振り回す能力の為、バランスを崩す事はそのまま相手に格好の隙を晒す事に繋がってしまう。

 だからこそ二人はその隙を見せない。



『いや見せないんじゃなくて、きっとそれも経験則から来る、無意識化の自己防衛の類なんだろうな?』


 それでも平坦な場所でなければ、僅かに重心がズレる一瞬がある。

 正に、ゴナタが自ら作ったこのデコボコな地面がその要因を作っている。


 さっき私が例として、ゴナタの左の脇腹に軽く触れた時は、ゴナタはきっかりと目では反応できていた。それでも避ける事は出来なかった。



『それは、ゴナタの重心が僅かに、右にズレていたからなんだけどね』


 その僅かな重心の狂いが、ゴナタの反応と速度を狂わせる。

 その一瞬のズレが勝敗を分けるカギになる。

 それほど大きなものとなる。


 私はその隙をついただけ、重心が乗ってない左脇腹の部分をね。



「まあ、そんな感じだよ。経験って言ったけど、足元の傾きなんかは目で見てわかるから、それを生かす事も出来るよ。ただ強い人たち程それを感じさせないから、全部が当てはまるわけじゃないけどね」


 人差し指を立ててゴナタに説明をする。

 こんなので少しは為になったであろうか。



「ふふふっ」


「?」


「あっはははははははっ!」


「ゴナタ?」


「うははははははははっ! やっぱりお姉ぇはスゲエなっ! ワタシはそんな事考えて戦った事なんてないやっ! ワタシはただ思いっ切りぶん殴るだけだっ! でもそれでいいと思ってたっ! 難しい事はナゴ姉ちゃんに任せてたからなっ! たださぁ――――」


「ただ?」


「ただ、これじゃダメなんだって今ので気付いちゃったよっ! お姉ぇみたく、それとナゴ姉ちゃんみたいに色々考えないと強くなれないんだって、これじゃお姉ぇにずっと追いつかないんだなって」


「うん」


「でもワタシは今直ぐには出来そうにないよっ! だからそれはこれから教えてくれよっ! この試合に負けてから、ゆっくりとでいいからさっ!」


 ゴナタは武器を手にしながら、後ろに跳躍して私から距離を取る。


「でも、ワタシは簡単に負けないぞっ! これでもバタフライシスターズの一員なんだからなっ! 最後まで全力で戦ってやるんだっ!」


「えっ!?」


 そう最後まで言い切ったゴナタの表情が変わった。

 口端に力を入れて、今までよりも強くハンマー握り振りかぶる。

 

 まるでゴルフのスイングのように、自身の体をぞうきんを絞るように捻る。


 ただ、


「ん、うぐぐぐぐぐっ―――――」


「………………」


 ただその力の貯め具合、その体の捻りが異常だった。


「ぐぐぐぐぐぐっ!」


 ゴナタの体が一周しそうな程の捻転。

 歯を強く噛み締め、頬を汗が伝う。



「こ、これはっ!?……」


 あり得ない程の捻りと、ゴナタの持つ人外の膂力を貯めに溜めた、一撃が向かう先は――――



「いくぞお姉ぇっ!」


 ゴナタの叫びと共に、一気に開放される。


 ブウンッ!


 ただしそれは私ではなく、本当のゴルフのように地面に向かって放たれて、



 ドゴオオォォォ―――――ンンッッッッ!!



「なっ!!」


 その強烈無比な一撃は凸凹の地面を穿って、大量の小石を弾く。



「さ、散弾銃っ!」


 なんて生易しい物ではない。


 1mmも満たない全ての鉱物が、銃の威力を持っているのだから。

 無数と言ってもいい弾丸が、豪雨のように広範囲に発射された。



『こ、これじゃ私が避けたとしても観客に被害がっ! 下手したら死人が出るよっ! し、仕方ない、ここは透明壁スキルでみんなを防いで――――』


 即座にそう判断して、スキルを展開しようとすると――――



「はっ!?」


 ズズッ


「か、壁がっ!?」


 ズズズズズ――――――――ンッ!

 ズズズズズ――――――――ンッ!

 ズズズズズ――――――――ンッ!

 ズズズズズ――――――――ンッ!


 スキルを展開する前に観客の前には、黒く巨大な壁がせり上がってきた。


 そして、


 カカカカカカカカァァァン―――――!!!!

 カカカカカカカカァァァン―――――!!!!

 カカカカカカカカァァァン―――――!!!!

 カカカカカカカカァァァン―――――!!!!



 ゴナタの放った石礫の豪雨全てを難なく弾いていた。



「ふうっ、間一髪助かったけど、これは………… 魔法?」


 短く一息吐き出し、突然現れて黒い壁に視線を向ける。



((ふむ、どうやらギリギリ間に合ったようじゃな))


 すると子供特有の甲高い声が頭上から聞こえてきた。


「誰っ!?」


 幼い声が聞こえてきたのは、5メートル程の出来たばかりの巨大な壁の上。

 その上にちょこんと立っている人物からだった。





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