第103話除け者少女とオオカミさんの贈り物




「それは、スミカさんの『監視下』に置くという事です」



『………………はぁ~』


「「「……………………」」」



 私は内心で溜息を吐く。

 他のみんなは話の先が気になるのか、無言のままだった。


 クレハンの、自信ありげに言ったその内容は、私もある程度考えていたものだ。

 姉妹が何か問題を起こさないように、私の元に置いて、私が責任を持つ、と。


 ただそれも正直意味がないと思って、半分以上諦めていたものだ。


 そんな安易もので、皆が納得するとは思えない。


 たかだか数日の、駆けだし冒険者の少女の監視下に置いたって、それを信用する人間は、殆どいないだろうと思ってだ。



 なので私はそれを聞いて「ポン」とルーギルの肩に手を置く。



「ルーギルは来なくていいからね街の外には。だって奥さんもいるんだし。それに私たちも男がいたら、身の危険を感じるから、そのまま街に居なよ」


 とルーギルに伝える。


「い、いやッ、だから俺は、子供にはッ! せめて、もうちっと『ボンッキュッボンッ』とだなァ?」


「えっ! それじゃぁ――――」


 私はズイッと、ナゴナタ姉妹を前に出す。


「ほら、あんたが好きな『ボボボンッキュッボンボンッ』だよっ!」



 なんか擬音が異常に多くなってしまったけど、この姉妹はそれくらいがちょうどいい。ってかもっと多くてもいいぐらいだ。


 まぁ、私は控えめに言って「ボンッ」の部分が一個づつ少ないだけど。



「ス、スミカお姉さまっ! 私たちは男なんて…… それよりも、スミカお姉さまと」

「ワタシもだよっ! 弱い男なんてごめんだよぉ! だったらスミカ姉とさっ!」


「………………?」


 なんで、最後に私の名前が出て来るかな。

 今はその話じゃないよね? 「ボンッキュッボンッ」の話だよね?

 そうだよね?



「いいや、それも違うぜぇ、スミカ嬢。今はまだクレハンの話の続きだァ」

「あれ?」


 もしかして、また声に出してた?



「コホンッ、そうです。ギルド長の言う通りです。わたしの話はまだ終わっていません」


 再度、佇まいを直して、私たちに視線を向けるクレハン。



「最初にも言いましたが、確実でも、絶対でも、必ずでもありません。それを承知で最後まで話を聞いてください」


「あ、なんか長そうだから、ここに座ってよ。飲み物も出すし」

「………………」


 クレハンの前置きを聞いて、アイテムボックスから、4人用テーブルセットを2つ分設置する。ついでに果実水とレーションケーキを人数分出してあげる。



「あ、ありがとうございます。スミカさん」

「おうッ! ありがとなッ、スミカ嬢」


「いつもありがとうございます。スミカお姉さまっ!」

「うん、毎回ありがとなっ! スミカ姉っ!」


「スミカお姉ちゃん、ありがとうっ!」



 私が出した椅子に、各々一言いいながら着席する。


 因みにユーアは、私の膝の上だ。

 目の前にある、ホワホワした髪の毛がくすぐったい。



「それじゃ、わたしの考えを話しますね」



 そう言って、もう何度目かになるか、メガネを直して話し始める。



「まずは一つ目なんですが、スミカさんと姉妹は再度戦ってもらいます。これはさすがに今日街に帰って直ぐってわけにはいきませんが、なるべく早い方がいいでしょう。それで、二つ目ですが――――」



 クレハンは、一つ目で何も反論がなかったみんなの様子を見て、更に話を続ける。

 私も一応黙って聞いてはいるが、正直に言って安易な考えだった。



 簡単にまとめると、私が姉妹を、


 『力で捻じ伏せて、跪かせて、誓約させろ』みたいな感じ。



 もっと簡単に言うと、私が姉妹に


 『勝って、大勢の冒険者の前で、姉妹が私の監視下に入るって宣言する』


 って事。



 脳筋のルーギルならともかく、頭脳明晰のクレハンが出すアイデアにしては、かなり穴だらけだ。


 だってそうでしょう?

 勝って宣言したって、その後姉妹が悪さしない、って保証は何処にもない。


 私の監視下に置くって言ってもそれは同じこと。

 新人冒険者の私の事なんて、全面的に信頼はしないだろう。

 だったら、最初から街に入れない方がいいに決まっている。

 


 そう思ってたんだけど、他のみんなの反応は……


「なるほどなァ、さすがクレハンだぜッ! こういった事は頼りになるぜッ!」


『え?』


「クレハンさんすごいですっ! すぐにそんな事思いつくなんてっ!」


『ユーア?』


「クレハン、さすがはコムケの街のギルドの頭脳ですね」


『ナゴタ?』


「どっかの名前ばかりのギルド長とは、違うよなっ! さすがだクレハンっ!」


『えええっ!』



 予想外のみんなの反応に驚愕し、慌てて声を掛ける。



「ちょ、ちょっと待ってよっ! いくら何でもそれだけじゃ無理だってっ! ルーギルはともかくとして、クレハンならわかるよね? そんな単純な事じゃないって! それだけじゃ意味無いってっ!」


「ってオイッ!」


「そうですね、もう一押しが欲しいんですよ。でも大丈夫だと思いますよ? これで全ての冒険者の遺恨が無くなるとは思いませんが、ナゴナタ姉妹が街に居ても安心できるくらいにはなると思います」


「い、いや、だから、それだけじゃ絶対無理だってっ! ねえ、みんなっ!」


 更に慌てて、みんなに話を振る。



 これは考えでも作戦でもない。

 単なる願望だ。希望的観測の話だ。

 こんなの無理に決まっている。


 そんな簡単に人の心が動かす事は出来ない。

 戦い損なだけじゃなく、姉妹も今後周囲に羞恥の目で見られる事だろう。

 それだけは耐えられない。これ以上姉妹に嫌な思いをさせたくない。



「え? スミカお姉さま。騒動の本人が言うのもあれですが、クレハンの言ってることは的を得ていますよ? 冒険者たちの心を掴むくらいに」


「そうだぜっ! スミカ姉。ナゴ姉ちゃんの言う通りだっ! ワタシだったら納得する。危険はもうないんだってな。本人が言うのもあれだけどなっ!」



「ね、ねえっ、ナゴタ、ゴナタ、あなた達の事なんだよ? これからの人生を、もしかしたら左右する話だよ? 私と戦ったからってそんな簡単な話じゃないんだよ!?」


 なぜか渦中の二人がこの話に、なんの問題もないように感じていて驚く。



「スミカお姉ちゃん。ナゴタさんとゴナタさんが、スミカお姉ちゃんと一緒にいるって事は、そういう事になるんだよ? だからボクも大丈夫だと思いますっ!」


「え?」


 膝の上のユーアが、にこにこしながら、私を見上げてそう話す。


『ん~』


 そういう事って、どうゆうこと?



「カ――ッ! 相変わらず嬢ちゃんは、訳が分からないって、顔してんなァッ!」


 ボリボリと、後頭部を掻きながら、ルーギルが「ハァ」と溜息を吐く。


「い、いや、だからどういう事なの?」



 なんだろう、みんなは納得してる様子だけど、私だけが何も知らなくて、一人除け者になった気分だ。一体なんだっていうの?



「クレハン、ここもお前の出番だッ! 鈍い嬢ちゃんに説明してやってくれやッ!」

「はぁっ? あんたルーギル、言うに事欠いて私が鈍いって――――」

「わかりました。スミカさんわかり易いようにお話しましょう」

「あっ! クレハンあんたもいい加減に――――」


「スミカお姉ちゃん、きちんとクレハンさんのお話聞こうよぉ!」


「そうですよ、スミカお姉さま。ユーアちゃんの言う通りです」

「そうだぜっスミカ姉っ! 聞けばわかるってっ!」


「むぅ!」


 

 ユーアを含め、女性陣に言われたら仕方ない。

 クレハンの話の続きを聞くために、果実水を一口啜って待つ。



「一番の問題は、スミカさんがやってきた事なんです。それが今回の要になると思います」


 そう前置きし、再度クレハンの話が始まる。


『う~ん……』


 私がやってきた事って何?



 何か恐いんだけど、過去の犯罪歴を調べられるようで。

 って、私は人様に恥じる行為はしてないからねっ!


 私は微妙に、ビクビクしながら、クレハンの話に耳を傾けるのであった。





◆◆◆◆




 ここからはユーアが、冒険者になった直後のお話です。



 前回のあらすじです。


 初めてのお仕事で、森に来たボクはケガをしている、

 オオカミさんを見付けたので、治療して、お水とお肉をあげました。


 そして少し元気になったオオカミさんは、ボクを何処かに連れて行きます。

 その先には、お仕事の依頼品の素材が生えていました。


 オオカミさんは、この森の素材の場所に、案内してくれたのです。


 ※ユーア視点でのお話になります。

 (3/3)





「今日もいるかな? オオカミさんっ!」



 ボクは今日もお仕事でビワの森に来ました。


 昨日はオオカミさんのお陰で、依頼が達成できました。



 シュタタタタタタッ――――!


 ガサガサッ



『くぅ~~ん』


 ダッ!


『わふっわふっ!』

「あっ! こらっ! くすぐったいでしょっ!」


 ボクは森の奥から駆けてきた、オオカミさんに抱き着かれ、頬っぺたをペロペロされちゃいます。ざららざらして、ものすごくくすぐったいです。


「もう足のケガは大丈夫なの? もう直ったの?」


 ボクは勢いよく駆けてきた、オオカミさんの脚を見てみます。

 昨日巻いた布は、もう無くなっていて、赤い傷口が見えています。



「あああっ! まだ治ってないでしょ。あんまり動かないでっ! それとグルグル巻いた布も無くなってるよ?」


『くぅ~~ん』



 ボクはオオカミさんの足元に座って、治療をします。

 昨日も持って来た傷薬と、新しい包帯代わりの布切れを出して。



「はい、これで大丈夫。だけどあんまりいっぱい動かないでね? 傷口が開いちゃうかもだから」

『わうっ』

「それと、少ないけど…………」


 ボクは干し肉と、固いパンを一切れ出します。


「たくさん食べて治してね。なんて言えないけど、少ないけど食べてね」

『わうっ!』


 がぶがぶっ!


「よしよしっ! 早く治ってねっ!」



 ボクはお肉とパンを食べている、オオカミさんの頭を撫でます。

 きれいで、柔らかくて気持ちいいです。



「それじゃ、ボクはお仕事に行ってくるね」



 ボクは立ち上がって、オオカミさんにお別れを言います。


『くぅ~~ん』

「え、今日は何を取りに来たのって?」

『わうっ』

「今日はね、お料理に使う、○○の実なんだけど、ちょっと辛いやつなの」



 それを聞いたオオカミさんは、ボクに背中を見せてお座りします。



『わううっ』

「背中に乗るの? だってまだケガ治ってないよ? 大丈夫なの?」

『わうんっ!』

「う、うん、わかった」


 ボクはオオカミさんの言う通り、大きな背中にゆっくり座ります。


「わっ!」


 オオカミさんはボクを乗せると「スクッ」と立ち上がります。


『わうっ』

「う、うん、いいんだね掴んでも。ぬ、抜けないかな? オオカミさんの毛」


 ボクはオオカミさんの、長い毛皮を掴みます。



 ビュンッ!


 シュタタタッ――――!


「わ、わわっ、速いっ!オオカミさん速いっ!!」


 オオカミさんはボクを乗せたまま、森の中を抜けていきます。

 木の根も枝も、邪魔にならないくらいに、速く駆けて行きます。



『す、すごいっ』



 視界の先に映った木々が、すぐさま違う木々になっています。


 みるみる景色が変わっていきます。

 森の中を走っているのに、全然揺れません。まるで浮いて走っているようです。

 それに、こんなに速く走っているのに、



『全然風が来ないよっ! 寒くもないよっ!』



 これも、オオカミさんのお陰なのかは分からない、

 けど、それよりも――――



「オオカミさんっ! 速い速いっ! あは、あははははっ――――!」



 ボクは楽しくなって、大声を出して笑いました。


 だって、こんなに速く走ったことないんだもん。

 だって、こんなに速いのに、恐くないんだもん。




 こうして、森の中で出会ったオオカミさんは、ボクを乗せてくれて、お仕事のお手伝いをしてくれました。


 来る日も、来る日も。その次の日も。



――――――



 それが1週間続きました。


 オオカミさんの案内のお陰で、ボクはこの森の素材の場所を覚えてしまいました。

 もう一人でも探せます。



 そして、今日もボクはビワの森に来ました。



「オオカミさん、今日もいるかな? 今日は奮発して美味しい生肉にしたんだ」



 ボクはいつもオオカミさんと会える場所、初めてオオカミさんと会ったところに来ました。


 そう、オオカミさんが罠にかかって倒れてたところです。



「あれっ?」



 オオカミさんは、今日はボクを見付けて駆けてきてくれませんでした。


 でもそこには、



 『新鮮な兎の死体がありました』

 『たくさんの木の実がありました』

 『いっぱいのキノコが置いてありました』


 それもオオカミさんがいつもいた所に。


 ボクはそれを見てわかっちゃいました。

 オオカミさんは元気になって、いなくなっちゃったんだって。



「…………オオカミさん、ケガが全部治ったんだね。良かった」



 ボクは、オオカミさんのケガが治って嬉しいはずなのに、なんだか悲しくなって、涙が溢れてきちゃいました。


 目の前が滲んでしまって、オオカミさんからの贈り物が見えません。



「オオカミさん、今まで、ありがとう、ボクはもう、大丈夫だよっ、だから、オオカ、ミさん、ま、たね、ううう~~ オオカミさんっ!…………」


 

 ありがとう、オオカミさん。


 また会えるといいなっ!

 また会いたいなっ!

 また背中に乗りたいなっ!


 今度会ったら渡したいものがあるんだっ!

 だからまた会えるよね?

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