第8蝶 ちょうちょの英雄編1

第97話双子姉妹の行く末とオオカミさんと




「それじゃ、コムケの街に帰ろうか。みんな」



 身の回りをあらかた整えた一同を見て、そう声を掛ける。



 長かったようで、短かった、濃厚な冒険が終わりを告げる。

 時間にしたら、一日も経っていない。

 精々20時間くらいだろう。



『あ、冒険じゃなくて、討伐依頼だったんだよね、本当は』


 そう、本来はギュウソからの報告で始まったこの討伐依頼。

 魔物がコムケの街を標的にする事を、恐れての予防策として。



「うん、ボクたちの街に帰ろうっスミカお姉ちゃんっ!」

「そうね、スミカお姉さまが、に帰りましょう」

「そうだねっに帰ろうっ!」


「ハァッ!?」

「えええっ!!」


「なによっギルド長コンビ。何が言いたいの?」


 私の帰るコールに、女性陣は笑顔で答えてくれたのに対し、二人の男どもは、微妙に強張った顔をしている。一体何が気に入らないのだろう。



「ちょっ、ナゴナタ姉妹も街に帰るってかァ? いくら姉妹の過去を知っても、反対する奴は出て来るぞォッ! 正直、街には居ずらいんじゃねえかァ?」


「そ、そうですねっ! わたし達も同情はしますが、今まで行ってきた事を考えると、いくら今はもう大丈夫だって言われても、スミカさん………… んっ?スミカさん――――」


「ああ、その事ね」


 姉妹の二人を見て、一言だけ返す。


「………………」

「………………」


 確かにルーギルとクレハンの言う通りだろう。



 ナゴタとゴナタの、酷く悲しく歪んでしまった訳を聞けば、その殆どの人が姉妹に同情をしてくれる事だろう。

 ただ同情はするが、それを許すかは別問題だ。


 確かに姉妹は、沢山の冒険者たちを傷つけてきたし、

 恨まれても恐がれても、煙たがられても仕方ないだろう。


 ただ、私からしたら、元々の発端は、姉妹たちの両親を馬鹿にした冒険者が原因だし、今まで間違った事を、制止出来なかったのも冒険者だ。


 いくら姉妹が強くても、何か他に方法があった筈なんだ。



 止められる方法が――――


『その方法を考える事を、長年放棄したのも冒険者なんだよね』


 周りには、大勢の冒険者たちがいた。叱れる大人たちがいた。

なのに姉妹は放置された。そのせいで被害は広がっていった。



『仕方ない事とは言え、私は納得できないな。なら、私は――――』



「そうだね、ルーギルとクレハンの言う通りだよ。だったら、私たちは街を出て行くよ。街の外でも住む事には問題ないし。ねっ、それでいいでしょ? ナゴタ、ゴナタ。家は私が用意して上げるから」


「ス、スミカお姉さまっ! そ、そこまでして、私たちをっ――――」

「うううっ! スミカ姉っ! ワタシたちの為に街を出るのはっ――――」


 姉妹たちに向かってそう提案すると喜んでいた。

 ただ、ユーアにも聞かないで決めちゃったのはまずい。



「ご、ごめんね、ユーア、あの、勝手に――――」


「え、別にボクは大丈夫ですよ。スミカお姉ちゃんと一緒に居れれば。たまに孤児院とお買い物には行きたいですが。あと、お仕事もしたいですけどね」


「えっ! そ、それだけでいいの? 何か街に思い出とかないの? 大切な何かとか、そういうのっ!」


「あるにはありますが、スミカお姉ちゃんと比べると…… それとボク、ここで生まれた訳じゃないらしいので、街の人にもメルウちゃんとか、ログマさんとか、ニスマジさんとか、冒険者のおじちゃんにも、会おうと思えば会えるし、そこまでではないですよ」


「…………………………」


 予想してたよりも、ユーアは街に対しての執着はないみたいだ。

 それを聞いた私は、少しの間言葉を無くす。


 これは思った以上に、予想外の言葉だった。



『優しいユーアの事だから、かなり嫌がると思ったのに。確かにカジカさんの話だと、ユーアは私以外の人とは距離を置いているみたいな事言ってたけど。それと街の生まれではなかった? コムケの孤児院にいたから、この街の住人だと思っていたけど…………』


 まだまだこの子には、私が知らない事が多すぎる。

 魔物が視える能力にしても、今まで無事だった事も、その生い立ちも。


 私は無言のまま、ユーアを見る。

 それに気付いたユーアは「にこっ」と微笑む。

 うん、相変わらず可愛い。


『ふふふっ』


 私はユーアの頭に手を乗せる。

 最愛の妹を可愛がる、お決まりの行動だ。

 もう殆ど癖になっている。



『そういえば、このシルバーの髪も、珍しいんだよね? ここにもユーアの秘密があるのかな? 別に無理やり聞きたいとは思わないから、必要な時かユーアから話してきた時はきちんと聞こう』


 この世界での宝物のユーアを撫でながらそう思った。



「オ、オイッ! ス、スミカ嬢とユーアまで街を出てくのは反対だぜッ! 俺はお前たちの事が――――」

「大丈夫だと思いますよ? ギルド長。ナゴナタ姉妹を街に連れて行っても」


 ルーギルが何かを言い終わる前に、クレハンが割って入ってくる。


「えっ! いいの?」

「ええっ!」


「よ、よろしいので、何か方法がっ!」

「うんっ! クレハンなんでだよっ!」


「ク、クレハンッ! 何か考えがあるのかッ! 嬢ちゃんたちも、姉妹たちも、問題なく街に居れる方法がッ!」



 誰もが解決方法がないと諦めていたところのクレハンのその言葉に、みんなはそれぞれが驚きの声を上げる。

 

 特にルーギルは、その驚きが大きかった。

 もう胸倉を掴みそうな勢いだった。



「ちょ、ちょっと、そんなに皆さんに睨まれたら、恐怖で口が動きませんよぉ! 皆さんみたいな、高ランクの視線は、わたしには――――」


「そんな事はいいから早く教えろッ! クレハンッ!」

「クレハンさんっ! 早く教えてくださいっ!」


「クレハンっ! さっさと口を割らないとっ!」

「おいっ!クレハンっ! スミカ姉とユーアちゃんと、ナゴ姉ちゃんが聞いてんだっ! さっさと話しやがれっ!」


「うへぇぇ――――っ!!」


 私を除く4人の恫喝とも脅迫とも思える叫びに、クレハンは更に委縮してしまう。

 そんなのを目の当たりにしたら、普通はそうなる。



「あのさ、もっとゆっくり聞こうよ。これじゃ怖くて言える雰囲気じゃないから。とりあえず、みんなもこれ飲んで」


 なので、助け舟として、みんなにドリンクレーションを配る。

 これで頭を冷やしてもらおう。



――――



「そ、それでは、わたしの考えですが、あくまでも、予想ですが――――」


 落ち着いたクレハンは、仕切り直しとばかりに、佇まいを正す。

 そしてさっそく口火を切るが、


「前置きが長すぎますっ! クレハンっ!」

「おいっクレハンっ! ナゴ姉ちゃんが待ってんだぞっ!」

「だからっ! さっさと先をだなァッ!」


「「………………」」


 状況はあまり変わっていなかった。

 なんの為の休憩だったのだろう。



「わ、わかりましたっ! わかりましたから、そんなに詰め寄らないでくださいよっ!」



 いつの間にかクレハンは、ナゴナタ姉妹とルーギルの3人に囲まれていた。

 みんながみんな、クレハンに食って掛かっている。


 私とユーアは、それについて行けなくて、少し離れて見ていた。



「そ、それは、ですねっ!――――」



 クレハンが、オドオドしながらも、話し始める。

 その考えとは、予想とは一体。





※※



 ここからはユーアが冒険者になった直後のお話です。



 ※ユーア視点でのお話になります。

 (1/3)





「こ、ここが、ビワの森っ」



 ボクは初めてのお仕事で、ビワの森に来ました。

 ギルドからの採取のお仕事です。


 幸い、ここにまでに来る街道も、この近くにもはいなかったです。



「ど、どこに生えてるんだろう? お薬となる植物は……」



 ボクは初めての山と森で、地図を見ても分からずに、薄暗い森の奥まで、足を踏み入れてしまいます。少し迷ってるみたいです。



『チチチチチッ』


「きゃあっ!」


 ボクは怖くて、近くを飛んだ小鳥の声に驚いてしまいました。


「ううっ、ラブナちゃんにも反対されたけど、本当にその通りかも……」


 ボクが孤児院を出て、冒険者になると話をした時、孤児院で、ボクの一つ年上の女の子『ラブナ』ちゃんが反対してたんだっけ。あなたには無理だからって――――




――――――




「ラブナちゃん、ボク孤児院を出て冒険者になるんだっ!」


 そう言ってボクは、ラブナちゃんの両手を握ります。

 お別れの挨拶です。と、言ってもいつでも会えるんだけど。



「はぁっ? あなたみたいな鈍臭い子供が慣れる訳ないじゃないっ!」


 ボクの言葉を聞いたラブナちゃんは、手を振り払って大声を出します。

 でもそれはいつもの事。ラブナちゃんはいつもツンツンしている。



「え、慣れるよ? ボク12歳になったから」

 

 もう一度手を握って答えます。



「ち、違うわよっ! そういう意味じゃなくてっ! 鈍臭いって言ってんでしょっ! それとあなたは生き物を殺せるの? 冒険者になったらそういう仕事が多いのよっ! わかってるのっ! 生き物にも優しいあなたがっ!」


「うん、それも大丈夫だよっ! ただボクは弱いから殺しちゃう事は出来ないけど、もし、そういう時がきたらボクは躊躇わないよっ! 恐い魔物はそこで逃がしたらもっと恐いからっ!」


「………あ、そう。なら勝手にしなさいっ! 勝手に何にでもなればいいでしょっ!」


 そう言ってラブナちゃんは、ボクの手を振り払って、後ろを向いてしまいました。


 その肩は少し震えている様に見えました。



「うん、なるんだ、冒険者に。冒険者になって――――」


「ふんっ! わかったわよっ! だったら好きにしなさいっ! でもここにはなるべく顔を出すのよっ! 小さい子もあなたを心配するしねっ!」


「え、ラブナちゃんがボクの事心配してくれるの?」


「はぁっ? 何言ってんのっ! 小さい子だって言ったでしょうっ! アタシじゃないわよっ! それよりも早く行きなさいっ! 小さい子らに見つかったら、別れずらいでしょうっ!」


「うん、ありがとうラブナちゃんっ! それじゃまた来るねっ!」




※※※※





「ん? なんだろう。何か聞こえる――――?」



 ボクは微かに聞こえる、鳴き声?唸り声?が聞こえる方に歩いて行きます。

 弱々しく聞こえる獣の泣き声のような。



「あっ!」


 そこには、白い毛皮を着たオオカミの魔物の子供が横たわっていました。

 その脚には、ガブっと挟み込んで離れない罠が噛み付いていました。

 

 子供と言っても、ボクよりは少し大きく見えたけど。



 ボクは大丈夫だと思って、近くに腰を降ろします。


 微かに「くぅーん」と聞こえています。

「はぁ、はぁ」とも苦しそうに、息を吐いています。



 ボクは、腰の布に入っているお薬と包帯を出しました。 



 この魔物からは何も、がしなかったから。


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