第96話心配+笑顔=ありがとうっ!




「と、まあ、大体こんな感じだよ」



 私はここまでの事を(一部除く)あらかた話し終えて、飲みかけの果実水でのどを潤し「ふぅ」と一息つく。


「………………………」


「………………………」

「………………………」


「うんうんっ」

「そうそうっ」



 もちろん、あの腕輪の件と、その影響下にあったトロールの事については伏せたままだ。

その正体については、殆ど掴めなかったのと、私の憶測だけの話をするわけにはいかないと思ったからだ。


 それに折角コムケの街の危機が去ったばかりなのに、尚更そんな危機を煽るような、話はしたくない。


 私は空気を読めるいい大人なのだ。



「いや~~、あの時のスミカお姉さまは、素敵でしたっ!」

「そうそうっ! 一瞬でトロール8体を倒しちゃったもんなっ! さすがスミカ姉だっ!」



「「「………………」」」



「森に向かう途中でも、私たちを気遣ってお茶会を開いてくださったり」


「あっ、あの時のお菓子と飲み物も美味しかったなっ! ワタシたちも貰っちゃったしっ! あんな良いものをポンっとくれるスミカ姉はすごいよなっ!」



「「「………………」」」



「帰りも、私たちの体を労わってくれて、魔法壁で運んでくださりましたねっ!」

「うんっそうそうっ! ワタシ初めて空を飛んだよっ! 気持ち良かったっ!」



「「「………………」」」



「んっ、どうしたの? 三人とも」


 ナゴナタ姉妹はひたすら喋っているのに対して、ユーアを含む3人は一言も話さないまま、視線は私を見ている。


 いったいどうしたんだろう?



『ん、気のせいかな、すこし怒って? ――――』



「スミカお姉ちゃん――――」


「うん、なに? ユーア」


 やっと口を開いてくれたユーアに思考を止めて聞き返す。



 ダッ!


 ガバッ!!


「え、ユーア、どうしたの? 突然っ!」


 立ち上がったと思ったら、ユーアは私に抱き着いてきた。

 私はそんなユーアの行動に、若干戸惑いながらも優しく抱きしめる。



「――――スミカお姉ちゃん」



 ユーアは胸に顔をうずめながら、私の名前を呼ぶ。

 その声は少しだけ震えていた。


「なに?」


 そう聞き返しながら、ユーアのほわほわした頭を撫でる。


 ユーアは私の問いかけに、胸にうずめていた顔を上げる。



 その顔は――――



「スミカお姉ちゃんが強いのは知っていますっ! 誰にも負けないって信じていますっ! だから何があってもボクのところに帰ってくると思ってますっ! でも――」


「………………」


 そう話す、顔を上げたユーアの瞳は大粒の涙で濡れていた。



「――――でも、危ない事をする時は一言、言ってくださいっ! 相談してくださいっ! 教えてくださいっ! じゃないとボクが何も知らないまま、スミカお姉ちゃんに、もし何かあったら、ボクはっ――また、独り――うううっ――――」



 そう言い終わり、私の胸に強く顔をうずめて嗚咽を漏らす。


「………………」


 最後の方は泣き声で聞こえなかったけど、

 かなりの心配を掛けてしまったようだ。



『……もう何やってんの? 私はっ!』



 私はユーアの姉を語っている。

 ユーアはこの世界でただ一人の、私の大切な妹だと思っている。



 その姉が妹に、泣く程の心配を掛けるのは姉として失格だろう。

 姉を心配して妹を泣かす姉は最低だろう。



 なぜ、私はそんな事にも気付かなかったのだろうか――――



 ユーアの為と思って行った行動が、逆にユーアを悲しませる事になってしまった。私の行動は単なる自己満足か、身勝手な押し売りみたいなものだったんだろう。



 結果を重視するあまり、その過程の事をまるで考えていなかった。

 ユーアの気持ちを想っていなかった。

 私を心配するユーアの気持ちを察していなかった。



「ごめんね、ユーア。次からは、きちんとユーアに話すから、相談するから、教えるから、だから――――」


 胸に強く顔をうずめるユーアをギュッと抱きしめる。



「だから心配かけて、本当にごめんねユーア。私が悪かったんだよ」



 私はユーアにそう贖罪する。

 これ以上、最愛の妹を悲しませないために。



「うん、うん、スミカお姉ちゃんっ」


 ユーアは涙が堪ったままの瞳で見つめてくる。



 私はその涙を拭って上げながら、



「だからお姉ちゃんを許してくれる? こんな私を嫌いにならないでくれる?」


 そうユーアに許しを請う。


 こんな不出来で中途半端な姉でも許して欲しいと。

 嫌わないで欲しいと、切に願う。



「え、ボクがスミカお姉ちゃんを、嫌いになるわけないよっ」



 そう言い、まだ濡れ輝いている瞳を向けてくる。



「もし、スミカお姉ちゃんが、ボクを嫌いになっても、ボクはスミカお姉ちゃんを嫌いにはならないよっ。だって一番スミカお姉ちゃんが好きなんだもんっ! ボクの大切なお姉ちゃんなんだもんっ!」


 私を見上げて、そう言ってくれるユーア。

 だから、私もユーアへのお返しに、


「……ユーア、ありがとう。私も大好きだよっ。私の大切な妹――」


 笑顔で答え、その小さな頬に――



「あ――、ちょっといいかァ?」



 としたら、今まで黙っていたルーギルが口を挟んできた。



 イラッ!



「なによっ! 今、姉妹の愛情を確かめ合ってる最中なんだから邪魔しないでくれる? てか空気読んでよっ! わかるでしょう? 今がどんな状況かっ!」


 そんなルーギルに、早口で捲し立て「ギンッ」と睨みつける。


「お、俺たちも、ユーアの話じゃねえがスミカ嬢の話を聞いて心配したんだァ! 単独で、トロールの討伐と、ナゴナタ姉妹と戦ったなんて聞いてよォ」


「そうですよっスミカさんっ! スミカさんに万が一なんて、ないとは思ってますが、それでも心配になるんですよっ! 元々詳しい事を聞かされていなかったわけですから、わたしも、ギルド長も、ユーアさんも」



 ルーギルとクレハンは、話を聞いた後に険しい表情をしていた。


 二人ともユーアと同じように、私の身を案じてくれたんだろう。



 それを聞いた私は――――



「ス、スミカお姉ちゃん…………」


「………………」


 ユーアの頭に顔をうずめて、その感情が表に出ないように我慢する。

 こんなものは、私のキャラじゃないし。


 でも――



「どうした、スミカ嬢? まさか泣…………」

「スミカさん? …………」


「スミカお姉さまっ! …………」

「スミカ姉っ! …………」



「………………ううっ」



「………………スミカお姉ちゃん」


「「「………………」」」



「うふっ」



「「「っ!?」」」



「うふふふふふっ!!」



「スミカお姉ちゃん!?」


「スミカ嬢ッ!?」

「スミカさんっ!?」


「スミカお姉さまっ!?」

「スミカ姉っ!?」



「あはははははっ――――!!」



 私は遂に、耐え切れなくなってユーアの頭にうずめていた顔を上げる。

 目尻に残るを拭いながら。



「みんなごめんねっ。色々と心配かけちゃって、それと――」



 私はみんなの顔を見渡す。

 それぞれに気に掛けてくれてたのが分かる。


 だから――――


「それと、ありがとうねっ! みんなっ!!」


 にこぉ


 笑顔でそれに答える。

 

「ふふっ」


「――――!ッ」

「――――!っ」


「~~~~ポッ!」

「~~~~ぽっ!」



 今私が出来る、一番の笑顔でみんなにお礼の気持ちを伝えた。

 そう。感謝の気持ちを言の葉に乗せた。素直な気持ちを表情にした。



「うんっ! スミカお姉ちゃんっ! ボクもだよっ!」


「スミカ嬢ッ、礼を言うのはこっちの方だぜッ!」

「そうですよっ! スミカさんっ! こちらこそですよっ!」


「スミカお姉さまっ! 私たちの方こそっ!」

「スミカ姉っ! ワタシたちだってっ!」



 「『ありがとうっ!(よッ!)ございますっ!)』」



「うんっ!!」



 私は別に感動して泣きたかったんじゃない。

 私はみんなに感謝の気持ちを伝えたかったんだ。


 だってこんなに嬉しいのに、泣きじゃくるなんて変でしょ?

 心配してくれたのに、また心配を掛けちゃうでしょ?


 なら、私が出来る事はみんなに笑顔で伝える事。

 この素直な気持ちを。


 それが一番嬉しい筈だから。


 誰もが、みんな、きっと――――



 『だって、それがみんなが笑顔になれる、笑顔なんだから』



 私はとっくに日が昇った青い空を見上げながらそう思った。




  今日も忙しくも、楽しい一日になりそうだ。




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 一方その頃。

 澄香たちの設営地近くの森の中。



 ガツガツ

 ムシャムシャッ


 ゴックンッ!



 『くう~~~~~~ん?』

 (わたしの事、忘れてないかな?)


 『わうっわうっ!』

 (それにしても、蝶のお姉ちゃんに貰った、このお肉美味しいなぁっ!)


 『くうんっ』

 (早く、わたしを救ってくれた、あの小さい子に会いたいなっ)


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